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〜無能で最弱の元プリンセスが、地獄の果てまで飲み込む復讐界隈の話〜 ミセス アナコンダ  作者: 大背戸智
第六章「鍛冶郷アンボス編」

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第50話:「話はそれからだ」

ヴァルハードへの長い道のりが始まります。まずは、走ることから。

朝。


街道の真ん中で、ガルドが立ち止まった。


「聞け」


五人分の足が止まる。紅葉の月の風が、色づき始めた木々の間を抜けていく。アルカナスを出て二週間。季節は少しずつ、冷たい方へ傾いている。


ガルドが振り返った。腕を組み、五人——いや、四人を順番に見る。


「ヴァルハードまで三ヶ月はかかる」


ナーガが「遠いね」と呟いた。ラピスが地図を広げかけて、ガルドに目で止められた。


「その間に、お前らの問題を潰す」


ジークの背筋が伸びる。アナは腕を組んだまま、ガルドを見上げている。


「身体強化ってのは、元の体が強えほど効く。弱えままかけたら、弱え強化にしかならねえ」


一拍。


「だから——まず走れ。話はそれからだ」


沈黙。


ラピスが口を開いた。「走る……って、どこまで?」


「倒れるまで」


「毎日?」


「毎日」


ナーガが苦笑いした。ジークは黙って頷いた。


アナだけが、眉をひそめている。


「……走る?」


「走る」


「私は暴食よ。影の蛇よ。衝撃波よ。走って何が変わるの」


ガルドが鼻で笑った。


「全部。お前が一番遅え」


***


地獄だった。


朝起きたら走る。

飯を食ったら走る。日が暮れるまで歩いて、野営の前にまた走る。


ジークは黙々とついてくる。

騎士の基礎訓練で体はできている。

三日目には呼吸が安定した。


ラピスは意外と粘る。

細い体だが、歯を食いしばって足を止めない。

四日目に膝が笑い始めたが、五日目には持ち直した。


ナーガは最初の一日で吐いた。

二日目も吐いた。

三日目から吐かなくなった。

走り終わった後、必ず自分の足に治癒をかけている。

「ずるくないよ。これも訓練」と言い張った。


アナは——


アナは毎日、最後尾だった。


影の蛇で足場を作ろうとして、ガルドに怒鳴られた。

「自分の足で走れ」。



衝撃波で加速しようとして、ガルドに殴られた。

「ズルすんな」。


三日目の夜、テントの中で天井を見上げながら、アナは呟いた。



(——なんで私が走らなきゃいけないのよ)



隣でナーガが寝息を立てている。

反対側でラピスが地図を広げたまま眠っている。

テントの外から、ガルドとジークが焚き火の番をしている気配。



左腕が、微かに疼く。



(走ったくらいで、これが収まるわけないでしょう)



でも——足の裏が、確かに硬くなっている。それだけは、嘘じゃなかった。




***



七日目。


やっと、やっと、街が見えた。


石造りの城壁に、木の看板。

壁に打ちつけられた冒険者ギルドの紋章が、夕日を受けて鈍く光っている。



「ここで少し止まるぞ」



ガルドが言った。

五人が城門をくぐると、空気が変わる。

革と鉄と酒の匂い。


行き交う人間の腰に剣がある。

街道沿いの宿場町ではない。

冒険者の街だ。


冒険者ギルドの扉を開ける。


中は広い。

受付のカウンターに列ができている。

壁一面に貼られた依頼書。

右奥に酒場。左に掲示板。

天井から吊るされたランタンが、煙混じりの光を落としている。


どこにもでもあるような冒険者ギルドだ。


(とにかく座りたい)


ラピスが掲示板に駆け寄った。


「Gランクで受けられるのは……薬草採集、荷物運搬、下水掃除……」


ジークが横から覗き込む。


「……掃除、ですか」


アナは掲示板を一瞥して、背を向けた。



(まだ働くの・・・帝国の元皇女が下水掃除。笑えるわね)



