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〜無能で最弱の元プリンセスが、地獄の果てまで飲み込む復讐界隈の話〜 ミセス アナコンダ  作者: 大背戸智
第四章「自由港クロッサード編」

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第33話:錨を捨てた、男の背中

去り際の言葉は、立つ者の跡を濁すこともある。



宿に戻れたのは、朝が完全に明けてからだった。

全員、使い物にならなかった。


ジークが壁に背をつけて座り込む。

ラピスが隣で目を閉じる。

ナーガが床に大の字になった。

私は椅子に腰を下ろしたまま、動けなかった。

腹の中で、新しい力がまだうねっている。

消化しきれていない。あの衝撃波の余韻が、胃壁を撫でている。


(……思ったより、食べ応えがあったわ)


「動くな」


ガルドが、全員を見回して言った。

それだけ言って、厨房に消えた。


***


しばらくして、湯気の立つ鍋が運ばれてきた。

具は少ない。でも温かかった。


「食え。動けなくても、腹に入れろ」

「……ガルドさん、料理できたんだね」

「昨日より美味しそう」

「うるせえ」


ナーガが起き上がって、器を受け取った。

ジークが黙って立ち上がり、ラピスの分も取った。

私は——黙って飲んだ。

塩だけの、素朴な味。

でも胃に落ちた瞬間、身体の底が温まった。


(……不味くない)


ガルドは自分の分を食べなかった。

窓の外を見ていた。

港の方を。ずっと。



***



昼を過ぎた頃、全員が眠った。

目が覚めたのは、夕暮れだった。

部屋の隅に、小さな鞄があった。

この部屋にはなかったが、見覚えのある鞄。


ガルドが荷物を持って、入り口に立っていた。


「……何?」


「嬢ちゃんたちに、付いて行ってやろうと思ってな」


上から。何でもないように。


「暇なの?」

「暇じゃねぇ。ただ、この国でやることもなくなった」

「それだけ?」

「それだけだ」

「それを暇って言うんじゃないの?」


ガルドが、鞄を肩にかけ直した。


「文句あるか」

「ないわ」


私は、立ち上がった。

「ただし——私の足手まといになったらすぐ置いていくから」


ガルドが、鼻で笑った。

「誰が足手まといになるか」



***



ナーガが飛び起きた。


「え、え? ガルドさん、来てくれるの?!」

「うるさい」

「やった!!」

「うるさいっつってんだろ」


ラピスが、静かに微笑んだ。

濁りのない水晶みたいな目で、ガルドを見ている。


「良かった」


たった三文字。


でもその三文字が、ガルドの頬を一瞬だけ動かした。


ジークが、ため息をついた。

剣の柄に手を添えて、間合いを測るように考え込む。


「……荷物は、自分で持ってください」

「当たり前だ」

「宿代も、自分で払ってください」

「……払う方向で考える」

「方向ではなく、実行でお願いします」


ガルドが視線を逸らした。


(珍しく分が悪そうな顔してる)


「まあ、宿代を出せないなら1つ条件があるわ」

「なんだい嬢ちゃん」

「私たちを強くして。帝国に歯向かえるくらいに」


最後の一文が、ガルドの横隔膜を大きく震わせた。

地鳴りが起きたかと言うくらい豪快に、大きな笑い声が家中に響いた。

耳には五月蝿すぎたが、なぜかこの空気だけは心地よかった



***



夜。


出発は夜明けと決めた。

港の《黒潮》はまだ動いている。夜のうちに街を出た方がいい。

全員が準備を済ませた頃、ガルドが「少し出てくる」と言った。


理由は言わなかった。

私は——黙ってついた。

距離を取って。気づかれないように。


ガルドが向かったのは、市場の奥の路地だった。

看板のない、煙の匂いだけの店。

ガルドが連れて行ってくれたあの店の前に佇んでいた。


干物屋の親父は、もう店を閉めていた。


ガルドは扉を叩かなかった。

ただ——扉の前に立って、少し黙った。

それから、扉の隙間に何かを差し込んだ。

この路地には似つかわしくない、

月夜に光るその眩さが何かを物語っていた。


枚数まではわからない。

ただ、この店で1年通っても余りある金額だと言うことはわかった。


親父は出てこなかった。

ガルドは振り返らなかった。

ただ歩き出した。いつもの大股で。いつもの背中で。



(……昔ここで飯を食わせてもらった、か)



