7月18日 1ヶ月 その5
肩で息をしながら、背中に触れた聖良さんの手を思い出します。
それは温かくて、優しくて。
そして酷く手慣れた様子でした。
まるで、日々こうして……小さな子供を抱いていたかのように。
「……」
「むーちゃん、平気ー?」
「はい」
先を歩く私に、現ちゃんが追いついてきました。
「……あのさ、むーちゃん」
「はい?」
「気づいてた? れーちゃんの髪形さ」
「ああ、可愛らしいおかっぱでしたねー」
突然振られた話題。
ですが、今の言いようのない気持ちを誤魔化すように、私は全力でそれに乗っかりました。
「つやつやの髪の毛が綺麗に揃えられて、まるでお人形、いえ本当に座敷童」
「じーゃなくて! ああもう分かんない? 気づいてないならしょーがないけど…… とにかくね、せーらさんには、気を付けた方がいいよ」
「え?」
その、あまりにも意外な台詞に思わずまじまじと現ちゃん見つめます。
いつもと変わらぬ大きな瞳には、力強い意志が宿っていました。
「れーさんと、せーらさん……どういう事ですか?」
「あの人が、ただ善意で協力してくれているワケないじゃん」
「……そんな、ことはないと思いますが」
またまた移りゆく話題の飛躍に、ただただ首を傾げるばかりです。
それなのに現ちゃんは容赦なく話を進めます。
「あの人は、どこかボク等を見張ってる節がある。ここのどこかにボク達には触れてほしくない部分があるみたい」
「で、ですが、現ちゃんも『せーらさん』と呼んで親睦を深めているじゃないですか」
「相手を取り込むためには、まずこちらから腹を割っているように見せなきゃ」
「そんな思惑があったんですか?」
思わぬ現ちゃんの計算高さに戸惑いを禁じ得ません。
「……まあ最初にあだ名で呼んだ時の反応には一見の価値があると思ったけど」
「で、ですよねー」
はじめて『せーらさん』と呼ばれた時のその反応を思い出しほんの少しほっとして、その気持ちに助けられ一片の希望に縋ろうと話を続けます。
「それなら……何故、現ちゃんはせーらさんの同行を許しているんですか?」
むしろ、歓迎すらしていたようにも見えました。
「いずれにしても、あの人が何か知ってることには間違いないよ。なら、万が一あちらが妨害してくる所があれば、そこが核心なんじゃない? それを利用すれば、ボクの子供に一歩近づけるってこと」
「……」
聖良さんの、本心。
そんなこと、考えもしませんでした。
困惑している私の額に、現ちゃんの手が触れます。
「……まだ、顔色良くないね。もうちょっと休んだら?」
「いえ――もう、かなり楽になりました。匂いと……受胎の疲れのせいでしょう」
そっと、下腹部に触れてみます。
「受胎してから1ヶ月……次第に体が言いようもない気持ち悪さを感じるようになりました。お腹に受精卵を入れただけなのに、本当に女性の体は複雑かつ不思議に出来ているのですね……」
「まあ、こればっかりは慣れることないよねー。毎月のホルモン注射の痛みなんかはいい加減慣れるんだけど」
「注射といえば……先程、れーさんにぐりぐりされた場所。受精卵を注射された場所と全く同じ所だったのです。なので少し焦りました……潰されるんじゃないかって」
「……」
「現ちゃん?」
現ちゃんは唐突に立ち止まりました。
思わず背中にぶつかりそうになりながら慌てて回り込んで現ちゃんを見ると、中空を呆然とした顔で眺めていました。
「現ちゃーん?」
私は現ちゃんの顔を覗き込み、ひらひらと目の前で手を踊らせてみたりしました。
すると、突然、その手ががしりと掴まれました。
「女性の体……お腹。あ、あああ!」
「う、現ちゃん?」
「分かった! かもしれない! そうか、女性の体!」
「うーちゃーん……!」
「体だぁあああ!」
それだけ叫ぶと私の手を振り払い、突然現ちゃんは走って行ってしまいました。
そして1カ月の間、私達の前から姿を消してしまったのです。
――1カ月後。
「解けた!」と地図を持って走り回る現ちゃんの姿が見られました。
私の発言と、現ちゃんの思いつき。
それが切っ掛けとなって……
「きゃぁあああああ!」
数日後、もうもうと立ち上る湯気の中に、悲鳴と共に私達は落下することになったのでした――




