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2月27日 1日目 総括


『世界から失われた愛。

 その正体の一つは、オキシトシン、いわゆる愛情ホルモンと呼ばれる物質にあると考えられていた。

 オキシトシンは妊娠、出産、そして授乳時により多く分泌され、それらの反応を促すホルモン。

 オキシトシンにはまた、人を幸福な気持ちにするという特徴がある。

 目の前の不安、不快感から意識を逸らしストレスを軽減させるのだ。

 これにより、妊娠や出産、生育時の苦痛を軽減させる効果があった。


 しかし人間はそれらの役割を放棄し、結果、愛情ホルモンは失われてしまった。


 我が『産屋』は、人間の妊娠過程を追体験することで母体の愛情ホルモンの分泌を促した。

 そして胎児を成長させることに成功した。

 しかし、人の胎内の人工子宮から生まれた存在は、最初、とても新生児とは――人間とも言い難い、流動的な物体、所謂“H”――ヒルコだった。

 その後誕生した子供達も、全て“H”。

 このまま、通常の形態をした子供は生まれないのかと、一時期は絶望も広がった。

 しかし、我々はその絶望を打破する救世主ともいえる存在を発見する。


 愛情が失われた時、ほぼ時を同じくして人類が失ったものがあった。

 旧感覚……その内のひとつ、嗅覚。

 人々から失われた嗅覚こそ、このオキシトシンの受容体だったのだ。


 これまでも子供とオキシトシンとの関係に注目し、それを人工的に注入するといった実験はしばしば行われた。

 鼻腔からオキシトシンを吸引する器具も複数開発され、実際にオキシトシンは人体に注入されていった。

 しかし、それは大きな効果をあげることはなかった。

 何故なら既に人類は、オキシトシンをまともに受容できる力を持っていなかったからだ。

 しかし、私達は人類に僅かに残っていた嗅覚の持ち主を発見した。

 そして特殊被検体として受け入れ実験に協力させることに成功した。

 狙い通り、特殊被検体に着床した受精卵は見事に細胞分裂し、胎児として成長していった。


 しかし、誤算があった。

 旧感覚者同士の交流。

 同じ感覚を持った特殊被験体は、互いが発するホルモンの香りを感じ取り、同調してしまった。

 自身と子供以外のものに共感した体は、胎内の子供の存在を疎かにするようになったのだ。


 旧感覚者である特殊被検体1号2号の交流により、オキシトシンは過剰に供給された。

 オキシトシンの効果の一つは、子宮収縮。

 結果、被検体1号の切迫早産を引き起こしてしまった。

 更に被検体2号は稽留流産からの進行流産という事態になった。

 今後は新たな受胎を成功に導くよう、被検体の体調及び関係性の管理に努めたい。


 二人の間のホルモンの同調。

 それを、“愛”と呼ぶ説もある。

 しかし、それは決して愛ではない。

 愛は、この世界から失われてしまったのだから。


 だから、私は産まなければいけない。

 子供を、愛を。

(NAGIレポート 跋文)


   ※※※


 ――だから私は、産むのです。

 惜しみなく、愛を。

 腕の中に抱いた子に与える胸から流れ出るのは、紛れもなくそれだと感じながら。

 私は心に誓います。



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