第37話:針と祈りと、壊れた森
才能とは、素直さのことだ。認めたくない奴ほど、伸びる。
宿場町の外。
荒れ地の真ん中に、私は立っていた。
正面に岩。
後ろに——腕を組んだガルド。
「撃て」
右手を上げた。振動を溜める。
——放った。
衝撃波が飛ぶ。
岩に当たった。
表面が——少し欠けた。
「弱い」
「分かってるわ」
「力の入れ方が雑だ。全身で撃とうとしてる」
「どこで撃てっていうの」
「指先だ」
ガルドが、自分の人差し指を立てた。
「衝撃波は爆発じゃない。針だ。一点に集中させろ」
「……針」
「拳で殴るんじゃなく、指先で刺す感覚だ。やってみろ」
右手を上げた。
今度は——人差し指だけを立てた。
振動を、指先に集める。
全身に散らさない。一点に。
——放った。
衝撃波が飛ぶ。
細い。さっきより細い。
岩に当たった。
——穴が開いた。
小さい。指先くらいの穴。
でも確かに——貫通している。
「……通った」
「そうだ。威力は落ちるが、制御が上がる。まず針を覚えろ。拳はその後だ」
(……この男、教え方が上手い)
癪だ。
「もう一回」
「好きにしろ」
二発目。穴が開く。
三発目。少し大きくなった。
四発目——霧散した。
「集中が切れた。十分だ。今日はここまで」
「もう少し——」
「無理をして壊れたら元も子もない。嬢ちゃんは燃費が悪いんだ」
(……燃費)
言い返せなかった。
***
隣の空き地で、ナーガが練習していた。
両手を構えて、目を閉じている。
光が——出ない。
「……出ない」
ナーガが、手を下ろした。
「クロッサードの時は、ジークが血を流して——必死で——」
声が、揺れた。
蜃気楼みたいに。
「でも、今は誰も怪我してない。必死になる理由がない。だから出ない。そんなの——」
「ナーガ」
ラピスが、隣に座った。
「何」
「感情で動く力なら——感情を信じればいいんじゃないかな」
ナーガが、ラピスを見た。
「必死にならないと使えないんじゃなくて——本当に大切な人を思う気持ちが、力になるんだと思う」
ラピスの目が、濁りのない水晶みたいに光っていた。
「だから——怪我がなくても、誰かを大切に思うだけで、きっと」
ナーガが、しばらく黙っていた。
それから——ラピスの手を握った。
「ありがとう」
小さく、言った。
光は——まだ出なかった。
でも——ナーガの目が、少しだけ澄んでいた。
砂嵐が過ぎた後の、空みたいに。
***
夜。
宿で夕飯を食べていると、ガルドが情報を持ってきた。
「避難民に話を聞いた」
「何か分かった?」
「アルカナスの周辺で、傭兵集団が動いてるらしい」
全員が、止まった。
「傭兵?」
「組織だった動きだ。ただの野盗じゃない」
ガルドの目が、珍しく笑っていなかった。
「……それと」
「何」
「避難民が言ってた。『アルカナスのマントを着た魔法使いたちが、何かをしていた』と」
「何かって?」
「分からない。ただ——森のモンスターが凶暴化し始めたのは、それと同じ時期だそうだ」
静寂。
昨日の大角鹿。赤い目。増幅陣。
そして——アルカナスの魔法使いたち。
点が、線になり始めている。
「……急ぐわ」
私は、スープを飲み干した。
「明日の朝、出発よ」
「まだ修行が——」
「歩きながらやるわ。指先で撃つのは覚えた」
ガルドが、短く笑った。
「一日で覚えやがった。大したもんだ」
「あなたに褒められても嬉しくないわ」
嘘だ。
少しだけ——腹の底が、温かかった。
***
翌朝。五人が街道に立った。
南東へ。アルカナスへ。
歩き始めて一時間。
再び、森に入った。
空気が——違う。
三日前に通った時より、さらに重い。
湿った土の匂い。鉄錆の匂い。
そして——もう一つ。
焦げた匂い。
「ナーガ」
「うん。……気配が多い。前より、ずっと」
ナーガが目を閉じた。
「怒ってる——ううん、違う。苦しんでる」
「苦しんでる?」
「モンスターたちが、苦しんでる。無理やり何かをされて——」
ナーガの声が、途切れた。
「……可哀想」
「可哀想でも、襲われたら斬ります」
ジークが、剣の柄に手をかけた。
「分かってる。でも——」
ナーガが、拳を握った。
「誰かがやってるんだよね。これを」
「ああ」
ガルドが、前を向いたまま言った。
「その誰かが——アルカナスにいる」
木々の間から、鳥が飛び立った。
一羽ではない。群れだ。
何かに怯えるように、森から逃げていく。
アルカナスの方角から——風が吹いた。
焦げた匂いを含んだ、湿っている。でも、どこか乾いた風。
(……何が待っているのかしら)
獲物の気配——ではない。
もっと大きな、何かの気配。
街が壊れ始めている。
その匂いが、もう——ここまで届いている。
針の衝撃波、習得しました。
拳ではなく指先で。散弾ではなく一点に。
まずは一点突破が大事です。
ガルドの教え方が上手いのがアナには一番癪なようです。
ナーガの治癒は、まだ光りません。
でもラピスの言葉が、砂の中に種を蒔きました。いつか芽が出すでしょう。
森の空気が変わり始めています。
モンスターが苦しんでいる。誰かが、何かをしている。
次回——アルカナス到着。
壊れかけた街で、銀髪の天才が待っています。
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