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〜無能で最弱の元プリンセスが、地獄の果てまで飲み込む復讐界隈の話〜 ミセス アナコンダ  作者: 大背戸智
第六章「鍛冶郷アンボス編」

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第65話:『白に追われる』

雪山は一筋縄では行きません

霧の中で、白い影が、地面を、低く、走った。


呼吸が、空気に、触れた瞬間。


霧の粒が、凍った。


「ジーク、左!」


ガルドの声が、低く、走った。


ジークが、剣を、斜めに、引いた。

踏み込んで、捌く。

殺すための、間合いだった。


霧氷狼の前足が、宙で、止まる。

ジークの剣が、首筋を、抜いた。


一頭、伏せた。


「アナ、奥!」


アナが、左手を、前に、出した。


衝撃波。

針ではなく、面。


奥の二頭が、見えない壁に、押された。

壁に、叩きつけられる。

動きが、止まった。


ラピスが、詠唱を、畳んだ。


「《縛れ》」


水が、霧の中に、立ち上がる。

凍る前に、狼の足元を、撫でた。

足が、滑る。


ガルドが、その隙に、首を、潰した。


四頭、伏せた。


だが、霧の奥で——


新しい白い目が、灯る。


二対。

三対。

四対。


増える。


増えていく。


「アナ、ちゃん」


ナーガの声が、後ろから、聞こえた。


震えていた。


「私……、ぜんぜん、平気、だよ」


声が、震えていた。

震えていたが、笑っていた。


アナが、振り返らずに、答えた。


「黙って、後ろに、いなさい」


(——平気、じゃない)


(指先、見えてる、わよ)


アナの目の端で、ナーガの指先が、紫色だった。

震えながら、自分の腕を、抱いていた。


「来るぞ!」


ガルドが、叫んだ。


霧の奥で、白い影が、群れを、なした。


戦闘が、続いた。


ジークの剣が、引かれる。

引いて、捌いて、踏み込む。


ガルドの拳が、首を、潰す。

ラピスの水流が、足元を、流す。

アナの衝撃波が、面で、押し返す。


四頭、伏せた。

五頭、伏せた。

七頭、伏せた。


だが、霧の奥は、白いままだった。


倒しても、減らない。

減らないどころか——増えていく、気配があった。


ナーガが、後ろで、立っている。


両手の指先から、治癒の白い光が、薄く、立ち上がっていた。

誰のためでもない、構えだった。

誰かが、傷ついた瞬間に、走るための、構えだった。


だが、ナーガの肩が、震え始めた。


最初は、指先。

次に、肩。

そして、声。


「アナ、ちゃん」


「砂、漠……あつい、なあ」


アナが、振り返った。


ナーガが、笑っていた。

焦点の、合っていない、笑いだった。


(——朦朧、してる)


(——まずい)


