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消し炭にされて死に損ないの最弱プリンセスが、最強の異能を開花させて全てを飲み込みます〜ミセス アナコンダ〜  作者: 大背戸智
第六章「鍛冶郷アンボス編」

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第74話:「主」

再会は突然に。

「逃げろ!」


坑道の奥で、その声が弾けた。


覚えがあった。


来た——と思った瞬間。


床を這う薄い霧の向こうから、

モンスターの群れが押し寄せてきた。


一頭、二頭。


五頭、十頭。


——いや、もっと。


百はいかない。


けれど、五十は超えている。


こちらに目もくれない。


私たちを獲物として見ていない。


(——え?)


「……逃げてる」


ラピスが低く呟いた。


「私たちから、ではない」


「あの群れ、何かに、追われてる」


(——あの群れを追う、何かがいる)


一同の視線が交錯した。


前か。


後ろか。


警戒すべき方向を決めきれないまま、

モンスターの群れの最後尾が、私たちの横を通り過ぎた。


その瞬間。


通路の奥の暗がりから、

何かが伸びてきた。


長い。


無数。


黒い。


触手。


一本ではない。


十本でもない。


私の視界に入りきらないほど、

奥の闇に根を張っていた。


触手が、私たちの横を走り抜けた。


私たちには触れない。


触れずに、

逃げていくモンスターの群れを、

一頭、また一頭、絡め取った。


(——え)


絡まれたモンスターは、

悲鳴を上げる間もなかった。


暗闇の奥へ引きずられていく。


すごい速さで。


***


暗闇の中で、

ぱき、と骨の鳴る音がした。


次に、肉が潰れる音。


それから、咀嚼の音。


姿は見えない。


形も見えない。


けれど、視線の先の何かが、

何かを食べている。


それだけは間違いなかった。


一頭。


二頭。


群れが丸ごと、

闇の奥へ消えていく。


悲鳴とも呻き声とも、

声と呼んでいいのかすら分からない音が、

坑道内に響き渡った。


「……」


「……」


「……」


(………)


四人とも、息を止めていた。


私は、衝撃波を構えたまま固まっていた。


ガルドの拳には、

青白い光が宿っていなかった。


点せなかった。


点したら、

こちらに向く気がした。


(——食べる音)


(——肉の塊が剥がれる音)


頭の中で、

いつかの記憶がよぎる。


地下牢で、

残飯を啜っていた日々。


あの時の骨と肉の音が、

いま、暗闇の奥から響いていた。


(——けれど、規模が違う)


(——あれは、ひとり分)


(——これは、群れ、まるごと)


***


咀嚼の音が止んだ。


静寂。


代わりに、

暗闇の奥から足音が聞こえ始めた。


一歩。


二歩。


——三歩。


重い。


ゆっくり。


こちらに向かって近寄ってくる。


(——足音)


(——足、が、ある)


あれだけの触手を、

足で運ぶ生き物。


胸の底の温度が、

戻らなくなった。


***


ガルドが、

私たちの半歩前に踏み込んだ。


ジークが剣を抜き直す鉄音。


ラピスが杖を地面に突き立てる土音。


そして私は、

衝撃波の構えを取る。


布の擦れる音さえ、

ひどく大きく聞こえた。


四人で出来ることはある。


けれど、

出来ることがあるかどうかを考える時間も、

もうなかった。


足音が、もう一段近づいた。


その時——


「——にげろー!」


通路の別の岩陰から、

また、同じ声が響いた。


さっき、

モンスターの群れから逃げろと叫んだ声。


今度は、

触手から逃げろと叫んでいた。


誰の声かまでは分からない。


けれど、

この奥のことを知っている声だった。


そして、

私たちが知っている声だった。


(どこかで聞いたことのある声)


(その「逃げろ」が本当なら——)


