2月 8ヶ月 その1
凪さんの指示のままばたばたと準備が進み、安静の日々が始まりました。
私の入院先はなんと、凪さんの部屋の隣の特別室。
凪さんが直々に定期検診をしてくださるという厳重な管理の元、安心して妊娠生活を送ることになりました。
安心して――なのでしょうか。
そもそも、何故、今の私はこんなにも厳重に管理されなければいけないのでしょう。
久しぶりに、心のヴェールが厚く張られていくのを感じました。
大切な事に、目が届かないように。
心配事をすっぽりと覆い隠してくれるように。
幸いなことに、凪さんと会うたびに、凪さんから頂いた薬を摂取するたびに、その心のヴェールは厚くなっていくようでした。
横になり検査を受け、お腹にベルトのような物を巻いて機械で計測し、注射を打ち、また検査して――
安静と検査を繰り返しているうちにあっとゆう間に5ヶ月が過ぎました。
受胎をしてから、8か月。
その間、少しずつ外を歩くことが許可された私は、中庭に向かってみたことがありました。
しかしそこには誰の姿もありませんでした。
何度足を運んでも。
黄色い入院着の現ちゃんも、時折見かける紫の入院着のれーちゃんも、そして毎日のように庭の手入れをしていた、青い服……聖良さんの姿も。
おしまいには緑色の庭すらも、次第にその色を失っていきました。
見よう見まねで聖良さんのように水をあげたこともありましたが、私の手では彼らの元気を取り戻すには至らなかったのか、草木が生気を失っていくの留めることはできませんでした。
そんな中、ほんの僅かだけ緑色のまま残っている草がありました。
その名前も知らない草は、色を失ってゆく庭の中ただ一種類だけ、色濃い緑を主張していました。
顔を近づけてみると、どこか懐かしい匂い。
葉っぱを千切って口に入れてみましたら、あの日、聖良さんが淹れてくれたお茶の味がしました。
すうっと、胸の中に、身体全体に涼風が駆け抜けるような。
そういえば、探索を始めてから――このお茶を飲み始めてから、血にも似た子宮内膜が排出される時の痛みが軽くなったのでした。
妊娠初期の中毒とも言われる悪阻の気持ち悪さも、お茶を飲まなくなったと同時に悪化したような気がします。
……聖良さんは、今、何処にいるのでしょう。
どうして姿が見えないのでしょう。
凪さんに安否をお伺いしてみましたが、曖昧な答えしか返ってきません。
やがて最後の草も枯れ、荒れ果ててゆく庭を、ただただ眺めていました。
無聊の末に思う事は――本が読みたい。
何か読むものが。今のこの空虚を埋めてくれるような、本。
本当は、すぐ手元にあったのです。
読み物……読まなければいけないもの。
この『産屋』に入る前に渡された、目を通しておかなければいけないレポートが。
受胎……妊娠、出産についての詳細が書かれてある大切な資料です。
ですが、あえて目にしないようしないようにしているうちに、気が付けば私の手元から無くなってしまいました。
無くなったのでしたら、仕方ありません。
どれもこれも、なるべく気にしないように目を逸らしていきましょう。
日ましに重くなっていく心のヴェールをそのままに、よどんだ重苦しい空気の中、一日一日を過ごしました。
私がここに来ることになった目的も曖昧なまま中断して、そのままになっていました。




