鈴原通り11.1番地-11.2番地.路地裏より
半年空いちゃった
天候-雨
僕は対峙していた。何と?無論、敵とである。なぜこんなことになっているのか、甚だ疑問だろう。僕も疑問なのだが。
雨が降っていた。霧雨、というべきだろうか。音を出さずに空気を白く染めながら降る雨。傘をさすのもなんだか違うが、普通に歩いているといつのまにか服が湿っているような、そんな雨が降っている。携帯を持ってこなかったことを強く後悔した。けど、今更そんなことは言っていられないのだ。
目の前に立っている長身の少女。星名のような長い黒髪に、触覚のような微小の金色の髪。光の滲まない、生気を感じられない目。右手に握られた金色の槍。彼女もまた、雨に濡れていた。
「なに?」
僕はたったそれだけを口にした。その言葉に、少女の俯きがちだった顔が少しだけ上がる。黒い目が僕を見据え、睨むように少しだけ歪んだ。
「GOGから逃亡したのは、貴方ですね」
「退職しただけだけど」
「届も出さずに夜逃げのように、ですか?」
あーあ、めんどうくさいことになってしまった。と僕は内心落胆する。にしても、何故僕がこのあたりを通ると分かったのだろうか。とにかく、星名に気をつけろと言っておいて僕がこんな調子では顔が立たないな。
「というか、君は誰。未成年?なんで外にいるの」
「都合よく使える存在だからです。ある程度の弱さ、ある程度の無能さ。そういうのが揃うと、意外にも外に出してもらえるようになるんです」
「へぇ。ライフハックだね。」
僕は逃げようと様子を伺う。こんなところで戦闘をするつもりはない。星名と再会したときは戦闘していたじゃないか、って?あれは夜だったし人通りも少なかったから問題ない。雨とはいえ、昼間にこんな光景を見られては、一般人がどれだけ災難な目に遭うか分からない。
長い前髪を雫が滴っていく。
「はぐらかさないてください。貴方は無人になっていた相模坂通りの研究所に出向いた。何を探していたんですか?」
「そこまで知ってるんだ」
僕は髪を撫でる。
「分かっているでしょ。僕の記憶」
顔面に向かって槍が飛んできた。思ったより遅いな、と僕は体を逸らしてそれを避ける。水音が二つ鳴る。
「やはりそうでしたか。ですが私が聞きたいのはその先」
僕は眉を上げた。知らぬ存ぜぬで通そう。さぁ?知らないよ。なんのこと?勘違いじゃない?という返事のレパートリーを頭に浮かべる。
「S7の行き先を教えてください」
「知らないよ」
心底知りません、という顔をして見せて首を傾げる。できているかはわからないが。少女は眉を顰めた。濡れた彼女の髪がざらりとその肩から落ちる。
「死んだんじゃないの」
「いいえ、生きています」
「なんで?」
「共に出向いたのでしょう?何をしらばっくれているんですか?」
僕は再び首を傾げて見せた。
「知らない」
「そうですか」
少女は落胆したような声を発した。一度の沈黙の間に雨音が挟まる。冷たい雫がありとあらゆる場所を伝っている。早く帰りたい。風邪を引いたら面倒だ。まぁ、自分は人間というより蝙蝠なので普通の人間のように風邪を引くことはないのかもしれないが。
『だがまぁ、お前のことは処理するけどな』
「ああそう。」
少女の口調や声色が変わる。僕はそのときにやっと気づいた。
A16および17。人格融合実験の被験体か。口の中でそう呟くと同時に、少女の持っていた槍が機械的な音を立てる。仄暗い雨の中で金色の煌めく、まさに神秘とでもいったところか。
「いや、悪魔か」
『俺たちの糧になれよ』
少女が声を発し、甲高い金属音を立てて槍とメイスがぶつかり合った。
「(しょうがないな。やるか)」
手加減はできない。だがなるべく死なせないようにしなければ。無駄な殺生は、好んでいないのだ。若かりし頃とは違う。複数の光と音が往来し、急所の近くを刃が幾度か通り過ぎる。冷や水をかけられるような感覚。いや、実際浴びてはいるのだが。少女が槍を器用に回す。風切音と共にその刃が光の如く突っ込んでくる。僕は大きく跳躍し、さらに何度か羽ばたいてその上を飛び越えた。地面に足をつくと、歪な音を立てて水飛沫が上がる。
『こりゃあすばしっこい奴だな。実に、なんだ。奥ゆかしい?』
「絶対違うと思うな」
その後ろ姿に向けてまっすぐにメイスを構える。
『Étoile』
メイスが変質した。黒い表層が分離し、大量のパーツが空中に浮遊。内側から別のパーツたちが現れ、外側のパーツは収納され…と動作し、あっという間にメイスは全く別のものに変わり果てた。
まぁ。……一言で簡単に言えばショットガンである。
ショットガンを構えた。迷わず2発発射した。高々と銃声が響き渡り、ビルの壁面についていた、羽が一枚足りない換気扇に穴が開く。
少女はいとも簡単にそれを避けた。まぁ、当然だろう。GOGに居る時点で、実験体はある程度訓練は受ける。刀剣、槍、銃の基本形の扱い、及び対処の仕方。銃口の向きを見て弾の描く軌道を予測し回避する独自技術。ショットガンを避ける方法くらい知っているに決まってる。なにより僕の戦闘スタイルは単純だ。動きも遅くはないが予測しやすいだろう。
少女が突っ込んでくる。槍はちょうどその体に隠れて見えないが、そもそも柄が長い武器で近距離戦は向いていないはずだ。どうしてわざわざ突っ込んでくる。
その手に握られた刃が暴力的に光る。
あ、槍じゃない。
いつの間にやら、金色の槍は剣へと変貌していた。
その可能性を見落としていた。
人格が異なるならば、好きな武器だって違うだろう。
別の形に形態を変えられるのは、決して僕の武器だけではないだろう。
初めの人格が槍使いならば、後の人格が槍使いでない可能性は予測できたはずだ。
わざわざ武器を隠す姿勢で、体を前にして突っ込んできたのは、武器変化を悟られないためだ。
だが僕はあまりにも遅すぎた。刃は目の前に迫っていた。
ああ、これは不味いな。
そう思ったとき、僕たちに光が降り注いだ。そう、その感覚には覚えがあった。そうだ、雲の間から差し込むあれだ。一筋の光。それと全く同じだった。まるで美声の讃美歌すら聞こえてきそうな神秘的な光が僕らを照らした。
『えぇ?』
少女も僕もその光を見上げた。その瞬間だけ僕らは停戦していた。
空から舞い降りてくる影があった。いや、舞い降りてくるなんて表現は似合わない。光のように突っ込んでくる影。いや、違うな。光が突っ込んでくる。こうだろう。
『マジかよ』
少女は大きく後退した。先ほどまで少女が居た位置に、正確に光が突き立った。地面の水が蒸発する音。目を閉じたくなるほどの眩さ。
突っ込んできたのが人間であることに気づいたのは数秒後だった。光が和らぎ、僕たちはようやくそれを直視する。
「危なかったね、こもりくん!」
小学生のように無邪気で、それでいて子供に声をかける親のように慈愛に満ちている声。
『噂をすればなんとやら、かね』
その声の主の名は、星名。