ガルドが、

私たちにだけ聞こえる声で言った。


「……もう届いた」


「だが、こっちまで音を増やすなよ」


その言葉が終わるより早く、

咀嚼の音が、ぴたりと止まった。


代わりに、

奥から低い唸りが返ってきた。


触手の主が、

声に反応した。


低い唸りが、

ぐるりと向きを変える。


触手が、

奥から声のした方向へ走り抜けた。


次の瞬間。


暗闇から、

四つの人影がランタンの光の中に飛び込んできた。


先頭で、大剣を背負った剣士。


その後ろに、巨体の男。


両手で大盾を担いでいる。


横に、ふたりの女。


細身の方が杖。


もうひとりは、首から薬瓶を提げていた。


ラピスの肩が、

わずかに動いた。


ジークの剣を握る手が、

少しだけ緩んだ。


四人は、

奥の暗闇から逃げる方向には走らなかった。


ガルドの方向に走った。


正確には、

ガルドの背後にいる、

ラピスとジークと私の方向だった。


「来い」


ガルドが、

押し殺した声で、ひとつだけ呟いた。


構えていた拳を、ひらく。


逃げ込んでくる足音ではなかった。


守りに来ている足音だった。


逃げるべき相手よりも、

力を合わせるべき存在が、

暗闇から出てきた。


***


暗闇から出てきたのは

曙光のメンバーだった。


予想外の再会に全員の視線が交錯したが、

まずは命を守ることが先決だった。


八人の位置が、

ひと呼吸で決まった。


先頭に、巨体。


両手に、大盾。


盾の縁には、

乾いた泥がこびりついていた。


——マルク。


奥の暗闇に、

盾の正面が向いた。


中心に、ガルド。


その隣に、ジーク。


そのまた隣に、ラピス。


ガルドの斜め後ろに、私。


外側を、曙光の四人が固めた。


クレアとリーゼが、隊列の脇に。


レインが、最後尾に回り込んだ。


「クレア」


レインの押し殺した声が、

最後尾から転がった。


杖を持つ女が、

口の中で低く短く詠唱した。


節が、

いつもの半分の長さで畳まれている。


詠唱の縁から、

薄い銀色の光が立ち上がった。


その光が、

マルクの盾の表面を撫でるように這う。


「リーゼ」


レインが続けた。


薬瓶の女が、

両手のひらを隊列の中央に向けた。


治癒の白い光ではない。


青みがかった、

防御の光だった。


光が、

八人の足元と肩を、薄く包んだ。


奥の暗闇の中で、

何かが動いた。


長い。


無数。


黒い。


触手が、奥から走り抜けた。


マルクの盾が、その先端を受けた。


受けた、というよりは——流した。


盾の角度で、

触手の軌道をわずかに斜めへ逸らす。


触手が、通路の壁に弾かれた。


二本目。


三本目。


マルクの盾は動かない。


動かないまま、

軌道だけを流し続けた。


「ジーク」


レインの押し殺した声が、

ジークを呼んだ。


短い指示だった。


だが、ジークは、

剣を半歩だけ前に出した。


四本目の触手が、

マルクの脇を抜けようとした。


その瞬間。


ジークの剣の平らな面が、

触手の腹を横に押した。


斬らなかった。


押した。


押して、

マルクの盾の正面に戻した。


五本目。


六本目。


触手は、

盾と剣で、ことごとく軌道を変えられた。


奥の暗闇の中で、

低い不快そうな唸りが漏れた。


触手の動きが、ふと緩む。


「ラピス」


レインが、

最後の指示を転がした。


ラピスの杖の先で、水流が走った。


細い水が、

通路の床を撫でる。


触手の通り道だけが、

薄く滑りを帯びた。


七本目の触手が、

濡れた床の上で、大きく軌道を外した。


通路の奥で、

もう一度、低い唸りが響いた。


唸りの温度が、

わずかに引いた。


触手が、

ひとつ、ふたつ、引き戻されていく。


奥の暗闇に戻っていく。


完全に消えたわけではない。


——だが、引いた。


それは、

八人全員が息で分かった。


触手の動きは止まっていた。


正確には、

引き戻される途中で、

まだ完全には消えていなかった。


誰も、構えを解かなかった。


一呼吸。


二呼吸。


十呼吸。


それでも、

奥の闇は何も返してこない。


さらに十呼吸。


低い唸りが、

もう一段、遠ざかった。


触手の主の気配が、

ぐっと奥へ沈んでいく。


完全に消えた。


ようやく、

誰かが深く息をついた。


——マルクだった。


巨体の肩が、

ふっと緩んだ。


***


その瞬間。


ガルドの指が、

複雑な動きを始めた。


肩のあたりで、

ひとつ、もうひとつ、形が連なっていく。


複雑な手話のような、何か。


レインの指も、

同じ複雑さでそれに応えた。


——だが、私の目にも入った。


何かは、よく分からなかった。


ただ、勝手に入ってきた。


あの夜、

世界の音が意味を持ち始めた。


飲み込んだスキルが、

私の中で薄く起動した。


今度は音ではない。


指の形が意味を持って、

私の中に流れ込んできた。


——理解する。


意思とは関係なく。


(——知りたいと思ってしまった、私の罪ね)


ガルドの指が描いた、

最初の意味。


——あの時と同じだな。


レインの指が返した、

ふたつ目の意味。


——あの時よりは守れます。


***


その時、

私の中でいくつかの夜が立ち上がった。


過去の夜。


過去の日。


ガルドの背中の、

あちこちの夜。


凍霧の谷の奥で——


ガルドが十年分の拳を、

ひとつだけ打った夜。


巨体の狼の口から、

ガルドが牙をひとつだけ引き抜いた夜。


別の、あの日。


「俺、行ったことある」


「——曙光が、Cランクの頃だ」


ガルドが遠くを見て、

それだけぽつりと言った日。


***


目の前の曙光は、四人だった。


Sランクの剣士と、

Aランクの三人。


——四人。


点と点が、

私の中で薄く線を引きそうになっていた。


線にはならなかった。


ただ、

引きそうになっていた。


(——「あの時」)


坑道の奥で、

もう何の音もしなかった。

昨日投稿したはずが、出来ておらずすみませんでした。

さて、久しぶりの曙光メンバーとの再会です

彼らは一体何を行なっているのか?

そして、あの触手のモンスターはなんなのか?

果たして2組は無事に坑道から抜けられるのか?

次回更新は5/28を予定しています

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