7月18日 1ヶ月 その1
そして今日も私は、いそいそと探索の支度をしておりました。
今朝の私はなぜだか絶不調。
いつにも増して紙寝癖が酷く、更にはどこか体調が優れず少し支度に手間取ったので、手抜きをしておやつに蜜漬け果物の瓶を鞄に詰め込みます。
「うぅ……」
蜜漬けの果物。
その味を思い出したら、何故だか急に気持ち悪くなってきました。
いつもは好物の筈なのに、最近急に食べられなくなり、私一人では消費が滞っていたのです。
それでも味に遜色はないので、きっと皆さん喜んでくれるでしょう。
いつも少量ですが、こちらの渡すお菓子を微笑みながら丁寧に食べてくれる聖良さんの顔が浮かびました。
同時に、聖良さんが淹れてくれるお茶の味も。
すると、急に気持ちも楽になって来ました。
受胎して以来、時折体の不調を感じることもありますが、研究棟探検をしている間は何故か体調が良いのです。
そして今日も軽い足取りで集合場所、中庭へと向かうのでした。
――そして、研究棟のダンジョンの中で敷物を広げるのでした。
「……今日はまたずいぶんと早いわね」
「まあ……お茶会くらいしか新たな展開が見られないというのが現状ですから」
「はー」
呆れた様子の聖良さんに答える私たちの声も、元気がありません。
ダンジョン……研究棟の角をいくつも曲がり、いくつもの階段を上がり下り、ふと開けた空間。
そこには大きな窓があり、中庭が眼下に広がっていました。
お茶会をするにはなかなかのロケーション。
とはいえ、参加する面々のテンションは高くはありませんでした。
「ここまで登ったのに、なーんにも手がかりが見つけられないなんて……」
さすがの現ちゃんも、どこかお疲れの様子です。
肝心の地図も、数か所埋まっただけで、まだまだ十分白紙といえる状態です。
「それでも、ほら、まだダンジョンと違ってトラップがないだけマシではありますよね」
「どうでしょう……所長のことだから」
「えー」
辛うじて絞り出したフォローは、虚ろな瞳の聖良さんにあっさり切り捨てられてしまいました。
やはり、このダンジョンにも転がってくる巨大な岩とか見えない線に足を引っかけると壁から撃ち出される弓矢などがあったりするのでしょうか。
もうこれまでに散々お世話になった、行き止まりの扉やただ登って下るためだけに作られた階段程度で勘弁してください……
今までの苦行が蘇り思わず身構えた私の鼻に、幸せな香りが届きました。
「ん……?」
「よし、とにかく甘い物でも食べて元気出していこうよ。そんで早くボクの子供を見つけよう!」
現さんが取り出したのは、もう定番といってもいいお菓子、小麦粉と乳製品を混ぜて焼いたものです。
私も負けじと鞄の中を探り、取り出した蜜漬け果物瓶を掲げます。
「私も、私も持ってきたんですよー」
「おお、むーちゃんも大分分かってきたではないですか!」
「こちらの蜜は人口蜜なので、余分なカロリーを取らない上に妊婦に必要な栄養素、葉酸が入っているのが目玉なのです」
「ボクの方も、表皮や胚芽の入った小麦粉を使っていて、カルシウムとビタミンたっぷり。隠し味ならぬ隠し栄養で、脂肪酸が取れるクルミも入ってるのだよ!」
「それは隠さなくても素敵ですよ!」
「木の実は食べ過ぎると赤ちゃんのアレルギーの恐れもあるそうだから、隠す程度でいいのだ!」
「なるほどお勉強になります」
嬉しそうにお菓子を広げる現ちゃんの前で、私も蜜漬け果物とお皿を取り出します。
いつの間にか定例化したこのお茶会、私と現ちゃんとで競ってお菓子を持ち寄っているうちに、次第に美味しさだけではなく如何に妊婦的に良い食材を使っているか、胎児に良いものは何かを追及していくようになり……
