7月18日 1ヶ月 その2
現ちゃんが、聖良さんには秘密でこっそり算段した目的。
それは、残念ながら今日も達成できなかったようですが……
こりこりこり。
「あらら?」
気が付けば、焼き菓子の量が減っています。
そして小動物が餌を食べる時のような音。
音のする方向を見てみれば……
「あ」
「あー!」
いました!
紫色の服を着た女の子が1人、お菓子を両手に持ってぽりぽりと食している真っ最中でした。
「いたっ! れーちゃん!」
「あ、現ちゃんそんな大声出したら……ま、待ってくださいれーちゃんさん……」
私たちの大声に、女の子……れーちゃんさんは慌てて立ち上がり、片方の手に持っていた人形を持ち直すとお菓子をポケットに突っ込み逃げ出そうとします。
しかしその前に再びお菓子の山に手を伸ばして、もう少しそれを掴み取ろうとして……
がしっ。
結果、あっさり私たちに捕えられてしまいました。
「……!」
「ごめんなさい、大人しくしてていただけないでしょうか?」
「……!!」
「ふふふ、素直に言うことを聞いてくれれば、痛い目見なくてすむんだぜー」
「!?」
「現ちゃん不必要に脅かさないでいただけますか? はい、こちらをどうぞ」
口をもごつかせながら必死で逃げようとするれーちゃんさんになんとか落ち着いていただけるよう、お茶を差し出しました。
れーちゃんさんはお茶を一口飲むと、暴れるのを止めじいっと私たちを見つめました。
現ちゃんを、私を……そして呆気にとられ事の次第を見守っていた聖良さんを。
その表情はどこか幼くて、綺麗に切りそろえられた髪形も以前と同じで、やっぱり小さな子供のように見えます。
しかしやはり彼女から匂う香りが、現ちゃんの作戦に現実味を与えてくれます。
子供ではない、しかし子供という存在を感じさせる香り。
「くくくくく、お菓子で釣れば、きっとおびき寄せることができると思った! れーちゃんゲット!」
「……??」
「あの、そろそろ事情を説明してあげた方がいいのではないでしょうか?」
おろおろと成り行きを見守る見る私や驚いている聖良さんを余所に悪い笑顔を作って見せる現ちゃん。
その一言一動作にいちいちびくびくと反応するれーちゃんさんを見ると、いい加減気の毒になってしまいます。
「あはは、ゴメンねー。あまりにもあっさり成功したからついテンションあがっちゃった」
現ちゃんはぺろりと舌を出しれーちゃんを拘束していた手を片方だけ放すと、空いた手でお菓子を持ってれーちゃんに差し出しました。
「――れーちゃん、ボクの子供を探すのに、協力してもらえないかな!」
「…………」
れーちゃんは無表情。
ただ、手に持っていた人形らしき物体をぎゅっと抱きしめただけ。
なのに、今まで見ていた中で一番大きなれーちゃんの反応を見たように感じました。
そうです。現ちゃんの提案で、私達はれーちゃんという一人の少女を捉え協力を仰ごうとしていたのです。
れーちゃん。
現ちゃん曰く、彼女は『産屋』のファントム、もしくは座敷童のような存在だと言うことでした。
「……話が見えて参りません」
最初に現ちゃんから話を聞いた時は、困惑して首を傾けることしかできませんでした。
この産屋で時折見かける、紫色の存在。
私のお菓子を食べてしまった小さな女の子。
「だーかーらぁー。れーちゃんを見つけて捕まえて、教えてもらうの。子供がいる場所を」
現ちゃん曰く、『れーちゃん』は、彼女が産屋に入る前からここで彷徨っている存在なのだそうです。
何故、彼女がここで彷徨っているのかは分かりません。
あるいは本当にこの施設で生まれた子供なのかもしれませんが――この施設で初めて子供が誕生したのは2年前、受胎実験が成功したのは3年前と聞いています。
ならば、彼女はここの受胎関連の被験者と考えた方が妥当でしょう。
「それでね、れーちゃんは長くここにいるだけあって、どうやら『産屋』の研究棟についてよく知ってるみたいなの」
ファントムがオペラ座の構造に精通しているようなものですか。
「でも、どうして現ちゃんはそれをご存知なんですか?」
「噂と……それに前にも、何度か裏口から潜り込んで迷子になったことがあってね。その時、お菓子に釣られてやって来たれーちゃんの後を着いて行ったら出られたことがあったんだ」
なるほど、実体験済みだったのですね。
つまりは、アリアドネの糸――迷宮の攻略方法を、彼女から聞き出そうということのようです。
果たしてそこまで上手くいくかどうかはともかく……こうして無事、れーちゃんとご対面することは叶ったのでした。




