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〜無能で最弱の元プリンセスが、地獄の果てまで飲み込む復讐界隈の話〜 ミセス アナコンダ  作者: 大背戸智
第六章「鍛冶郷アンボス編」

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第51話:「十年越しの食卓」

十年の空白を埋めるには、一皿の肉と一杯のスープ。

そして思い出話。それで十分だ。


酒場が凍ったままだった。


Sランクの曙光が、

Gランクの肉まみれの男に「ガル兄」「ガルドさん」と口々に呼びかけた


——その事実を、酒場中の冒険者が飲み下せずにいる。

カウンターのビールはグラスから溢れ続けている。

迷子の子どもは、いつの間にか泣き止んでいた。

その中心で、ガルドだけが肉を切っていた。


ナイフを動かす音。フォークで肉を刺す音。


ガルドはもう一度、四人を見上げた。


「……誰だ、お前」


曙光の巨体の男——マルクが、思わずのけぞった。


「うそでしょ!?」


細身の女——クレアが、眉をひそめた。


「十年でそこまで忘れますかね、普通」


落ち着いた声の女——リーゼが、穏やかに微笑んだ。


「ガルドさん、いつもこうだったじゃない。覚えてるくせに」


先頭の男——レインだけが、真面目な顔で口を開いた。


「オルム山脈の、氷の洞窟です」


ガルドのナイフが、一瞬だけ止まる。


「俺たち、四人とも十四でした。

 初めて受けた討伐依頼で、巣穴に詰めすぎて出られなくなって。

 あなたが、一人で上から降ってきた」


レインが目を細めた。


「外は吹雪だった。俺たちは凍死しかけてた。

 あなたは氷の大蜘蛛を三匹、素手で叩き潰して、俺たちを担いで下山した」


マルクが続けた。


「下山の途中で、ガルドさんが言ったんすよ。『夜明け前だろ、まだ暗えな』って」


クレアが頷いた。


「その言葉、パーティ名にしました。《曙光》」


リーゼが、スープの湯気越しに笑った。


(この人は、いつも誰かを助けてるのね)