私は、その背中をしばらく見ていた。

踏み込まなかった。

踏み込む必要がない。

時に言葉は、別れの瞬間を汚すこともある。

この男の不器用な別れは、そう言うものだ。


***


夜明け前。

宿の前に、五人が揃った。


「荷物の確認は?」とジーク。

「した」とラピス。

「したよ」とナーガ。

「……した」とガルド。

「してないわ」


全員が私を見た。


「荷物、ジークに全部持たせてるから問題ないわ」

「姫様」

「何」

「一言、相談してください」

「相談したら断るでしょ」

「断ります」

「だから言わなかったのよ」


ガルドが、肩を揺らした。

笑っている。声は出していないが、笑っている。

夜明けの風が、港から吹いてきた。

潮の匂い。塩の匂い。


ガルドが、一度だけ港の方を見た。

見た、それだけだった。


「行くか」

「ええ」

五人分の足音が、夜明けの石畳を踏んだ。




***




街道に出ると、空が白み始めた。

しばらく歩いて、ラピスが言った。


「今夜はどこに泊まるの?」

「街道沿いに宿はないわ」

「じゃあ……野宿?」

「ええ」


ナーガが、少し黙った。


「テント、ある?」


「一張り」


全員が、人数を数えた。


五人。


テント、一張り。


「……嬢ちゃん」

「何」

「俺は外でいい」


ガルドが、荷物を地面に置いた。


「知ってるわ」


私も、荷物を置いた。ガルドの隣に。


「……何してる」

「外で寝るわ。あなたが外なら、私も外よ」


ガルドの顔が、止まった。


「は?」

「聞こえたでしょ」

「お前、何歳だ」

「十六」

「ガキじゃねえか。風邪引くぞ。」

「あなたが外に出るなら、私も出る。それだけよ」


ガルドが、私を見た。


私も、ガルドを見た。


どちらも動かなかった。


三秒。


「……ジーク」

「はい」

「こいつを止めろ」

「止められません」

「なんでだ」

「姫様が決めたことを変えられた試しがないので」


ガルドが、額に手を当てた。


「ナーガ」

「うん?」

「お前から言ってやれ」

「アナが外で寝るなら、私も外で寝るよ」


「ラピス」

「……僕も」


ガルドが、深く息を吐いた。

夜の森に、ため息が白く溶けた。


「……わかった。テントに入る」

「正解ね」

「ただし、文句は言うなよ。」

「私が誘ったんだからしょうがないわ。」


私は、テントの入り口を開けた。

五人で入った。

当たり前に狭かった。

四人で快適な空間に、ごついおじ・・・お兄さんが入れば

この結果は誰しも想像できたはずだった。

当たり前に、押し合いへし合いで、全員が身動きできなかった。


ナーガがガルドの肩に頭をぶつけた。

ジークがラピスの足を踏んだ。

誰かの肘が私の脇腹に刺さった。


「狭い」

「言うなって言っただろ」

「言っていいわよ、事実なんだから」

「うるせえ」


しばらくして、全員が黙った。

我慢しきれず、ナーガが笑い始めた。

それに釣られるようにみんなが笑った。


笑い終わり、呼吸の音だけが聞こえる。


五人分の、温かい呼吸。


(……狭い)


でも——悪くなかった。

胃の底が、じわりと満たされていく。

食べ物じゃない熱が、テントの中に満ちていた。


(これも誤差の範囲、ね)


私は目を閉じた。



***



翌朝。


もちろん全員、寝違えた。


「首が」とジーク。

「腰が」とナーガ。

「肩が」とラピス。

「全部だ」とガルド。

「私も」と私。


五人で、青空の下に転がった。


「……嬢ちゃん」


「何」

「テントを買え。もう一張り」

「却下。荷物が増えるわ」

「じゃあ大きいのに替えろ」

「高いわ」

「お前の財布は——」

「みんなの財布じゃないわ。

 ただし、あなたが儲け話を持ってきてくれたらその時は考えるわ」


ガルドが、顎をかきながら黙って、空を見た。


あの日見た群青の空よりも青く、

クロッサードの海よりも、少し深い色。

ただ、あいつのようにちょっと猛々しさがある

紺碧の空だった。




ガルドが仲間になりました。なったはずです。

「ついていってやろう」という言い方が、この男の全てを表していると思います。

お世話になった親父への別れも、言葉ではなく金貨。多分ツケと子どもの頃からのお礼なんでしょう。

ただ親父はその金貨を使わずに墓まで持っていくタイプな気がします。

お互い最後まで、不器用な男です。

次回、帝国に動きが。3月31日に更新予定です。

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