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7月18日 1ヶ月 その4

 そんなこんなで、お茶会は終了となりました。

「……むーちゃんさあ」

「……ごめんなさい、れーさんを、逃がしてしまって」

 まだずきずきと痛むお腹を押さえながら、蜜漬け果物の瓶を片付けていた私に現ちゃんが声をかけます。

「ううん、それよりも……むーちゃんて、受胎、した?」

「え……何故でしょう」

「お腹を押さえる手の様子が、なんかね」

 お腹に子供がいる同士、何か特有の勘でも働くのでしょうか。

 特に内緒にする理由もないので、私は素直に頷きます。

「ええ。実はひと月前に――受胎したのです。タイミングを逸してお話していませんでしたが……」

 ほんの僅かばかりの気恥ずかしさと誇らしさを感じながら、宣言しました。

 それを聞いた現ちゃんは大きく手を挙げて。

「おー、おめでとう! ……じゃなくて! ボクが言うのも何だけど、それはちゃんと周りに話しておいた方がいいと思うよ。ひと月目っていえば、赤ちゃんがぐんぐん成長して、手足や心臓が出来上がっている時期なんだから!」

 ……突然真っ当な事を言い出しました。

 そして、聖良さんもいつものように。

「……そ、うね」

 ……あら?

 聖良さんの声に、ほんの少し感じた違和感。

 それは驚きのようでもあり違うようでもある、別種の感情。

 それを確認する間もなく、聖良さんはこちらに手を伸ばします。

「重いでしょう。私が持つわ」

「あ、すみません……」

 私が持っていた蜜漬け果物の瓶。

 それを手に取ろうとして。

「あ」

「わっ」

 私と聖良さんの手と手が触れ合うのと、驚きの声が漏れるのと、そして私が蜜漬け果物の瓶を取り落してしまったのとが、同時に起こりました。

 がちゃん。

 落下した瓶が割れ、中の蜜と果物が飛び散ります。

 そして。

「うっ」

「うう……っ」

 私と聖良さんが揃って口を押えました。

 そうです。

 飛び散ったのは中身だけではありませんでした。

 瓶に封じられていた果物の強烈な香りが、周囲一面に広がったのです。

 香りなど必要のない現代においても何故か旧来のまま添付された、甘くて重苦しいえぐみの入り混じった人工的な匂いは、即座に私たちの嗅覚を直撃しました。

「え、と、えーと、大丈夫?」

 現ちゃんが慌てて近づいてくるのが見えました。

「うー……」

 お腹の底から、気持ち悪さが湧きあがって来るのを感じました。

 受胎して以来、時折感じる理不尽な気持ち悪さ。

 それをぐっと凝縮したのが一度にやって来たようで。

 そして顔はどんどんと冷たくなっていくのです。

「う、う……っ」

 あ……卵。

 何故だか、私の胎内で成長しつつある受精卵の存在を強く意識しました。

 大丈夫?

 卵は、無事?

 立っていられないと思ったときには、もう床にへたりこんでいました。

 一瞬、頭に熱が戻ります。

 しかしすぐまた血の気が引いていきそうになったとき。

「これを……!」

 すうっと、温かい風が差し出されました。

 風は、コップの中から吹いています。

 聖良さんが差し出してくれはのは、先程のお茶。

 その香りを嗅いだだけで、気持ち悪いのが吹き飛んでいくのを感じました。

 こくり。

 一口。

 清涼感と熱さを含んだ風が、喉を通ってお腹に落ちて行きます。

 その頃には、体調は大分回復していました。

「す……みません」

「これも、あげる」

 更に手渡されたのは、小さな布袋でした。

「嗅いで」

「ん……」

 鼻を当てすうと息を吸い込むと、柑橘系の香りが胸いっぱいに広がりました。

 同時に、全身を支配していた嘔吐感が消えていきます。

「良かったら持っていて」

「あ……りがとうございます。せーらさんのお茶には、いつもとっても助けられます。この袋の香りも、落ち着きます……」

 大分人心地を取り戻し布袋を両手で包み込む私に、聖良さんは少し俯きます。

「瓶、ごめんなさい。ここは後で片付けるから、ひとまず戻りましょう」

「いいえ、私こそ、瓶を落としてしまって……って、ふわわっ!?」

 唐突に、聖良さんの手が私の腰に回りました。

 まるで抱きしめるかのように、いえ抱き締めて、背中をぽんぽんと叩かれます。

「え、え……ひゃあっ!?」

 そしてそのまま、私は抱き上げられました。

 前向きに、抱き合うような形のまま腰を抱える前抱っこ。

「その体調で歩き回るのはよくないわ。部屋まで、送るから」

「ちょ……ちょっと、待って下さい!」

 この抱っこは間違っていると思います!

 ここは……こうゆう場面では、ちがう抱っこが定番なのではないでしょうか!

 いえこの状況で何を言っているのですか私はああでもあらゆる本でそれは基本の体勢となっていました!

「い……いいです、自分で歩けます!」

 こちらの焦燥など無視して平然と歩き始めようとする聖良さんに、そう宣言しました。

「そう?」

 聖良さんは不思議そうに私を下ろすと、それでも心配そうに手を差し伸べてくださいます。

 その顔をよくよく見ると、やや青ざめていました。

 そういえば、聖良さんも瓶の中身が散乱した時、気持ち悪そうにしていました。

 それなのに、私の事を気遣ってくださって……

 ……悪気は全くない、むしろ善意からの行為だとは十分承知しております。

 ですが、即座に聖良さんの顔を見返すことができず、その手を無視して歩き出しました。


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