「それから十年、私たちはあなたを探してた。

 風の噂しか掴めなかったけど」


ガルドが肉を噛んだ。ゆっくりと、黙って。


数秒後、フォークを置いた。


「あー……あのガキどもか」


曙光の四人が、同時に息を漏らした。


覚えていないのか、覚えているのに惚けているのか、どちらなのか——

それとも、ただの照れ隠しなのか。

ラピスの位置からは分からない。

ただ、ガルドの目の奥が、一瞬だけ柔らかくなった気がした。


ガルドが四人を見上げた。


「お前みてえな有名人に囲まれたら碌に飯も食えねえ。

 どっかに行くか、一緒に飯食うか、どっちかにしろ」


レインが笑った。十年分の重さが、その笑顔で溶けた。


「ご一緒させてください」


***


椅子が引かれ、テーブルが詰められる。


細長いテーブルに、ガルド、ジーク、ラピス、ナーガ、アナの五人。

そして押しかけるようにレイン、マルク、リーゼ、クレアの四人。


九人分の料理が並ぶと、酒場の小さなテーブルは

まるで、どこかの貴族が開く宴のような豪華さだった。


マルクが注文した肉の山が運ばれてくる。

ガルドが何も言わずに一切れ奪い取った。


マルクの声に構うことなく、ガルドが左手で口に運ぶ。

そのやりとりを曙光の面々が笑いながら見ている。


「相変わらずっすね」

「お前もだろ」


二人が見つめ合って、ほぼ同時に噛みつく。

ジークが静かに目を逸らした。


リーゼがナーガに目を向けた。


「あなた、アルザードの」


ナーガが首を傾げる。


「知ってるの?」


「噂、聞いてる。南で子どもたちを癒してる治癒師——『砂漠の聖女』って」


ナーガが耳まで赤くなった。


「や、やめて……そんなんじゃないし」


「謙遜してる。あなた、ちゃんと使えば一歩手前までいける。

 今はまだ、直感頼りだけど」


ナーガの目が見開いた。リーゼの声は静かで、でも逃げ場がなかった。

砂漠の熱砂みたいに、輪郭だけがくっきり残る声。

ナーガは、自分の治癒がどれだけ不確かか、自分でも分かっていた。




クレアがラピスの手元を見下ろした。

正確には、ラピスの杖を握る右手を。


「あなた、いま、どれだけ練ってるの」


ラピスが顔を上げる。


「……え?」


「食事中に、詠唱を七割方組み上げたまま待機させてる。

 こんなことする魔導士、聞いたことない」


ラピスが一瞬、目を伏せた。


「……いつ襲われても、対処できるように」


クレアが眉をひそめた。


「教科書に載ってないことばかりやってる。

 詠唱の組み立てが滅茶苦茶。魔力の持たせ方も無理がある。でも——動く」


クレアが眉をひそめたまま、少しだけ口の端を上げた。


「気に入らない。才能があるやつの、我流って」


ラピスの目が、磨かれる前の原石みたいに光った。




そして——レインが、ジークの鞘に目を留めた。


「騎士団の紋章?」


ジークの背筋が伸びる。


「……はい」


「帝国の?」


ジークは答えなかった。

ガルドが肉を噛みながら横から言った。


「そいつは、もう帝国のソレじゃねえよ」


レインが一瞬、考えるような顔をした。

ジークの腰の剣を、もう一度だけ見た。


「そうですか」


それ以上は聞かない。

ジークは胸の中で、自分の剣が子どものおもちゃみたいに縮こまった気がした。

Sランクの剣士がたった一瞥しただけで、

間合いの外から距離を測られた。鞘の中がやけに静かだった。



***



一通り食事が落ち着いた頃、レインがジョッキを置いた。


「ガルドさん。

 こいつら、ガルドさんの連れってことは——何者なんですか」



ガルドが肉を噛みながら、あごで指す。


「青髪——宝石国の王子だ」


レインが頷いた。知っていた。

青髪は宝石国の血筋の証。


「ラピス・ジュエル様ですね」

「やめてください。今は、ただのラピスです。」


ラピスが苦笑いを浮かべた。


「金髪は、さっき言った通り元帝国騎士だ」


ジークが頭を下げた。


「褐色肌は、アルザードの占い師兼治癒師だ」


ナーガが「どうも」と手を振った。

この女はSランク冒険者にも臆することはないらしい。


そしてガルドの視線が、最後の一人に向いた。


——赤毛の少女。


曙光の四人の視線が、そこで止まった。


レインが、マルクが、リーゼが、クレアが、次々とアナに目をやる。


アナは黙ってスープを啜っていた。



(——何なのよ、この人たち)



外から見れば、優雅に。


(珍獣でも見るみたいにジロジロ見てくるし、

 王子だの治癒師だの一通りの素性を並べて、

 最後に私の番だから目を凝らすのやめてくれない?



所作だけ見れば、そこらの貴族の娘よりよほど品がいい。



(食べにくいのよ。スープが冷めるでしょう。

 大トリを飾るなんて聞いてないわよ)



背筋は伸びて、指は銀のスプーンを正しく握り、唇はスープに触れる前に一度息を吐いた。



(あと、ガル兄って何。ガル兄って。

 あの男に「兄」とか付けて呼ぶ人間がいたなんて。

 夜明け前とか、一人で氷の洞窟に降ってきたとか、昔話も美化しすぎじゃない?

 今はただの大食いのおっさんでしょう)



二口目のスープを啜る。顔には出さない。



(……早く終わらせて)



