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相模坂通り_とある空き地より

天候:くもり後雨



先ほどまで均等に空に行き渡っていた雲が開き、風穴の如く青空を見せている。その神秘的な風景を眺めていた。と、そんなことしている場合じゃないんだった、と私は隣に立つ少年に声をかける。

「結局あの研究所、誰もいなかったね。情報が古かったのかな…?」

「1ヶ月前に聞いたことだから、移転したのならその短期間で行ったということ」

不世出こもりは空から目を逸らし、考え込むように徐に右手を顎に当てる。

「…そんなことはかなり珍しいと思う。だから、僕が訪れることを予測したのかも。星名が来ることは予想してなかっただろうけど…」

私はその言葉に相槌を打ちながら辺りを見回す。

「何より、もう誰もいなかった研究所にあの謎の…敵?がいたことが問題だよね。こもりくんが来るって予測してあれを用意していたとしたら」

「…完全に、彼らは僕の敵ということだと思う」

「……」

彼が突然歩き出し、私は慌ててそれを追いかける。こういうときは大体、何かすごいことを思いついたがわざわざ説明するのも惜しいのでさっさと行動してしまおう、と考えたときだ。つまり何も考えずに着いていけばいい。にしても…と私は思案する。

 そういえば、彼は自分が今更組織から逃げ出してきた理由を都合が悪いと忠告されたからと言っていた。あの研究所を管理していた人々にとって、不世出こもりは都合の悪い存在だったということか。

 どうして?と考えてみたが、どう考えてみてもまるで分からない。何せ、この少年は自分が好きな研究にしか興味がない男の子なのである。人の名前や顔もまるで覚えられないほどに。私の顔は覚えてたから、覚えようとすれば余裕で覚えていられるんだろうけど。

 そもそも、不世出こもりは何故に記憶喪失になってしまったのだろうか。頭を打ったとか?それならば、記録を探らなくとも時間が経てば自然と思い出せそうなイメージがあるが。なら、記憶を奪われてしまったのだろうか?そんな技術をあの組織が持ち合わせているのだろうか。

「星名。お礼に、何か奢らせて欲しいんだけど」

お礼という概念知ってたんだ…!とだいぶ失礼なことを一瞬考えてから、私はそんなの大丈夫だよー遠慮しないでと手を振る。

「でも」

彼は自身のほっそりとした体を見下ろし、お腹をさすってみせる。

「僕お腹すいた」

「…じゃあどこか食べに行こうか…」

たしかにお昼どきだもんね、と私は納得する動作をする。当然だろう。まぁ、過去は食に興味がなく何度も倒れていたような子だったのだから、これは大きな進歩だろう。

今日は成果は得られなかったな、と曖昧に思う。だけど、彼には時間が腐るほどあるのだ。興味があることだけをのんびりと続けていけば良いだろう。そうして欲しいと思う。



「そういえば、今はどこに住んでるの?」

「………野宿」

「…え!?」

驚きのあまり、最初に届いたサーモンに醤油をぶっかけてしまう。不世出こもりはマグロを頬張りながら首を傾げた。何がおかしいのだ?とでも言いたげに。いやいやいや、と身を乗り出した勢いでサーモンにさらに醤油がかけられる。ちょっとほしな、醤油、という言葉をかき消して私は声を上げる。

「だめだよ!?だめだよこもりくん!世の中は物騒なんだからさ!」

「…」

「せめてビジネスホテルとか…さ!お金ないわけじゃないんでしょ!?選択肢はあると思うんだけどなぁ!私心配だなぁ!」

「…でも宿を取るより安いし、死ぬわけでもないし」

「だめだよ!」

「でも」

「だめ!」

「……わかった」

やや不服そうに大きな目を歪ませ、彼は頷く。うんうん、と私は頷き、問いかける。

「それでこれからはどこに住むの?」

「無人駅の待合室なら」

「だめだよ!?」

「…屋内だよ」

「ほぼ野宿だから!というか、最初に野宿って答えた時随分間があいてたし、絶対やばいことだって分かってたでしょ!」

黙り込んだまま彼はもう一つのマグロを頬張る。全く、どうやって今まで無事に生きてきたのだろうか。

「せっかくの社会サービスなのに利用するの嫌なの?」

「…使おうと、したけど」

子供が何してるんだって言われて…とこもりくんは項垂れてしまった。あ、と思う。まぁ当然だろう。彼の容姿はお世辞にも成人しているようには見えない。自分もそうではあるのだが。そうなると身分証明書が必要になるが、そこで問題になるのが私たちが戸籍を持っていないこと。当然身分証も発行できない。

