表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
〜無能で最弱の元プリンセスが、地獄の果てまで飲み込む復讐界隈の話〜 ミセス アナコンダ  作者: 大背戸智
第五章「魔導皇都アルカナス編」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/68

第38話:「銀の天才と灰色の街」

森を抜けました。

辿り着いた先は、思っていた街とは少し違うようです。

森を抜けた瞬間、空気が変わった。

重かった。焦げ臭かった。三日間ずっとそうだった。

でも森を出た途端、それが嘘のように消えた——わけじゃない。

匂いの質が変わったのだ。焦げた土から、錆びた鉄へ。自然のものから、人工のものへ。


「……見えた」


 ラピスが指を差す。


丘の上から見下ろした街は、灰色だった。


魔導皇都アルカナス。大陸有数の学術都市。

ラピスが宝石国の書庫で読みふけった魔導書の半分は、この街の学者が書いたものだ。

知識の都。魔法の聖地。


——のはずだった。


門が、折れている。石の門柱が根元から割れて、瓦礫が道を塞いでいる。

片付けた形跡がない。踏み越えて入れ、ということらしい。


「嬢ちゃん」


ガルドが立ち止まった。鼻が動いている。

森の中でもずっとそうだった。

この男は三日間、何かを嗅ぎ続けていた。


「先に行く。ついてこい」


理由は言わない。

ガルドが黙って先頭に立つ時は、理由がある。クロッサードで学んだ。


瓦礫を跨いだ。


街の中は、外から見たより酷かった。

建物の壁面に魔法陣が刻まれている。

青白い光を帯びて、心臓みたいに明滅する。壁だけじゃない。

路面にも、排水溝の蓋にも、ベンチの裏にも。

街全体が魔法陣の血管に覆われて、脈打っている。


ラピスが壁に手を触れた。


原石を鑑定する目。

指先で光の流れを辿りながら、息を呑む。


「見たことない体系だ。宝石国のとも、帝国のとも違う」

「何の術式?」

「防衛……だと思う。街を守ろうとしてる。でも——必死すぎる。この陣、悲鳴を上げてるみたいだ」


人がいない。


昼。大通り。

大陸有数の学術都市の目抜き通り。

なのに、空。

残った住民は壁に沿って足早に過ぎ、目を合わせない。

声を出さない。

口の中で何かを呟きながら歩いていく。



(消化不良の街だわ)



腹の底が訴えている。

この街の魔力は歪んでいる。

暴食アナコンダが反応しているのに、美味いとも不味いとも言わない。

食ったことのない味。飲み込めるかどうかも分からない。

初めての感覚。


ジークが半歩前に出た。左手は柄の上。

間合いの外に、見えない刃の気配を探る目。


「……敵か味方か、判別がつきません」

「そうね。この街全体がそう」


ナーガが腕を抱いた。編み込みの髪が風に揺れる。褐色の指先が震えている。


「砂が……騒いでる。森の中よりずっと。この街の下、何か埋まってるみたいに熱い」

「森のモンスターと繋がってる?」

「分からない。でも——同じ匂い。苦しんでるのは、ここも同じ」


研究棟らしき建物が見えた。

五階建て。灰色の街で唯一、窓に灯りが点いている。

三階の窓が開いていた。


足を止めた。


 ——気配。


上。


三階から何かが落ちてきた。

いや——飛び降りた。

音がない。

五メートルの落下で着地音がない。

猫でもここまで静かには降りない。

石畳に触れた靴が、空気を吸い込んだみたいに——無音。



銀髪。

中性的な顔。整いすぎている。

ラピスと並べたら鏡像に見えるだろう。


同じ輝き。

温度だけが違う。

ラピスが明けの明星なら、こいつは月光だ。

明るい。でも温かくない。


十七か十八。

片手に本をぶら下げている。

この灰色の街で唯一、退屈していない目をした人間。


「——珍しいお客さんだね」


穏やかな声。笑っている。笑っているのに、目の奥で何かを計測している。

銀の瞳が、私を見た。

正確には——腹を。

三秒。


「……君」

「何」

「何か食べたでしょ」


心臓が跳ねた。


「——いくつも」


止まった。全員が。

ジークの手が柄を握る。

ガルドの拳が固まる。

ナーガが息を呑む。

ラピスだけが動かない。

銀髪を、曇りのない瞳でじっと見ている。


(三秒で——見抜いた)


