相模坂通り_廃研究所より_2
キャラ崩壊注意…?
天候:くもり
そこに入ったとき、最初既視感を覚えた。
「ここが研究室Aだから、調べたらもう帰っちゃう?Bの調査結構時間かかったよね」
「……ああ、1時間くらい」
「せめて何かあってほしかったな!1時間ドブに捨てた状態だよ〜」
私たちの時間返してー!と言いながら、星名はまた手頃な引き出しを探り始める。僕はもう一度その部屋を見回した。そう、そこは研究室A。ホールの先の階段の上にあったもう一つの研究室だ。研究室Bも広い部屋だったが、こちらはさらに広い部屋だ。天井は全面ガラス張りで陽光が差し込んでおり、部屋の中央にはおそらくここの3割分のスペースは占めているであろう大きなケージが置かれている。動物か何かの実験をしていたのだろうか。だがこのサイズのケージが必要な動物となると……人間、だろうか?
そんなわけがない、と脳に浮かんだくだらない考えを振り切る。
「いつのまにか晴れたんだねー、曇ってたのに」
その言葉に、僕は上を見る。ガラスの奥の天井は、確かに眩い青空だ。
「……研究室Bでは曇り空だった」
「え?」
「移動にかかる1分でここまで快晴になるの」
「……わかんない」
何かがおかしい、と本能的な感覚が訴えている。動物的な勘、だろうか。腐っても蝙蝠なのである。僕は部屋中央のケージに目線を移す。ケージにはプレートが貼り付けられており、そこに何か説明が書いてあるようだ。唯一の情報らしい情報なのではないか、と期待しながら僕はそれに歩み寄る。
「『他村こ』」
そこまで読み上げたとき、ピシッと頭上から音が聞こえた。
「?」
天井を見上げる。先ほどまではなかった亀裂が入っていて、ポロポロ、とどこかでガラスの破片が落ちる。
「星名」
「え?」
バリバリバリ、と悍ましい音を立てて天井に縦横無尽に亀裂が広がっていく。ドンッ、とまるで大岩が落ちたかのような大きな打撃音が部屋中に響き、ガラスの一枚が粉々にくだける。僕は星名に駆け寄り、手を引いて走り出した。
「え、なに!?なにあれ!?」
星名も異変に気づいたのか上擦った声を上げる。老朽化だろうか。いや、そんなわけがない。天窓に衝撃が加わるなんていうおかしな老朽化は聞いたことがない。何かが意図して僕達に攻撃を仕掛けてきているということは明白だ。
部屋を出てから振り返る。大きな音を立てて完全に天窓が割れ、上から何か黒いものが大量に降り立つ。あれはなんだ?と目を細める。人の形をした、影。一言で形容するならばそんな言葉が相応しいであろうそれらは、一目散に動き出した。音を立てず、床を滑るように向かってくる。まるで物体にぴたりとついていく影のように。
「!」
2人でドアを体で押すようにして閉め、星名がドアノブについていた鍵を回そうとする。が、それよりも早く奴らはドアに到達したらしく、強い衝撃と共にドアがわずかに押し上けられる。
「逃げよう」
僕は星名に短く告げ、僕達はホールに向かって一気に階段を駆け降りる。星名は手すりを滑り降り、飛び越えるようにして踊り場を飛ばして走っていく。僕も同じような動作で階段を駆け下り、直径10メートルほどの広いホールを走る。振り返ると、階段を波のように奴らが降りてきていた。相変わらず音がない。バンッという音に前を向き直す。エントランスの奥のドアから同じように影が溢れ出ていた。僕達は迷わず手を離す。前に出た星名が右足を出した。何処から出したのか、黒い鞘の刀を取り出し、やや前方に重心をかけながら速い速度で抜刀する。
現れたのは水晶のような刀だった。刀身が滑らかに透き通っていて、中にはキラキラと無数の光が輝いている。星名がそれを構えるのを見てから、僕は後ろへ振り返り自分の武器を取り出す。
黒い蝙蝠の羽のような装飾を持つメイス、つまり打撃できる杖である。僕は真っ直ぐにメイクを奴らに向ける。
『Paradis perdu』
夏の海にいるような音が聞こえる。波の音と共に、僕は周囲に直径2メートルほどの水の刃を7つ生成した。ただ水を当てて怯ませようとかそういう話ではない。ウォーターカッターという奴である。ウォーターカッターは柔らかいものしか切れない、もしくは何も切れなさそうな印象もあるが、それは間違いである。僕は水の刃を強く加圧する。超加圧され、発射された水の威力は最大648MPa。人体を切断する力の10倍以上、音速の3倍の速度で突き進む代物なのである。