でも文句は言わない。この1週間で実力不足を痛感した。


ガルドが受付で何か手続きをしている間、ナーガが窓の外を見ていた。


「ねえ、あの人たち——」


ギルドの奥、酒場の入口に、数人の冒険者が固まっている。

何かを待っているような、落ち着かない空気。


「何かあるの?」

「分かんない。でも——空気が違うね」



***



夕方。

ギルドの酒場で飯を食っている。



(やっと息がつけた)



ガルドが三人前の肉を平らげている。

いつも通りだ。

隣でナーガが「右腕使わないで」と言い、

ガルドが無視し、

ジークが「ガルドさん」と窘め、

ガルドが舌打ちして左手に持ち替える。



いつもの光景だ。



ラピスがパンをちぎりながら、

明日のクエストの相談をしている。

アナは黙ってスープを啜っている。

七日間走り続けた足が、まだ痺れている。



その時——酒場の扉が開いた。



空気が変わる。



一瞬で分かった。

入ってきたのは、ただの冒険者じゃない。


四人。

先頭に立つ男の腰に、使い込まれた剣。

その後ろに巨体の男。さらに後ろに女が二人。



酒場中の視線が、扉に集まっている。

ざわめきが波のように広がった。

彼らの眼前には

引き潮のように、道が広がった。


「——曙光だ」

「曙光が来てる」

「Sランクの……本物か?」


ラピスのフォークが止まった。


身を乗り出して、四人組を見つめている。


「え——曙光? あの、曙光?」


目が輝いている。

ジークも箸を置いた。

先頭の剣士の腰の剣を見ている。

剣を握る前の、間合いを測るような目。


「……本物ですか。あの《曙光フェルリヒト》が」


アナだけが、スープを啜り続けている。


「何よ、曙光って」


ラピスが身を乗り出した。


「アナ!冒険者なら誰でも知ってるよ。大陸で五指に入るSランクパーティ!」


ナーガが首を傾げた。


「えー、すごいの?」


ラピスが信じられないという顔をした。


「すごいなんてもんじゃない。去年の大型討伐で——」


ガルドは

フォークを置いた。


音もなく。

静かに。


アナはその手を見た。

ガルドが食事の手を止めることは、ほとんどない。



四人組がカウンターに向かう——と思った。



違う。

こちらを見ている。



先頭の剣士が、まっすぐにこちらに歩いてくる。

残りの三人もついてくる。

近づいてくる。

どんどん。


ラピスが固まった。

ジークが立ち上がりかけた。

ラピスの興奮は最高潮だ。

アナは、スプーンを上げた。

ガルドはフォークを持ち直した。


剣士の男が——ガルドの前で止まり、表情が崩れた。


「やっぱりガルドさんだ!お久しぶりです!」

「ガル兄!!」

「わー!全然変わってない!!」

「相変わらず肉食なのね」


酒場が、凍った。


カウンターの受付嬢が手を止めた。

バーテンが注ぐビールがグラスから溢れ続けている。

隣のテーブルの冒険者が、口に入れた肉を噛むのを忘れている。

泣いていた迷子の子どもがいつの間にか泣き止んでいる。

ガルドが肉を噛む音と、アナのスープを啜る音だけが響いている。



Sランクが。あの曙光が。

「さん」付けで呼んでいる。


——このGランクパーティーの、肉まみれの男を。


ラピスとジークが石のように固まっている

ナーガが目を丸くしている

アナはガルドだけを見ている


ガルドが、ゆっくりと肉を飲み込み、また肉を切り始めた。


「……誰だ、お前」



走って走って走って、ようやくたどり着いた冒険者の街。

Gランクの掃除クエストに心が折れかけた矢先、とんでもない出会いが待っていました。

Sランクが「さん」付けで呼ぶ男の正体は——

次回、十年ぶりの再会です。

次回更新は4月17日を予定しています。

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