実際、私の住生活がどうにか成り立っているのも戸籍を持っていた人物たちのおかげなのだ。

「しょうがないか…」

私はため息をついた。

「別にいいじゃん…不審者とかに刺されかけても返り討ちできるし」

「こもりくん、うちに住む?」


「あ?」

星名の提案に、僕は驚きを通り越して呆れのような声を上げた。箸で掴んでいた寿司がぽろりと崩れて無惨にも皿に落ちてしまう。

「実は今同じ社員の人とシェアハウスしてるんだけどね?その人の妹みたいな人がZEROに入社して、お金も溜まったからそっちでシェアハウスしようかと思ってるんだって!元使ってた部屋は私が使っていいらしいんだけど、私じゃ2人分の部屋とか手に余るし」

「ちょ、ちょっと待って」

「せっかく2人用のお部屋なんだからさ、こもりくん住もうよ!丁度いいね!」

「いや」

星名は問答無用で、いや、そもそも本当に丁度良いと思っているかのような調子で話を続けている。どうにか訂正を入れようとしていると、僕たちの横を寿司を乗せた小さい列車のようなものが音楽を流しながら走り去っていく。シュールだ。なんなんだ、この光景は。

「元同居してた人は昨日出て行ったばっかりだからさ、こもりくん今からでも私の家来なよ!」

「だ、だめだよ」

僕は一度箸を置き、できる限りしっかりと告げる。星名は不思議そうに眉を上げた。どうしてそんな心底不思議そうにできるのか、と疑問に思いながら僕はぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

「僕は、一応蝙蝠だし、生活サイクルも君と異なるの。なにより…」

少し躊躇った。なぜだかわからないが。

「僕、男だよ…?普通、若い女性が男性を家に住ませることはないと思う…」

はぁ、自分で言っていてなんだか気持ち悪い。星名は「あー!」と納得したように顎に手を当てて頷いた。ようやく分かってくれたのか、と僕は安堵して箸を使って再び寿司を持ち上げる。

「2段ベッドで良い?」

「話聞いてた?」

大丈夫だよ!と星名は満面の笑みで僕に向かってグッドサインを作って見せた。何が大丈夫なのか分からない。というか、2段ベッドって何。普通に何もよくないでしょ。

「私、こもりくんのことは信頼してるし!」

「そういうことじゃ…」

はぁ、と僕はため息を吐いた。どうやら覆せる様子ではないようだ。だが、とせめて僕は最低条件を提示する。

「部屋は別で…」

「わかった!」

星名は即頷いた。


………………………………………


店を出ると、いつのまにやら街は完全に宵闇に包まれていた。夜の中で人口の光が瞬き、車が往来している。夜特有の冷たい風を目一杯吸い込み、私は伸びをした。

「このお店、結構私の家とか勤務先から近いからよく来るんだー。このまま一緒に家行こ?」

うん、と彼は少し間を空けてから一言頷いた。そして新しい話題が提示される。

「…そういえば、さっき星名の刀から出てきた女の人は誰なの」

「あ、ディーヴァさんのこと?」

「でぃーば…?」

うまくその名前を聞き取れなかったのか、彼は表情こそ変えなかったが声色に訝しげな感情が混ざったようだった。私はどこから説明すべきだろうかと迷う。

「ディーヴァさんはー、私の持ってる刀に宿ってる幻災…?で…ディーヴァさんのおかげで色々すごい技とかが使えるんだよ!」

「げんさい」

「元々は神様で…あれ、今も神様…?いや、神様じゃないんだっけ…?わかんないや」

ごめん、複雑すぎて私にも理解できてないんだ、と私は頭を掻いた。彼は変わらない無表情のまま私の方を見ていたが、静かに頷いた。

「…よくわからないけど、僕が攻撃されないようにしてほしい」

「そ、それに関してはしっかりお願いしておくから…」

ごめんって、と私はもう一度謝罪した。

「どうやってそんなすごい武器を手に入れたの」

「えーっとね〜…」

多分作ってもらった。と私は一言だけ言った。

「誰に?」

「あ、あれが私の家だよー!」

私はそう言って質素なアパートを指差した。アパートといってもそこまで廃れている訳ではない。金欠だったときに契約したので、解約して出て行っても良いのかもしれないが。他の部屋には灯りが灯っておらず、もう寝ちゃったのかな?と私は首を傾げた。

「まぁまぁ良い家だけど…これに金欠の二人折半で住めたの?」

「うん!格安だから!」

「…どうして?」

「事故物件なんだって!だから安いらしいよ!普通の半分以下のお値段」

「………」

へぇー。と彼は平坦な声を発した。なんだか騙して事故物件に連れてきたみたいになってしまったな、と私は思う。でも別にいいのではないだろうか。神様も幽霊もこの世には居ないのだから。

「これでこもりくんのお家も決まったね!まぁこれからずっと空けることになるけど」

「…調査の上ではそうなると思う」

「そうだね!北の方とか行ってみたいなー」

「寒そう……」

ガチャリと扉を開け、私は彼を招き入れるのだった。


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