それらを発射する。目にも止まらぬ速度で突き進んだ刃たちは、影らしきものたちをいとも簡単に切り裂き、さらに壁に当たる前に切り替わりもう一度それらをズタズタにする。動きを失ったそれらは不思議なことに煙のように形を崩し、消え去ってしまった。
「星名」
僕が声を上げて振り返ると星名も振り返った。彼女は床にへばりついた影の中心にいた。刀身と頬べったりと付着した黒い物体を振り払いつつこちらを見る。
「終わったよ!」
「…うん」
仕事が早いな、と思う。僕が一気に敵を倒している間に一人一人をあの刀で斬り伏せたのだろうか?だとすれば、5年前に組織の人間によって予測された成長速度を大幅に上回っているだろう。…まぁ、僕には関係はないのだが。
「刀の使い方は訓練で身につけたの?」
「…まぁ訓練は…初歩的なのはしたけど…」
「………」
星名は恥ずかしそうに頬を掻き、目を逸らした。僕が首を傾げると、彼女は言葉を続けた。
「昔訓練したのは本当に…振る角度とか、姿勢だけだからさ…あとは独学だから多分変なフォームになってる…」
「へぇ」
「それがちょっと恥ずかしい…」
「ふーん…」
初歩的な技能のみでここまで戦える時点で、それはもう星名オリジナルの流儀としても良いと思うのだが。まぁ、そんなことを言っても彼女は照れるだけだろう。
「というか、あの、あれは何!?黒いあれ!」
「分からない」
僕はちらりと階段の方を見たが、すでにそこにあったものらは跡形もなく消え失せている。ただ踊り場の窓から白い光が差し込んでいるのみだった。僕は星名の方へ向き直り、思考を整理しながら言い澱まないようにゆっくりと口を開く。
「…ただ、ここの研究所では生物兵器の研究を行っていたと聞いた。それの産物かもしれない」
「そ、それがなんで残ってるの?」
「…分からない」
こうして整理していると分からないことだらけだが、と考えながら、僕はふらふらと揺れるシャンデリアの下を歩く。星名が「これも落ちてきそうで怖いなぁ」と言いつつついてくる。危険な目に遭ったというのにまともな成果が得られなかった。そういえばあの研究室にあった大きなゲージはなんだったのだろうか。せめてあれについたプレートの文字くらい読んでおきたかった。1文字も読めなかった、と白色の雲に覆い尽くされた空の下を歩く。星名は背後でシャキンッと刀を納刀しようとしている。
「そういえばそれ、どこに持ってたの」
「これ?これはー」
と言ったところで、突然視界に眩い何かが侵入する。星名の背後から金色の光が立ち上ったらしかった。僕は警戒するが、星名は特に反応しなかった。これは彼女が意図した現象なのか?
「あ、ディーヴァさんだ」
「でぃ…」
光の中で一つの長い髪を持つ女性らしきシルエットが立ち上がる。召喚魔法…だろうか?いや、星名は魔法なんて使わなさそうだが。もしかして刀に眠る魂か何かなのだろうか。
「ディーヴァさんはこの刀の理装態…?らしくて、すごい綺麗な」
眩い光が消え、そこに1人の女性が立っている。地に容易に届く重そうな長い金髪をしたたらせた美女と呼べるであろう人。驚くほど長いまつ毛が複数回瞬き、その金色の瞳が徐に僕を見つめる。クール系、と言うべきか。
「すごい綺麗なお姉さんなんだよ!」
「星名ちゃん!?なんで男を近づけてるの!?」
星名と女性の声が被る。なるほど、イメージと全く違う性格をしているらしい。コンマ1秒だけ鬱陶しそうに眉を顰めてから星名が振り返る。
「言ったじゃない!男を近づけるなら私がちゃんと挨拶するから先に呼んでねって!」
「いやこもりくんは一人称が僕の女の子…」
「僕は男だけど」
「あ、あ、いや」
「まさか騙されてたの!?嘘!?男に騙されたの星名ちゃん!?」
「違いますよ!」
「まさか半径1メートル以内に近づけたりしてないわよね!?」
「そんなことないです!」
「さっき手をつかんだけど」
「あ!!」「は!?」
ふむ。火に油を注いでしまったようだ。厄介なことになったな、と思う。
「…じゃあ、あとは若いお二人で」
「若くないわよ」「同い年でしょ!!」
「………」
そうやって男の子と遊んでばっかりだと第五権能キメるわよ、いや遊んでないですし、誤解ですよ、と口論しだす2人をスルーし、僕は研究所のドームを見る。ガラスが外れ、鉄の梁がひしゃげて大穴が空いているのが遠目でもよくわかる。最初訪れた時はあんなことにはなっていなかったはずだ。やはりあのときの奴らにはしっかりとした実体があったらしい。僕らの妄想ではないだろう。
星名、そろそろ行こう、と僕は声を上げた。




