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6月27日 ――0日その6

「ボクは、元いたコミュニティでは一番の年下でねー」

 卵と乳製品の蒸し物を口いっぱいに頬張っていた現さんが、ふいに語り出しました。

「といっても勿論、子供だからって配慮されることなんてないもんね。いっつも年上の人たちからあれしろこれしろ言われてさ、でも小さいからできなくって、八方塞がりで」

 なんとなく想像ができました。

 人と人の間の親睦や交流というものが極端に少なくなった今では、生存を目的としているほとんどのコミュニティでは余分なものを拒絶し、積極的により良い人間関係を築くことを放棄しているらしいのですから。

「大変だったのですねえ。私がいたコミュニティは気候も良くて作物もよく実る穏やかな所だったので、争いや競争とはほとんど無縁だったのですよ」

 本も多かったですし。

 こうして外のお話を聞くにつけても、大変良い所だったと再認識できます。

「うん。それはむーちゃんを見てれば分かる気がする」

「ええ、本当に」

「えぇー」

 それでも現さんだけでなく聖良さんにまで納得顔をされ、少し唇を尖らせてみせました。

 そんなにも、分かり易かったでしょうか。

 生きていく上では穏やかなコミュニティだったとはいえ、そこで暮らしていく上では決してそれだけというわけではなかったのですが。

 そんな私を置いて、現さんは話を続けます。

「だけど今ねー、子供……ボクより小さい存在が、お腹の中にいるんだよ。すごくない? それって、すごくない!?」

 現さんは興奮気味に両目を輝かせて語ります。

「最初の子のときは、どうしたらいいのか分からなかったけど……受胎して、お腹の中で大きくなっているうちにボクの気持ちもはっきりしてきたんだ。あの頃、ボクが望んでいたものをちょっとずつあげたらいいんじゃないかって」

 そして、現さんはお菓子を一口食べました。

「その子のことをいっぱい気にして、優しくしてあげて、その子がやったことを喜んであげて…… あと、お菓子なんてあっちじゃ食べたことがなかったから、子供が大きくなったら、一緒にお菓子、食べたいなぁ」

 愛おしげにお腹を撫でる現さんの、幸せそうな顔。

 それは、初めて見た時の凪さんの笑顔とどこか重なる所がありました。

「現さん……」

「もー、他人行儀だなぁ。“うっちゃん”でいいよー」

「う……うっちゃん……ですか」

 突然の呼び名変更依頼。

 ですがやや呼びづらい名称に戸惑いを隠せないでいると、現さんが助け舟を出してくれました。

「呼びづらかったら、好きに呼んでいいよ? なんて呼ぶ? どう呼びたい?」

「う、んと……」

 これはこれで厳しい課題です。

 新たな呼び名を考えなければならないのですから。

「う……うーちゃん、では如何でしょうか?」

「うん、いいよー。それじゃあボクは……まあ、むーちゃんのままでいいか」

 少し狡いような気もしますが、奇を衒ったものよりもシンプルが一番でしょう。

「そうしていただけると幸いです」

「……」

「あ、幸いです。うーちゃん」

「うん!」

 何かを待つように私を見ていた現さん、いえ現ちゃんに、なんとか間違えず呼びかけることができました。

「それじゃあ聖良ちゃんはキヨちゃんってことで」

「え……私?」

 突如として現ちゃんに振られた聖良さんはいたく動揺した様子でした。

「ふふふふふ、名付け合いは対岸の火事だと思ってたでしょー。そうは問屋がおろしませんー」

「いえ、私に余計な呼び名なんて必要ないから」

「そういうワケにもいかないでしょー。キヨちゃんが嫌なら、何て呼ばれたい? 何て呼ばれてた? ねえねえ」

「……1号」

「え?」

「あ、いえ。名前でいいじゃない。万能の呼び名よ」

「それだけだとつまんなーい!」

「面白くなくていいの」

 一瞬、どこか戸惑ったような様子を見せた聖良さんですが、すぐにいつもの調子を取り戻して現ちゃんをいなしにかかります。

 しかしお名前、どうしましょう。

 きよらさん、キヨちゃん、よーらさん……

 いくつか名前は浮かぶのですが、これ! といった良い呼び名は思いつきません。

「うーん……」

「貴女まで考えこまなくても」

 困ったように私を見る聖良さんの、今日も目に優しい青い服が目に入りました。

 そうだ、前に本で見たことがあります。

 この色は、船乗りの色……セイラ―・ブルー。

 セイラ―…… 聖良……

「そうだ、“せーらさん”です!」

 ぱん、と手を叩きました。

「聖良さんの字は、せいら、とも読めるじゃないですか。それにセーラといえば、どんな逆境に置いても気高さと人への優しさを失わなかったという本の主人公の名前と同じです。ぴったりじゃないですか」

「おお!」

「え……待って、いえ待って下さい」

 目を見開き、いつになく焦った様子の聖良さん、いえせーらさんが私の両肩を掴みますが、それくらいでは怯みません。

 むしろいつもと違うせーらさんの様子が見られるのは望むところな所存です。

「もちろん、きよらさんという響きも清く美しく素敵なのですが……ここはあえて、せーらさんとお呼びしたい思います」

「いえいえいえ、何だかとても恐れ多い話になってきてるような気がするんだけどそれどうしたら勘弁してもらえるのか教えていただけませんか!?」

 せーらさんの顔が次第に赤く染まってくる様子を見ながら、その言葉をあえてスルーして別の所に振ります。

「如何でしょう? 現ちゃん?」

「せーらさん、かー。いいんじゃないのー?」

 現ちゃんも太鼓判を押してくれました。

「だから、それは……」

「ほら、せーらさん」

「せーらさーん」

「そんな恐れ多い……勘弁して……勘弁してください……あっ」

 両脇から聞こえるステレオな呼びかけに、じりじりと後退するせーらさん。

 そのまま現ちゃんの荷物に足を引っかけて。

「あー……」

 ずぶりと、荷物の中にお尻から沈んでしまったのでした。

 ほんの少しだけ気の毒な気もしましたが、それ以上に得られるものの方が多い光景でした。


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