8月20日 2ヶ月 その1
『6月27日 特殊被検体1号からの承認を得、人工子宮に受精卵を注入。
無事着床確認。
人工子宮、受精卵共に特殊被検体1号に適合。
同日、特殊被検体2号への受精卵注入、着床確認。
受精卵は細胞分裂し成長中。
特殊“母体”は現人類の中で最も旧人類に近い存在。
どうか、どうか“H”より先に進めますように……』
(NAGIレポートより)
※※※
「解けた! 見つけた! このダンジョンの攻略法いぇい!」
話は、暫くの間姿を見せなかった現ちゃんが突然現れ、興奮の面持ちで地図を取り出したところから始まりました。
私たちが埋めていった、白紙の地図。
それはまだ、全体の概要がほんのりと掴めた程度ではあったのですが。
「攻略法って、そんなものがあったんですか?」
私は聖良さんからいただいたお茶を入れながら地図を覗き込みます。
「そうなの! むーちゃんの台詞のおかげ!」
「私、の……?」
そう言いながらその地図の端っこの1点を、現ちゃんは指差しました。
「ここ! ここはどこだか分かる?」
「えーと……」
「門。研究棟の。……そしてこの施設の唯一の出口でもあるわ」
「そ、そうですね」
事も無げに答える聖良さんに慌てて同意します。
「あれ、でも以前私がここに入って来るとき使った出入口は……?」
「あれは生活棟の特殊通用門。主に物資の出入りとか……基本、入口のみという形になってる」
「へええ」
「……この施設に入る際に、説明があったと思ったんだけど」
「そ、うでしたっけ」
聖良さんの冷静な突っ込みに、ほとんど説明など聞いていなかった過去を持つ私は慌てて目を逸らします。
現ちゃんはそんな聖良さんにほんの少し胡乱げな視線を送ると、次に細い廊下の突きあたりの場所を指差しました。
「それじゃあ、ここは?」
「う、うーん……」
「倉庫。……資材の」
「本当にそれだけ?」
「……」
現ちゃんの追及を、聖良さんは無言で見つめ返します。
「ここで探索中に、何度か行く手を阻まれたことがあったよね。この先は重要保管庫だ、って。その上で、あたしが求めているものはないから引けって」
現ちゃんは聖良さんに挑むように食ってかかります。
「何があるんだろうねー」
「……」
「この施設で一番重要なのは、赤ちゃん。それ以外に大事なものといったら……受精卵じゃない? 凍結保存されている」
「ふ、ふーん……」
「ほら、だからここにー」
何かすごく重要なことを言っているのかもしれませんがいまいちその意味をつかみかねきょとんとしている私の指を、現ちゃんは取りました。
「つーって伸びてる廊下があってさ」
「はい」
そのまま現ちゃんは、私の指を地図に下します。
「その先にある丸い小さい部屋が、卵のお部屋。左右対称にもうひとつ同じ部屋があるの、分かる?」
「はい」
私の指が、現ちゃんの導きで地図の上をゆるやかなカーブを描いてゆきます。
「でー、広い空間を経由して、ここが出口でー、ねっ?」
「はい……?」
「もー、分かんないかなあ!」
「はい……すみませんが、さっぱり」
一生懸命何かを伝えようとしてくれているのだけは分かります。
ですが、それが何なのかどうしても理解できません。
「だーかーら、ここ、ここが卵巣なの!」
「はい?」
「それで、この廊下は卵管で」
「はい……?」
「この門からの道が、ちーつ!」
「は……」
ごめんなさい。本当にもうごめんなさい。
頭の中には疑問符しか浮かんできません。
「もうー、ここに入る時にもらったレポートにちゃんと書いてあったでしょー、女性の体について」
「そ、そうでしたっけ……」
それは多分、一読もせず鞄に入れっぱなしにしていた紙の束のことでしょうか。
本を読むのは好きですが、これを読めと強制されるのは好きではないのです。
「それで、『産屋』の地図とそれがどう関係しているのですか?」
「あ……!」
そこまで言ったとき、聖良さんがはっと地図を眺めました。
「あーもう、先に気付かれちゃったみたいじゃない!」
現ちゃんは大袈裟な様子で拗ねてみせながら説明してくれます。
「だからね、対応してるの! このダンジョンと、女性の生殖器は!」
「へ、へええ……?」
「あー、信じてない? ほらちゃんと、卵巣の位置に受精卵が保管されてるでしょ。それで、私達が受胎の手術をしたのは卵管の手術室……受精する場所だし、出口はといえば膣でしょ?」
「へええええ……」
「もー、へえ以外に感想はないの?」
「へえとしか言葉が出てきません……」
正直、何故そんなことになっているのかさっぱりで頭がくらくらします。
「にしても……一体、何故そんな風に作られたのでしょう……」
「製作者の、趣味?」
「……一体どのような製作者さんなのでしょう」
「……所長だ……」
私たちの会話に、聖良さんが全て納得した様子で頭を抱えています。
所長さん……一体、どのようなお方なのでしょう。
「とにかーく!」
現ちゃんの表情は自信に満ち溢れています。
「この説を、そして先日のれーちゃんの指摘を元にするなら……赤ちゃんがいる場所は、ひとつ!」
びしり、と地図の真ん中を指差しました。
「赤ちゃんの寝所……子宮! ここしかない!」
言うが早いか、まっしぐらに走り出したのです。