暴食アナコンダの気配を。

私が何をどれだけ食ってきたかを。

たった三秒で。


腹の蛇がぞわりと鎌首をもたげる。

獲物の前に出た時の感覚——違う。

こいつの前では、覗かれているのは私の方だ。


「面白い。すごく面白い」


銀髪が笑った。

目も笑っている。

でもそれは人間が嬉しい時に浮かべる笑みじゃない。

新しい標本を見つけた学者の目だ。


「こんなサンプル、初めて見た」

「——は?」

「いやあ、本当に。複数の魔力が層になって重なってる。

 毒と、獣と、宝石の……こんな構造、論文にしたいくらいだ」

「誰がサンプルよ」

「良い意味だよ」

「良い意味のサンプルはこの世にないの。覚えて」



(こいつ。悪気がゼロ。ゼロの顔してる。天才ってこういう生き物なの?)



「あなた、誰」

「ゼノス。ここの研究員……みたいなもの、かな」


首を傾げる。

「みたいなもの」で済む存在感じゃない。

この灰色の街で唯一灯りが点いている建物から、音もなく降りてきた男。



「五人もいるんだね。旅の一行にしては物騒だ」

「物騒なのはこの街でしょう。門が折れて、人がいなくて、壁が脈打ってる。何があったの」

「何があった、じゃなくて——何が起きてるか、かな」


 ゼノスが壁の魔法陣に指を滑らせた。青白い光が指に従って揺れる。


「この街は今——」

「待て」


ガルドが、口を開いた。

門を潜ってからずっと黙っていた男。

鼻を動かし続けていた男。

三日間、森の中で何かを嗅ぎ続けていた男が——ようやく、口を開いた。


「鉄の匂いがする」


低い。

いつもの粗さが消えている。


「武具油。革鎧。多人数の汗を煮詰めたような匂い。——傭兵だ」


ゼノスの手が、止まった。

銀の瞳がガルドを見る。

初めて、この大男をちゃんと見る。


「鼻が利くね、おじさん」

「おじさん言うな」

「え、違う?」

「三十路前だ」

「そう。貫禄があるから——」

「殴るぞ」



(大事な話の最中に何やってるのこの二人)



「グラディウスだろ」


ガルドの声が、さらに低くなった。

グラディウス。

鋼牙傭兵国。国そのものが傭兵組織の異常国家。

ガルドの——故郷。


「この匂いは、忘れねえ」


ゼノスの笑みが——変わらなかった。

変わらないことが、答えだった。


「傭兵は——」


銀の瞳が、壊れた門の外を見る。

灰色の空の向こう。森の向こう。


「——まだ、いないよ」


まだ。


「……まだ?」

「うん。まだ」


風が吹いた。

魔法陣が脈打った。

街の空気がほんの一匙だけ、重くなる。

ゼノスは笑っている。

温度のない笑顔。きれいで、冷たい。


「まだ、ね」


三度。

この銀髪は「まだ」を三度繰り返した。

一度目は事実。

二度目は確認。

三度目は——


予告だ。


ガルドの拳が白くなっている。

ナーガの指が震えている。

ジークの手が柄から離れない。

ラピスだけが——ゼノスの目をまっすぐ見ている。

硝子の向こうの光を読むように。



(この街に来たのは、正しかったのか)



腹の蛇が、しゅう、と舌を出した。

飲み込めるか分からない。

でも——来てしまった。

森を三日歩いて、モンスターの咆哮を聞いて、焦げた空気を吸って、辿り着いた。

引き返すつもりはない。


「ゼノス」

「何かな」

「案内して。この街のこと、全部聞かせてもらうわ」

「全部? 長くなるよ」

「構わない。——私、食べるのは得意だから」


ゼノスが、目を細めた。


「……やっぱり、面白いね。君」

「褒め言葉として受け取っておくわ。サンプルよりはマシだもの」


灰色の街。

銀の天才。

壊れた門の向こうから、やがて来るもの。


お腹が——鳴った。

不味い予感がする。

でも、それでも。

食べるしかない。


ちょっとお腹の例えが多くて消化不良になるから、ここぞというところで出してほしいかな


森を抜けたら、もっと厄介な場所でした。


壊れた門、灰色の街、壁を走る魔法陣。

三日かけて辿り着いた学術都市は、想像していたものとは全く違う姿をしていました。


そして新キャラ、ゼノス。

アナの暴食を三秒で見抜いて「サンプル」呼ばわり。

悪気がゼロなのが一番厄介です。ラピスと並べると鏡像に見える

——けれど、温度だけが決定的に違う。


そんな彼が一体、何をしているのか。


次回更新は4/5(日)を予定しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