ジークが、剣を引きながら、ナーガを、見た。

すぐに、また、剣を、引いた。


返事を、する余裕は、なかった。


「ナーガ、しっかり、しなさい」


アナが、走り寄ろうとして——


霧の奥から、新しい狼が、跳んできた。


衝撃波で、押し返す。

壁の向こうで、狼が、地面を、削った。


「アナちゃん」


ナーガの声が、また、聞こえた。


「砂漠の、夜、って」

「もう少し、優しい、んだよ」


震える声で、笑っていた。

笑いながら、膝が、揺れていた。


ガルドが、舌打ちした。


「——時間が、ねえ」


低い、声だった。

焦りを、隠していた。

隠せて、いなかった。


ナーガが、膝から、崩れた。


「ナーガ!」


ジークが、剣を、振りながら、振り返った。

返事は、なかった。


ジークの足が、戦闘から、離れる。

新しい狼が、ジークの背後に、跳んだ。


「ジーク!」


ラピスが、詠唱を、上げる。

水流が、ジークの前に、走った。

狼の足を、滑らせる。


ジークが、ナーガを、抱き起こした。


ナーガの体は、軽かった。


軽くて、冷たかった。


「ナーガ、しっかり、してください」


ナーガの目が、開いていた。

だが、見えていなかった。


ジークが、ナーガを、自分の背に、庇う。

四人の戦力が——三人と半分に、なった。


「数が、減らねえ」


ガルドが、低く、言った。


霧の奥で、白い目が、まだ、灯っていた。


十対。

二十対。


数えられない。


その時。


ラピスが、立ち止まった。


胸の前で、青い徽章を、握った。


短く、唇だけが、動いた。


「……兄上」


徽章の青が、ラピスの指の隙間から、光った。

原石ではなかった。

磨かれた石の、まっすぐな、光だった。


ラピスが、目を、開けた。


詠唱を、もう一度、畳んだ。

今度は、もっと、短く。


「《縛れ》」


水が、立ち上がる。

今までより、量が、多かった。

速さも、違った。


凍る前に、狼の群れの足元を——

払った。


七頭、八頭、足を、滑らせる。

氷の上で、もがく。


「ラピス——」


ジークが、ナーガを、抱えたまま、呟いた。


ラピスが、答えなかった。

徽章を握ったまま、もう一度、詠唱を組んだ。


だが、霧の奥から、新しい狼が、来る。


来ては、跳んだ。

跳んでは、足を、滑らせた。

だが、また、来た。


倒しても、来た。


アナが、左手を、前に、出した。


蛇紋が、袖の下で、浮いた。

影の蛇が、足元から、立ち上がる。

衝撃波の面が、空気を、押した。


「邪魔よ」


アナの声が、低かった。


「全部——どけて」


影の蛇が、走った。

衝撃波の壁が、押した。


血路が、霧の中に、開いた。


「結晶、どこ」


アナが、ガルドに、聞いた。

振り返らずに。


ガルドが、頭の中で、地図を、辿った。

それから、奥を、指さした。


「——奥だ」


「走れ」


血路を、走った。


ジークが、ナーガを、抱えたまま、走る。

ラピスが、詠唱を、続けながら、走る。

アナが、最後尾で、影の蛇を、放った。


ガルドが、先頭に、立った。

谷の最奥へ、向かった。


樹氷の、祭壇のような、場所が、あった。


中央に、青い結晶が、立っていた。

霧の中で、淡く、光っていた。


凍霧の結晶。


「ジーク、これだ」


ジークが、ナーガを片手で抱えたまま、もう片手で結晶を剥がした。


簡単に、取れた。

簡単に取れすぎる気が、した。


ガルドが、後ろを、見た。


霧の奥で——


白い目が、群れていた。


数えきれない。

数えきれないどころか、霧そのものが白い目でできているように、見えた。


「全員、走れ!」


ガルドが、叫んだ。


「結晶は、取った。あとは、逃げる!」


ガルドが、ジークの腕から、ナーガを、受け取った。

重さが、ガルドの背中に、移った。


「俺が、背負う」

「お前は、剣だ」


ジークが、頷いた。


剣を、構え直した。


ガルドが、ナーガを、背負う。

背負って、走り出した。


霧の奥で、群れが——


動いた。


斜面を、登る。

雪が、足元から、跳ねる。


ジークが剣を構えたまま、ガルドの後ろを走った。

ラピスが、詠唱を、組みながら、走った。

アナが、最後尾だった。


足音が、聞こえる。


ぱり。

ぱり。

ぱり、ぱり。


雪を、踏む音が、増えていく。

増えて、追いついてくる。


後ろを、見る。

白い影が、霧の中に、走っていた。

一頭ではなかった。

十頭でも、なかった。

数えられない、数だった。


「アナ!」


ガルドが、走りながら、叫んだ。


「お前、後ろ、頼む!」


「言われなくても」


アナが、左手を、前に、出した。

影の蛇が、地面から、立ち上がる。

追いついてきた狼の足元に、絡みついた。


二頭、引きずり倒した。


だが、後ろから、また、来る。


ぱり、ぱり、ぱり、ぱり。


数が、減らない。


ガルドが、ふと、左を、見た。


「結晶の、道を、逆だ!」


ガルドが、叫んだ。


「行きに、開いた、道を、逆に、走る!」


ジークが、頷いた。

ラピスも、続いた。

アナも、ついて、走った。


血路の道は、雪が、薄く、踏み固められていた。

走りやすかった。


逆に、狼の群れは、戻る道を、見失った。

群れの一部が、別の方向に、流れる。

追跡が、緩んだ。


——一瞬だけ。


(あの時は、間に合わなかった)


ガルドの内側で、声が、した。

誰にも、聞こえない、声だった。


(今度は、間に合わせる)


ナーガの体重が、ガルドの背中で、揺れた。

重い。

重くなる。


重くなるのは、命が、薄れていく、重みだ。


「ガルド!」


ジークが、後ろから、叫んだ。


「右、来てます!」


ガルドが、目だけで、右を、見た。

新しい群れが、樹氷の影から、跳んできた。


「樹氷の、影に、入れ!」


ガルドが、叫んだ。


「あいつら、白を、見て、追ってくる!」

「樹氷の、影に、入れば——気配が、消える!」


ジークが、ラピスを、押した。

ラピスが、樹氷の、根本に、駆け込んだ。

アナが影の蛇を放って、自分も入った。


ガルドも、ナーガを、背負ったまま、入った。


霧の中で、五人の影が、樹氷の白に、紛れた。


狼たちが、頭を、振った。

追跡が、迷った。


「ぱり」の足音が、ばらばらに、なる。


ガルドの息が、上がっていた。

だが、足は、止めなかった。


樹氷の影を、抜けた。


斜面の、下に、谷の出口が、見えた。


光が、薄く、漏れていた。


霧の終わりだった。


だが、後ろからは、足音が、戻ってきていた。


樹氷を、抜けた狼たちが——気配を、見つけ直した。


「ぱり、ぱり、ぱり、ぱり」


数が、また、増えていく。


「左、回り込め!」


ガルドが、叫んだ。


「斜面の、縁を、回り込め!」

「直線で、降りるな!」


ラピスが、頷いた。

ジークも、続いた。

アナが、最後尾で、影の蛇を、放ち続けた。


斜面を、横に、走る。

直線では、下りない。

斜めに、横に、降りる。


追ってくる狼の足が、滑った。

氷の上で、勢いが、止まらない。

群れの何頭かが、斜面を、転がり落ちた。


斜面の縁を、回り込んだ先で——


谷の出口の光が、近かった。


「——ここを、抜けろ!」


ガルドが、叫んだ。


「あいつらは、ここから先には、来ねえ!」


五人が、出口を、抜ける。


背後で、狼の足音が、止まった。

唸り声が、霧の向こうで、薄くなる。


ラピスが、振り返って、聞いた。


「ガルドさん——なぜ、知って」


ガルドが、答えた。

振り返らずに。


「曙光が、ここで、覚えたんだ」


だが——


ガルドの足が止まった。


出口の向こうに——


何かが、立っていた。


巨体。

通常の三倍はある、霧氷狼。

赤い目が、四つ、霧の中で灯っていた。


ボスが咆哮した。


凍結のブレスが、霧を固める。


ガルドが、低く呟いた。


「——あの時の、奴か」

凍霧の谷の本戦——撤退戦回でした。

霧氷狼の群れに追われ、ナーガが寒さに飲まれていく中、

ガルドが過去の経験で得た知恵で、五人を出口へ導きます。

ですが、抜け道の先で待っていたものとは——?

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