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消し炭にされて死に損ないの最弱プリンセスが、最強の異能を開花させて全てを飲み込みます〜ミセス アナコンダ〜  作者: 大背戸智
第六章「鍛冶郷アンボス編」

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第75話:「読むものと読まれるもの」

王女が王女たる所以。

八人が隊列を解いて、

車座になった。


ランタンの光が、

輪の中央で揺れる。


壁の岩肌が、

その光に淡くなぞられた。


リーゼが背の荷から、

軽食を取り出した。


乾燥肉。


乾パン。


薄い干し果実。


無言で、

それぞれの前に置いていく。


マルクが最初に乾燥肉を齧った。


黙ったまま、

ふた切れ続けて口に運ぶ。


ガルドが低く鼻を鳴らした。


「お前、変わってねえな」


マルクが頷いた。


それ以上は、

何も言わなかった。


***


ガルドが乾パンを齧りながら、

レインに目を向けた。


「で——お前ら、なんでここに」


レインが、

乾パンを半分だけ齧った。


言葉を選ぶ間があった。


「ガル兄。俺たちは——古代遺跡を探してた」


「古代遺跡」


ガルドが、

わずかに眉を上げる。


「読みたい刻印があった。古文の、奥の方の」


「読めたのか」


「途中までは。だが——」


レインが、言葉を切った。


クレアが口を挟む。


「途中までは読めたのよ」


「ただし、読み間違えた」


ガルドが、

視線をクレアに動かした。


「で、奥で何か起こったのか」


「ええ。起動させてしまったの」


クレアは、

坑道の奥の闇を見た。


「あれを」


私の中で、

触手の影がもう一度、ぐにゃりと動いた。


「ふん」


ガルドが鼻を鳴らした。


鼻息に、

薄く苦みが乗っていた。


「で、引けない、と」


「ええ」


レインが低く返した。


「読み損ねた箇所を、放っておけない」


「俺たちが起動させたものを、俺たちが放っておくわけにはいかない」


***


その瞬間。


ガルドの指が、

複雑な動きを始めた。


肩のあたりで、

ひとつ、もうひとつ、形が連なっていく。


複雑な手話のような、何か。


レインの指も、

同じ複雑さでそれに応えた。


——だが、私の目にも入った。


何かは、よく分からなかった。


ただ、勝手に入ってきた。


あの夜、

世界の音が意味を持ち始めた。


飲み込んだスキルが、

私の中で薄く起動した。


今度は音ではない。


指の形が意味を持って、

私の中に流れ込んできた。


——理解する。


意思とは関係なく。


(——知りたいと思ってしまった、私の罪ね)


ガルドの指が描いた、

最初の意味。


——あの時と同じだな。


レインの指が返した、

ふたつ目の意味。


——あの時よりは守れます。


***


その時、

私の中でいくつかの夜が立ち上がった。


過去の夜。


過去の日。


ガルドの背中の、

あちこちの夜。


凍霧の谷の奥で——


ガルドが十年分の拳を、

ひとつだけ打った夜。


巨体の狼の口から、

ガルドが牙をひとつだけ引き抜いた夜。


別の、あの日。


「俺、行ったことある」


「——曙光が、Cランクの頃だ」


ガルドが遠くを見て、

それだけぽつりと言った日。


***


目の前の曙光は、四人だった。


Sランクの剣士と、

Aランクの三人。


——四人。


点と点が、

私の中で薄く線を引きそうになっていた。


線にはならなかった。


ただ、

引きそうになっていた。


(——「あの時」)


レインが、

ガルドに問い返した。


「ガル兄たちは、何の目的でここに」


ガルドが、ぽつりと答えた。


「奥に、欲しいものがある」


「鍛冶の素材だ」


「素材」


「あの頑固野郎が、待ってる」


***


一拍、沈黙が落ちた。


レインの目が、

薄く曇った。


クレアが片眉を上げた。


リーゼがふと、

マルクの方を見る。


「ガル兄」


レインの声が、

わずかに低くなった。


「今のランクは」


「……C」


ガルドが低く返した。


レインが軽く目を伏せる。


「奥は——Aでも危ない」


「Cで踏み込める場所じゃない」


「言われなくても分かってる」


ガルドが、低く返した。


「だが、引けねえ」


(——止められてる、ね)


