鈴原通り11.1番地-11.2番地.路地裏より-2
天候:雨
「危なかったね、こもりくん!」
「…星名」
なんと言うべきか、言葉が頭に浮かんでこなかった。助かった、とか?どうしてここに、とか?それよりも……。
「奴は」
「GOGの人ね。分かったよ!」
どうして分かったのか、星名は明るくそう言って刀を構えた。気づけば、霧雨は止んでいた。
『これはこれは、あれじゃないか。妾の子じゃあないか。』
「厄介なことになりましたね。」
少女の体から二つの声がほとんど同時に聞こえる。そうだ、人格複合実験。二つの人格が並行して覚醒できるのか。声帯はどうなっているんだろう。
だが、今はそんなことはどうでも良いのだった。
光り輝く星名の刀はもはや照明だった。地面に溜まった水に光が反射するその光景は、不謹慎ではあるのだが神々しかった。
『だがある意味ではついている。』
少女はそう言った。その剣がギラリと光る。
『鎌をかける目的だったが、まさか本当に生存しているとは。誰かの手解きでも受けたかな?』
それに返答はなかった。ただ、次の瞬間に星名は踏み出していた。
雷が落ちたのかと思った。だが否であった。星名が地面を踏切、雷鳴のような速度で少女に斬り込んだのだった。今までとは訳が違う速度だった。踏み込まれた地面は大きく揺れた。水が跳ね上がる。少女はかろうじて剣でその攻撃を受け止めたが、勢いを殺しきれずに弾き飛ばされた。刀をくるりと回し、もう一度雷鳴が路地にこだまする。
目にも止まらぬ速度。1番適した表現があるとするならば、神の御業といったところだろうか。
僕の心に若干の恐れが生まれた。それが星名なのか、と。僕の中の論理ではない部分が問いかけている。その質問の意図は分からないが。黙って見ていればいいだけだ、僕は。そもそも。何も問題はない。
星名は徐に刀を投げ捨てた。そして腰のホルスターから拳銃を抜く。
「星名。」
僕は一言だけ声をかけた。手袋をつけた手がぴたりと止まる。
「それ、殺すの?」
なるべく短い言葉で、僕自身の意図を伝えたつもりだった。星名はそれを聞いて約3秒静止した。
「いや?」
次に僕の声に答えたときには、それは確実に星名の形を取っていた。いつも通りの無邪気な声。振り返ったそれはにっこりと笑っているのみだった。僕はそれに返事を返せなかったが、星名は言葉を続けた。
「この人に伝えて貰えばいいんだよ!S7はまだ生きていますって」
「……どうして?」
理解ができなかったので、素直に問いかけた。星名は右手で拳銃を器用に回した。星名の背後で動き出そうとした少女に銃を向け、撃つ。それが少女の足元に着弾し、少女は凍るように停止した。背面撃ちというやつか。
星名はそのことには一切言及せず話し続ける。
「だってそうすればこのあたりをGOGの人が彷徨くようになるでしょ?そしてその人たちに聞けば、探さなくてもGOGの本拠地がわかるかもしれない。情報もたくさん!S7はGOGにとって格好のエサ!なんだよ!」
やったね、と星名はガッツポーズしてみせる。僕は笑えなかったが。
「そうすればもう海月さんが当たりかも分からない情報を集める必要もない」
「くらげ?」
「あ、なんでもない!ごめんごめん」
少女が弾けるように駆け出した。今度は星名は追わなかった。
「……逃した後に言うのもおかしいかもしれないけど、それはリスクが大きすぎるんじゃない?」
「たしかに、でもローリスクでGOGを追い続けるのにも限界を感じてたんだ。やっぱり隠密は得意な組織みたいだからさ…」
心底困りましたとでも言うかのように星名はうーんと迷う動作をして見せた。僕は思わず眉を顰めてしまった。だがすぐに納得する。今までの僕の認識が間違っていたのだ。
星名は絶対に当てるギャンブラーだ。運命は彼女に味方していないが、運は彼女に味方している。いや、彼女の強さが運であるとは言わない。そういう意図ではない、が。
「……とりあえず、助けてくれてありがとう」
彼女が通る道には雨が降る。だが、それはすぐに止む。彼女が濡れるとすぐに、謝罪するかのように止む。そういうものだ。雨が降るという運命を、雨が止むという運が打ち消している。
随分と、オカルトな話ではあるが。
「それじゃこもりくん」
星名はいつも通りの顔で笑った。
「帰ろっか!」
短いです