ついつい、互いに凝ったものを持ち寄り披露するまでが様式美のようになってしまっておりました。
とはいえ、現ちゃんの膨大な妊娠に関する知識の前に私は全く敵わなかったのですが。
「また、お菓子の競い合い?」
いそいそとお菓子を配りながらお話をする私達を見て、聖良さんが呆れたように溜息をつきます。
「そんな中でも妊娠中の必須な栄養の気配りを忘れないのは、評価していただきたい所なのですが」
「ねー」
「そして、そんなせーらさんは?」
じー。
私はどこか期待を込めた瞳で聖良さんを見つめます。
すると聖良さんはいつも決まって僅かに顔を逸らしながら、丈夫な水筒を取り出してくれるのです。
「……今日の野草のお茶は、疲労に効く、から……」
「本日もどうもありがとうございますー」
聖良さんから水筒を受け取ると、私は持参してきたコップにうすい緑色の液体を取り分けました。
きっちり3人、いえ、4人分。
本日のお茶はより香り高く、注ぐだけでぱちぱちと弾ける酸味と苦み、その中に交じるほんのりと甘い香りが広がります。
そっと口をつけてみると、すうっと体の中に緑の風が吹き抜けるのを感じます。
「は、あ、衝撃的です……」
「ん?」
お菓子に果物を乗せていた現ちゃんは、私の言葉に首を傾げました。
「お茶がどうしたの?」
「あ、その」
一瞬言いよどみましたが、隠すこともないかと説明を続けます。
「あまりにも良い香りがしたので、つい……」
「かおり?」
「はい。あの、私は旧感覚者なので。それで、匂いが分かるのです」
「あー、なるほどなるほど」
現ちゃんはいともあっさり理解してくれたようです。
「どうりでー。ぶっちゃけむーちゃんみたいに知識の足りない子が受胎者に合格するなんておかしいなーって思ってたんだ」
「それは……ぶっちゃけ過ぎませんか?」
私の抗議を余所に、現ちゃんはお茶を一口飲むと顔を顰めました。
「うぅう、なんか口の中がスース―して変な味ー」
「まぁまぁ。たしかに口の中がすうっとしますがそれだけではなくて、飲む前に香り、口の中で弾けて、飲み込んだ後も爽やかさが残るのです」
「うむむ……分かんないなぁ。一体どんなお茶なの?」
「昔からよく使用されている薬草の類よ」
唸る現ちゃんに答えるように、いつも私達の会話を黙って聞いている聖良さんが珍しく口を出しました。
「この時期、特に手入れをしていなくても庭に生い茂る……むしろ、他の草花に影響が出る程に繁茂するたちの悪い奴なの。だけどその生命力故か、食事に、お茶に、そして香りを楽しむために様々な方法で活用されてきたそうよ。このお茶も、その植物の葉だけを積んで軽く洗った後熱湯に10分ほどただ付け込んでおくだけで……」
「ふぅん」
「な、なるほどー」
とうとうと語っていた聖良さんですが、現ちゃんの生返事と私の驚いた様子の合いの手に、はっと口を押えました。
「……ま、まあ、そんな訳」
どんな訳だか、突然お話を打ち切ってしまいました。
ああ、少し残念でもあります。
いつもはどちらかというと寡黙な聖良さんですが、自分の好きな分野の話題に触れると途端に口数が多くなるのです。
実のところそのギャップを見るのが楽しくて、なるべくそちらの方に会話が転がらないかと試みることもあるくらい。
こっそり聖良さんの様子を伺ってみますと、しゃべりすぎたと思ったのかややきまり悪そうな顔をして、お茶を口に運んでいます。
「……今日は、来た?」
そんな聖良さんの様子を盗み見ながら、現ちゃんが私に耳打ちしました。
「まだのようですねー」
「今日は甘いモノが多いから、かかるんじゃないかと思ったんだけどなぁ」
そのままひそひそと言葉を交わします。
視線を4つ目のコップにたっぷりと注ぎ込みながら。
――実は、この『お茶会』にはとある目的が隠されていたのです。