クレアが杖の先で、

地面の砂を軽くひっかいた。


「悪いけど、ガル兄」


「今回は、私たちで引き取らせて」


「あなたたちは、引いて」


リーゼが頷いた。


マルクも、

無言で頷いた。


***


私は、乾パンを齧り終えた。


口の中で、

薄く塩の味がした。


「あなたたち、古語は読めるの?」


全員の視線が、

私に集まった。


クレアが、

わずかに口角を上げる。


「読めるわよ。ただし、古文の奥は——」


「『古文』じゃなくて、『古語』」


私は、

指の先で坑道の床の砂をひと撫でした。


そして、

記憶に残っていた線を、

それらしく四つ並べた。


正確な古語ではない。


私に古語の知識があるわけではない。


書けるわけでもない。


本物の古語がそこにあれば、

スキルが勝手に意味を拾う。


けれど、

私がそれらしく真似ただけの線では、

何も起きなかった。


意味は、流れ込んでこない。


当然だ。


これは、古語ではない。


ただの、古語っぽいもの。


でも、

それでよかった。


私が知りたいのは、

この四人が本当に古語を読めるのか。


それとも、

古文の延長で分かった気になっているだけなのか。


ランタンの光が、

砂の上の四つの線を揺らした。


クレアが目を細める。


レインが、

じっと見下ろす。


リーゼが、

わずかに首を傾けた。


沈黙。


「……読めない、わ」


クレアが、

ようやく口を開いた。


「これは——古文より、もっと前のもの、かしら」


その瞬間、

私は心の中で小さく息を吐いた。


違う。


古文より前なのではない。


そもそも、

これは文字ではない。


けれど、

彼女たちはそれを断言できなかった。


「そう」


私は、

砂の上の線を見下ろしたまま言った。


「あなたたちが読めないから、今こんな事態に陥ってる訳でしょ?」


クレアの眉が、

ぴくりと動いた。


「待って」


レインが、

静かに口を挟んだ。


「今の言い方だと、君は読めるように聞こえる」


「聞こえるように言ったもの」


私は、

顔を上げた。


「でも、読めるのと、書けるのは違う」


「どういう意味?」


クレアが問う。


私は答えなかった。


答える前に、

ガルドが低く鼻を鳴らした。


「嬢ちゃんは読める」


全員の視線が、

今度はガルドに集まった。


ガルドは、

乾パンの欠片を噛み砕いてから、

面倒くさそうに続けた。


「嬢ちゃんが古語を読めたおかげで、

 俺たちは素材も手に入れられた」


一拍。


坑道の中に、

ランタンの火が揺れる音だけが残った。


「俺が保証する」


ガルドの声には、

飾りがなかった。


だからこそ、

嘘には聞こえなかった。


レインが、

私を見る。


クレアが、

砂の上の線をもう一度見た。


リーゼは、

何かを考えるように目を伏せた。


マルクは、

黙ったまま頷いた。


「……なるほどね」


クレアが、

杖の先で砂を軽く払った。


「読める。でも、書けるわけじゃない」


「そういうこと」


私は肩をすくめた。


「本物があれば、読める」


「でも、正しく書けるほどの知識はない」


「だから、今のは試しただけ」


「試した?」


「あなたたちが、

 本当に読めるのかどうか」


クレアが、

少しだけ目を細めた。


怒ったようにも見えたし、

面白がったようにも見えた。


「性格、悪いわね」


「生きるのに必要だったの」


ガルドが、

低く笑った。


「……お前は、いつもそれだな」


***


「なら、決まりね」


私は、

立ち上がりかけたガルドの隣に立った。


「引くに引けないなら、行くしかないでしょ」


「あなたたちは、前で戦える」


「私は、本物の古語があれば読める」


「お互い、ないものを持ってる」


「それだけ、よ」


一拍。


誰も、何も言わなかった。


レインが、

目を薄く伏せた。


クレアが、

片眉を上げる。


リーゼが、

口の端をわずかに緩めた。


「ちなみに、今のはなんて書いてあったんだ?」


皆の疑問を、

マルクが代弁した。


砂の上の線は、

クレアの杖で半分消えかけていた。


私は、人差し指を口に当てる。


そして、

不敵な笑みを浮かべた。


「知りたいなら、あなたも勉強すればいいわ」


ジークとラピスが顔を見合わせた。


全てを悟った顔をしていた。


読まれたのは、言葉だけではなかった。


***


「決まりだな」


ガルドが立ち上がった。


順に、八人が立ち上がる。


軽食の包みが、

それぞれの背の荷に戻されていった。


リーゼが、

最後の干し果実をひとつだけ、

ラピスの掌に乗せた。


ラピスが、

わずかに目を開く。


「……ありがとうございます」


「歩く。早めに、口に入れて」


リーゼの声は低かった。


ただし、

温かみのある声だった。


***


マルクが大盾を担ぎ直した。


盾の縁の乾いた泥が、

わずかにこぼれる。


ジークが剣の柄に手を添えた。


握り直す前に、

わずかに息を吸い、止め、吐いた。


ラピスが、

応急の杖を握り直した。


徽章に、

唇だけで何かを呟く。


誰にも聞こえない言葉だった。


クレアが杖の先で、

ランタンの輪を薄くなぞった。


レインが、

大剣を背に戻した。


***


「ガル兄」


レインが、

ガルドの隣に並んだ。


声は、押し殺してはいない。


ただし、低い。


「奥で——それらしいものを見た」


ガルドが、

わずかに視線をレインに動かした。


「鉱石らしきもの」


「青みがかった金属」


「岩肌に、薄く線になって走っていた」


レインが続ける。


「素人目だが——幻鉄、かもしれない」


(——あら)


私は、

ランタンの光の中で、

わずかに口の端を上げた。


「奥に向かう途中で見たのか」


「ええ」


「位置は」


「読み損ねた刻印の、ふた部屋手前」


「——ふた部屋」


ガルドが、低く繰り返した。


「あら、好都合じゃない」


私は、ガルドの隣に立った。


「あなたたちが向かう先と、同じ方向、ということでしょう?」


(——情報まで、ついてきた)


「決まったな」


ガルドが、

レインに視線を戻した。


***


八人の位置が、

もう一度決まった。


先頭に、マルク。

両手に、大盾。


その右後ろに、ガルド。


左後ろに、ジーク。


剣の鞘の口を、

軽く開けている。


中央に、私。


そのすぐ後ろに、ラピス。


さらに左右を、

クレアとリーゼが固めた。


殿は、レインだった。

大剣の柄に、

指を添えていた。


——隊列が、整った。


***


「行くぞ」


ガルドが、

奥の暗闇に向かって、ひと言だけ転がした。


ランタンの光が揺れる。


八人分の足音が、

揃って一歩、踏み出した。


——坑道の奥の、暗闇に。

陰謀渦巻く帝国で身につけたアナの処世術。

この場でブラフを決めるのは、さすが女王を目指す王女

さあ、曙光との臨時パーティはどうなるのか。

互いの欲しいものを手に入れられるのか。

次回は5/29(金)です

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