第十四話:ハイノーン・ステート・ログ
翌日、学校の昼休み。俺たちは有無を言わさず、保憲の「権限」によって呼び出された。
「学校側には事前にパッチを当ててある。早退のログは全て処理済みだ。安倍くん、道満、博雅くん。今すぐ帰宅したまえ。一旦フォックス・テイルで合流後、北野にある葛城のアトリエに向かってもらう」
保憲の冷徹なコマンドに従い、俺は一旦家へ戻った。母ちゃんと親父が昨晩の「パッチの当てすぎ」でまだ少しふわふわした空気を漂わせている店内で、道満と博雅を待っていると、店の前にパールホワイトのシーマが滑り込んだ。
「……もう、朝から晩までバグ取りばっかり。私の有給データが完全に消失したわ」
りお先生が店に入るなり、カウンターに突っ伏して嘆く。それを見た親父が、懲りもせずに「りおちゃん、そんな怖い顔しないで。俺が癒やしてあげようか?」なんて、死ぬほど軽い口調で口説きに行こうとした。
「泰臣さん、あらあら、うふふ。……何かしら? 私、まだ少し『熱』が残っているのだけれど」
母ちゃんが微笑んだ瞬間、店内の空気が一変した。
視覚的には穏やかだが、母ちゃんの背後から漏れ出す六本目の尻尾の残響が、物理的な重圧となって親父を押し潰す。
「……ッ、葉子さん、死ぬ! さすがに六本解放中にその笑顔は死ぬって!! 冗談やって、今のはただの挨拶ログです!!」
親父が白目を剥きそうになりながら後ずさる。そんなわが家のドタバタ劇を冷ややかに見つめていた先生が、声を低めた。「……晴明。もうすぐ到着予定みたいよ。永田町のトップがね」
カウベルが凛とした音を鳴らした。
踏み込んできたのは、数人のSPを従えた西園寺 麗子総理だ。土蜘蛛の一件以来だが、その圧倒的な存在感は、店内の空気を一瞬で「国家最高機密」のレベルまで書き換えてしまう。
「安倍晴明くん、それに泰臣さんに葉子さんも。……またこの街に、不穏なノイズが紛れ込んだようね」
そこへ、息を切らせた道満と博雅が合流した。全員が揃ったのを確認した麗子総理だったが、本題に入る前にふと、俺と道満の左手に目を留めた。
「あら……。そのお揃いの銀の指輪……。ふふ、そういうことなのね。非常事態とはいえ、若いエネルギーが同期しているのを見るのは、政治家としては心強いログだわ」
「「……ち、違います!!」」
俺と道満の声が見事にハモるが、総理は余裕の微笑みで聞き流し、手元のタブレットを開いた。
「加茂家のお坊っちゃん……保憲くんには既に伝えてあるけれど。今回、日本政府として、あなたたち『生徒会』に、神戸を侵食する吸血鬼の完全駆除を正式に依頼します」
総理は真っ直ぐに俺たちを見据えた。
「これは依頼ではなく、もはやこの国のOSを守るための義務だと思ってもちょうだい。今回のバグは、国境を越えた重大なシステムエラーなの」
総理直々の「国家依頼」。話がデカくなればなるほど、俺のやる気は急速にシャットダウンしていく。
なぁ、あんたならどう思う?
昼休みに強制早退させられた挙句、日本初の女性総理に「世界の掃除屋」を任命されるなんて。
「……やりたかないねー、ホンマによー。……麗子総理。依頼料は、支持率じゃなくて、たっぷり睡眠時間で払ってくれよな」
俺はため息をつきながら、左手の銀の指輪を弄んだ。
太陽は一番高い位置にある。吸血鬼の実行速度が落ちるこの時間、俺たちは最悪の「昼仕事」へ向けて、北野の坂道を上り始めることになった。