クレアが、静かに問うた。



「お嬢さんは、どちら様で」



アナはスプーンを止めた。

名前だけを、短く告げた。


——アナ、と。



それ以上の情報はなかった。姓も国も立場も、何もない。


曙光の四人が、互いを一瞬見た。


ガルドが肉の骨を皿に置いて、口を開いた。



「訳ありだ。それだけでいい」



一拍。



「だが本気を出せば、お前らでも太刀打ちできないかもしれねえ」



曙光の四人が、息を呑む音が重なった。


マルクが、冗談を言ってほしいみたいな顔で笑おうとした。


「……冗談ですよね?」


ガルドが肉を咀嚼しながら答えた。


「冗談なら、こんな編成組んでねえよ」


空気が止まる。


レインだけが、アナを見ていた。


アナの左側——床に落ちている影が、一瞬だけ、あるはずのない方向に揺れた気がした。

気のせいかもしれない。ランタンの炎の揺らぎかもしれない。


でも、Sランクの剣士は、それを気のせいにしなかった。


けれど口にもしなかった。


ガルドが「それだけでいい」と言ったなら、それでいい。

十年前に自分たちを氷の洞窟から引きずり出してくれた男が、

今そう言っている。なら、聞かないのが礼儀だ。


レインは、ジョッキを傾けた。


「分かりました」



***



食事が終わりに差し掛かった頃、ガルドが箸を置いた。


「お前ら、明日、予定あるか」


レインが目を瞬いた。


「……え?」

「半日でいい。こいつらを、見てやってくれねえか」


曙光の四人が、固まった。

周りの冒険者も、固まった。


時間が止まった、と言ってもいい。

Sランクへの依頼は各国、年に1回できるかどうか。

それもどれだけの金を積もうとも、

彼らが首を縦に振らなければ、受けてもらえることはない。


レインが、ジョッキを置いた。

両手をテーブルに置いた。


「……ガルドさん、が、頼み事?」


「ああ」


「俺たちに?」


「ああ」


マルクが口をぽかんと開けた。

クレアが珍しくフォークを取り落としかけた。

リーゼが、ゆっくり、ゆっくりと瞬きをした。


十年。


自分たちを氷の洞窟から救い出し、

下山してくれて、何も言わずに一人で次の町に消えていった男。


あの人が——自分たちに、何かを頼んでいる。

僕たちに依頼をする。その重大さを知らないわけではないだろう。



ただ、そんなことより嬉しかった。

Sランクという色眼鏡で見ずに、

今でも憧れの存在が、

1人の冒険者として、

1人の人間として頼み事をしてくれた。



心の底から。胸の奥が熱くなるくらいに。



——それと同時に。



四人の目が、一瞬だけアナたちに流れた。



(この連中は、あの人にここまで可愛がられてるのか)

(十年前の俺たちは、こんなふうに見てもらえたか)



気づかれない程度の、短い嫉妬。瞬きの間で飲み込まれた。



それでも、答えは一つだった。


レインが、姿勢を正した。


「明日の午前中だけなら、空いてます」


ガルドが、短く頷いた。


「十分だ」



***



曙光の四人が席を立った。ギルド前で明日朝、とだけ決まった。


「ガル兄、また明日ー」


マルクが手を振る。

リーゼとクレアが軽く会釈した。

レインが最後にガルドに一度だけ目を合わせて、扉の外に消えていく。


彼らのやりとりをつまみに飲んでいた冒険者たちは

また新たなつまみを探し始めた。



扉が閉まるのと同時に、ラピスとジークが——震え始めた。



「曙光に……明日……僕たちが……」

「……本物の剣……」



二人の興奮が隣の席まで漏れている。

ナーガが苦笑いしながら、自分もまだ胸に手を当てている。



アナだけが、冷静にスープの最後の一口を飲み干した。

器を置いて、隣のガルドを見上げた。


「で。明日は本気で見てもらえって?」


「ああ」


「分かったわ。じゃあ、明日は走らなくていいのね」


ガルドが鼻で笑った。


「お前は走る」


「は?」


「とにかく走る。話はそれからだ」


アナの眉が、ゆっくりと吊り上がった。


「——殺すわよ」

「殺せるもんなら殺してみろ」



ガルドが大笑いしながら、肉の最後の一切れを口に運ぶ。



酒場の扉の外で、足音が止まった。



閉まりかけた扉の隙間から、曙光の四人の影が見える。


マルクが「え?」と振り返った。

クレアが「今、何か——」と口を動かしている。

リーゼが「ガルドさん、殺されかけてた?」と真顔で呟き、

レインだけが、じっとアナの横顔を見ていた。



Sランクに頼み事をするほどの男が。


赤毛の、名乗るだけで素性不明の、

スープを優雅に飲む少女に、「殺すわよ」と言われて——


笑っている。


レインの背筋を、細い汗が一筋流れた。


扉が完全に閉まった。


ガルドが最後の一口を飲み下して、五人を見回した。


「明日、お前ら本気で見てもらえ」


アナがスプーンを置いて、窓の外の夜を見た。


——明日。


明日、私は走るらしい。


ガルドの過去がまた明らかになりましたね。

Sランクの曙光にしれっと頼み事をするガルド

そんなSランクにタメ語で話し続けるナーガ

やはり、彼・彼女に常識は通用しないのかもしれません。

4人の修行は一体どうなるのでしょうか?

そして、ここまで走り続けのアナの足は持つんでしょうか?

次回更新は4月18日を予定しております。



ガルドを「兄」と呼ぶ四人と、「殺すわよ」で返す赤毛

——明日の半日クエストで、何がどう見えるのか。


次回更新は○月○日を予定しています。

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