9月7日 2ヶ月2週 その1
『7月10日 特殊被検体1号に胎嚢確認。
7月14日 特殊被検体2号に胎嚢確認。
経過は順調』
『7月18日 特殊被検体1号の胎嚢から、心音確認!
いまだ“H”の兆候なし!
胎盤、臍の緒も順調に機能中。
とうとう、“A”に至る可能性が見えてきた!
同日、特殊被検体1号、2号共にやや強い悪阻。
休息が必要か』
『7月24日、特殊被検体2号の胎嚢から心音確認。
こちらは規格よりやや小さいため、注意が必要』
『8月20日 特殊被検体1号、2号と面会。
母体は順調。
このまま経過を見守る』
(NAGIレポートより)
※※※
ああ――足りない。
足りない、足りない、全然足りない。
匂いが足りない、本が足りない、いいえ、愛が、足りない……
――あの日。
聖良さん、現ちゃんと一緒に凪さんと出会った日。
その日から、私は体の中にうっすらとした熱が籠ったような錯覚を覚えはじめました。
まるで、指に深く刺さった抜けない棘のように違和感のある熱。
お風呂へのダイブがたたったのでしょうか。
大人しく眠っていれば治るかと思って、しばらく横になっていました。
ベッドの中で休んでいると、ひとつの言葉が何度も頭の中にリピートされていきました。
“体調管理は本人の仕事”。
あの時、凪さんのお部屋で聖良さんが言った言葉。
珍しく言い捨てるような強い口調が、心に引っかかって揺れています。
そのうち、少しだけ熱は下がってきました。
ですが、その頃には、私には熱の事など気にならなくなるほどの、大きな懸念が私を支配していました。
手の指に刺さって入ったままになってしまった棘が、傷は塞がったのですが、中から膿として溜まっていつまでもじくじくと痛むように。
それは目を背けても心のヴェールで覆っても、どうにも避けようがないものになってしまったのです。
赤く染まった膿は、私の中身を浸蝕していきます。
私の内臓を……そして、胎児を。
そうです、私のお腹には、私ではない別の生き物がいるのに。
それなのに、赤い膿は増え続けいつの間にか胎児はそれに浸かって今にも溺れそうな感覚が拭えません。
なんとか……なんとかしなくては。
自分の脳裏に閃いた不吉なイメージ。
しかしそれは決して空想なだけではないとゆう実感が、私の背中を押してきます。
「――どなたかに、相談しなくては」
ついに私は決意しました。
こうなってはもう、私一人でどうこうできる問題ではなさそうです。
真っ先に思い浮かんだのは、聖良さんでした。
ですが……“体調管理は本人の仕事”“全ては、自身の責任の内”。
そう言い放った時の聖良さんの厳しい表情を思い出すと、どうしても中庭に一歩足を踏み出す勇気が出てきません。
また、怒られたら……いえ、失望されたら。
悩んだ末に私が向かった先は、研究棟でした。
さすがにもう難解なダンジョンには挑戦しません。
あの滑り台はもう二度と体験したくないものです。
私が通ったのは、あの日、ダンジョンから丁寧に案内されて帰った正規のルートでした。
それを逆にたどれば、凪さんの部屋へと到着します。
扉をノックしましたが、返事はありません。
所長さんがお忙しいのは分かっておりましたので、そのまま部屋の前で待機させていただくことにします。
立っているのは辛いので、こうして、座って。
だって、お腹が固くて、まるで石みたいで――
「――あら」
そして、夜遅くになって。
扉の前で崩れるように座り込んでいる私を発見した凪さんは、まるで私がここに来るのは確定事項だったかのような微笑みを見せました。
「遅くなってごめんなさい。――お茶でも飲みますか?」
「お気遣い、すみません……」
凪さんは私を誘うように、部屋の扉を開けてくださいました。
ですが、私は動くことができません。
ここに到達するまでに、そして待っている間に力を使い果たしてしまったようでした。
「床は固いので、ひとまず部屋で休みましょうか――はい」
「あ、わ……」
「はいはい、そのままで大丈夫よー」
そんな私を凪さんはひょいと抱え上げると、軽々と横抱っこ……いわゆる、お姫様抱っこをして部屋まで運んでくださったのでした。




