表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
〜無能で最弱の元プリンセスが、地獄の果てまで飲み込む復讐界隈の話〜 ミセス アナコンダ  作者: 大背戸智
第六章「鍛冶郷アンボス編」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/76

第54話:「錆びついた槌と男」

鉄の匂いと火花の街で、ラピスが思い出します。

朝。


霧が薄くなり始めた頃、街が見えた。

街道を進む先、丘の向こうに、低く広がる石造りの屋根。


霧が薄くなったにもかかわらず、街の輪郭はぼんやりしている。

火の煙ではない。鉄を打つ、男たちが発する煙だった。


ラピスが足を速めた。


「——着いた」


ジークの肩が、少し軽くなった。

ナーガが「あったかそう」と呟いた。

ガルドは腕を組んで、何か言おうとして、やめた。


アナは——最後尾で、息を吐いた。


三週間。

走り、狩り、寝て、また走った。

霧降の月の冷気が、毎朝、骨まで沁みた。


それが、ここで、終わる。

やっと終わる。


(今度は槌をつけなんて言わないでしょうね)


街の門に、木の看板が掲げられていた。


『鍛冶祭り、開催中』



***



街に入ると、空気が変わった。


鉄の匂い。炭の匂い。油の匂い。

それらが、人を縫うように街路を流れている。

通りのあちこちで、ドワーフが大声で笑っている。

右手には槌、左手には酒。


(やっぱりお酒が好きなのね)


ドワーフ以外の客たち——冒険者、商人、観光客——が、

その声の合間に混じって動いていた。


「……すごい」


ラピスが、目を丸くした。


通りの端の鍛冶場から、火花が飛び散った。

髭に火の粉を受けたまま、

ドワーフが隣のドワーフと酒を酌み交わしていた。


ガルドが鼻を鳴らした。


「……十年前と、変わってねえな」


懐かしい、とは言わなかった。


ナーガが「髭、焦げないの?」と聞いた。


ガルドが短く答えた。


「あいつら、髭が焦げるくらいじゃ手を止めねえ」


「……ドワーフ、怖い」


ラピスが小さく笑った。

そして、また周囲を見回した。


すべてが、幼い頃に嗅いだことのある匂いだった。

宝石国の宮廷の、鍛冶場の奥。


でも——名前までは、思い出せなかった。



***


ギルドに、立ち寄った。


街に着いた冒険者は、まずギルドでカードを見せる——

のが、少し前までの手続きだった。


受付の女——この街のギルドは、人間の女性だった——

が、五人のカードを慣れた手つきで受け取って、台の上に置かれた小さな水晶に触れさせた。


ほんの数秒で、水晶が淡く光った。


「直近三週間の実績、届きました」


ラピスが目を瞬いた。


「今のは——」


「あ、これ? 最近入ったばかりの魔道具なんですよ」


女が、嬉しそうに説明を始めた。


「大陸中のギルドに同時配備されて、

 本部との書類のやり取りが、もうほとんど要らないんです。

 魔導皇都アルカナスで開発された最新式だとかで」


ラピスが、ゆっくり口を閉じた。

女が、楽しそうに続けた。


「なんでも、銀髪の天才の、若い研究員が一人で設計したらしいですよ。信じられますか?」


ラピスの肩が、ほんの少しだけ固まった。

ジークが視線を泳がせた。

ナーガが「えっ……」と小さく漏らした。

ガルドが腕を組んだまま、鼻から息を抜いた。


アナが、無表情のままカードを受け取った。


(——また、あんたか)


内心だけで、呟いた。


受付の女の話は仕事そっちのけで話し続けたことに気づき

一回咳払いをして、五枚のカードを並べ直した——


ジーク——Dランク。

ラピス——Dランク。

ナーガ——Dランク。

ガルド——Aランク。

アナ ——Gランク。


ジークが小さく息を吐いた。

ラピスが口元を押さえた。

ナーガが目を丸くしてガルドを見上げた。


そして——パーティーランクが、Cに格上げされていた。


「ギリ、Cか」


ガルドが呟いた。

少し笑った。

一様に視線がアナに集まった


アナのカードは、

見るまでもなく受け取って、胸元に仕舞った。


何も言わなかった。

言う必要もなかった。


「大陸最強のGランク、今日も健在で」


ジークが、囁いた。


アナが、ギルドの扉を無言で開けて、外に出た。


四人が肩を震わせながら後を追った。



***



受付の女が、一枚の依頼書を追加で差し出した。


「ご到着祝いも兼ねまして——こちら、お勧めです」


依頼書には、こう書かれていた。


『街道沿いの魔物討伐。

 鍛冶祭りに向かう客を襲撃。

 至急対処求む。依頼主:鍛冶祭り運営委員会』


ランクはC。報酬は、金貨四十枚。


その下に、小さく、追加報酬の欄があった。


『特別報酬:鍛冶祭り参加者推薦枠×1』


ラピスが首を傾げた。


「参加者推薦枠?」


「参加を辞退された鍛冶師の枠を、代わりに誰か一人にお渡しできる券です。

 今からでも、知り合いの職人をコンテストに出場させられます」


「……へえ」


ラピスは、あまり気に留めなかった。


「武器を依頼するなら、直接のほうが話が早いかな、と」


受付の女が、柔らかく笑った。


「ええ。そちらも便利です」


ラピスは書類を受け取り、鞄の底に仕舞った。


ガルドが、横から低く言った。


「受けるか」


「うん」


五人は、そのまま街を出た。



***



討伐は、半日で済んだ。


街道沿いの森に巣食っていた、犬型の魔物十数頭。

パーティーランクCに、ぎりぎり見合う案件。


レインの問いを胸にしたジークが、守りながら斬る剣筋で先頭を切った。

クレアの指導を引き継いだラピスが、詠唱を畳んだまま援護した。

ナーガが戦闘中に負傷者を迷わず選別した。

ガルドが拳で流し、仲間に通した。


アナは——後方で、衝撃波を放った。


二十メートル先の魔物に、針のように細い一条が届いた。


倒した。


誰も、驚かなかった。


最近では、当たり前の光景になりつつあった。



***



夕方、街に戻って報告を済ませた。


受付の女が、推薦枠の書類に印を押した。


「お疲れ様でした。これで、推薦枠はいつでもお使いいただけます」


ラピスが書類を折り畳んで、鞄の奥に仕舞った。


ガルドが「飯だ」と短く言った。


五人は、宿の方向に歩き出した。



***



街は、夜になっても明るかった。

むしろ夜の方が明るかった。


鍛冶場の火が、通りに面した戸口から漏れている。

ドワーフたちが、まだ槌を振るっていた。

祭りが近づくほど、街が眠らなくなるのだと、ガルドが歩きながら呟いた。


ラピスは、歩きながら、何度か鍛冶場を覗いた。


並んだ金床。

赤く焼けた鋼。

ハンマーを握る毛深い手。

火花が舞う度に、

ラピスの記憶も叩かれた。


記憶の奥で、ドワーフの姿が強くなっていった。


宝石国の宮廷の、鍛冶場。


幼いラピスが、父に連れられて行った場所。

そこに、大きな手があった。

笑いながら、ラピスに言った声があった。


(——お前も守りてぇモンができた時は、この——)


名前は、まだ、霧の中。


五人が、宿にほど近い酒場の前を通り過ぎようとしていた時だった。


——怒鳴り声。


「おい、ドルン! もう三ヶ月だぞ! いつ払うんだ!」


ラピスの足が、止まった。


酒場の前で、一人のドワーフが、借金取りに絡まれていた。


白髭。

肩幅が広い。

腕は、太い。


叩き上げられた鉄のようにオーラを放っている。


が服はよれよれで、目は濁っていた。

髪はボサボサで酒の匂いが、強い。


「……金はねえって、何度も言ったろ」


ドワーフの声は、低く、かすれていた。


借金取りが、舌打ちして、帳簿を突きつけた。


「いいか。来週までだ。払えねえなら——」


ラピスが、その横顔を、じっと見ていた。


白髭の奥の、顎の線。

肩の構え。

手。


——指の関節の、大きさ。


記憶の底で、何かが動いた。


宮廷の鍛冶場で、槌を握っていた手。

笑いながら、ラピスに言った声。


(——この——様が剣を打ってやろう)


名前。


思い出せなかった名前が、ふと、口をついた。


「……ドルン?」


借金取りが、面倒くさそうに振り返った。


白髭のドワーフも、ゆっくりと顔を向けた。


目を細めて、ラピスを見る。


「……あ? 誰だお前——」


ラピスの顔を、じっと見る。


「……ん?」


眉が寄って、戻って、もう一度寄る。


「……あ? あの、チビか?」


ラピスが、小さく頷いた。


「ラピスです。宝石国の」


ドルンの口が、開いたまま、しばらく、閉じなかった。


借金取りが、ラピスの品のある顔立ちと

それを守るように仁王立ちするガルドに視線を移し

気押されたように、半歩引いた。


ガルドが、腕を組んだまま、横でぼそりと呟いた。


「……世間は狭えな」



槌を置いた男と、

青髪の王子の再会でした。

あの頃とは立場が逆転したような

借金取り付きの登場シーンは、

かつての宮廷鍛冶師にも、ラピスにも少し不憫かもしれません。


次回、ラピスは借金返済に一縷の望みをかけ

ゼノスのレシピを取り出します。

ドルンの瞳に火は灯るのでしょうか

次回更新は4月21日を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