第4話 肺腑の死人⑯
その日の夜、僕はオスカーとパティを僕の部屋に呼んだ。
「悪いな。わざわざ来てもらって」
「フッ。何を言う。呼ばれれば現れる。それが…」
「我ら漆黒の使徒」
「なのだよ」
なのに僕の部屋に入ってきたのは3人だった。
「何でお前も来てるんだキレネ」
「さっきたまたまアーサーの部屋の前通りかかったら二人がいたもんだから」
「いたもんだから、でついてくるな。来たって食べるものなんて何もないぞ」
「失礼な!食べ物があるところにしか行かない私じゃないよ!」
「でも食べ物があるところにはいくだろ?」
「それはもちろん」
食べ物のくだりに関しては完全に無駄な問答だった。こんなことを話してる場合じゃないんだ。
「この際キレネも一緒でいい。オスカー、パティ。明日一日デュルヘルムのところにいてくれ」
「我々が?構わないのだろうか…」
オスカーは遠慮がちに僕に問いかけた。
「どういうことだ?」
「いや、彼はこの州の長にして漆黒を纏う騎士。アーサーさんならまだしも俺たちだけというのは…」
「そのあたりを気にする必要はない。安心しろ」
立場の違いとかそういう細かいことは気にしそうにない奴だ。あのデュルヘルムというのは。
「今のところデュルヘルムを見てるだけでいいはずだが、万が一の時は自分たちで何とかしようとする前に逃げるんだ」
「ククッ。心配されなくとも私たちには武器があります」
「しかし、アーサーさんが言うのであれば取らせてもらおう」
「逃げの一手を」
キレネの奴、いつの間にそんなに馴染んだのか、完全にオスカーとパティの空気に入り込んでいた。右手で左目を覆うポーズも様になっている。
「特にお前に言ってるんだぞキレネ」
「え?私?」
「もし何かあった場合、一番逃げ足が遅いのはお前だろ」
「ああ…確かに」
目を泳がせながらも認めるキレネ。
とはいえ、デュルヘルムがエナジードレインを使えないことはデイビッドの能力によって確定しているし、あのモナとルナがデュルヘルムを入れずに捜査を行ってることから、デュルヘルムは白である可能性が高い。
「基本的にお前はそこでお菓子でもご馳走になっていればいい」
「分かった。そうするね」
食べ物を与えておけば非常に扱いやすいのがこのキレネだ。まあ、さすがに身の危険が迫ってる中でも食べることを優先するようなことは起こらないだろう。
「これで一応話は終わりだけど、パティ」
「はい」
「あの、オスカーの糸を放出する装置…」
「ナイトライナーのことですか?」
「そう。それだ。あれは誰にでも使えるようになったか?」
「……」
パティは気まずそうにうつむいてから、小さく、まだです。と答えた。
「ああ、いや、そんな気に病まなくていいぞ」
「そうだよパティ。道具を作れもしないアーサーに何言われても気にしなくていいんだよ」
キレネの言葉についてはその通りなのだが、しかしどうしてそんなに僕が悪いみたいに言うのだろうか。ノラとの時はあれだけ協力的だったのに。
「しかし、こんなものを用意した」
パティは白衣のポケットから端末を取り出し、ある映像を表示させて僕に見せた。
「これは?」
見た感じは黒いサイコロ。ただし目は6よりも多い。6×6で一面あたり36個穴が開いているように見える。
「これはナイトライナー・タイプキューブ。起動して投げることで穿たれた穴から縦横無尽に兄者の糸を放出する」
「この穴からいろんな方向に糸が放出されるのか?」
パティはこくりと頷いて応える。
「起動ってのはどうやってするんだ?」
「至極簡単。強く握るなどして力を加えるだけ。3秒ほどで爆発する」
爆発、と物騒な言葉が飛び出したが、それは恐らくそれほどの勢いで放出されるという意味での比喩だろう。
「今ここにはないが、ノラさんに頼めば取り寄せは可能だ」
「なら僕には1つ頼む。それとキレネ。お前も持っておけ」
相手に投げつければ逃げるための時間は稼げそうだ。戦闘力のない者には必須だろう。
「じゃあ、明日お前たちはデュルヘルムのところへ行くということで頼んだぞ」
「御心のままに」
「御意」
「いいよー」
これであとはルナとモナに対する対策を考えればいい。僕はその対策を練るべくガラス球をこすってノラの部屋に入れてもらった。
「明日僕たちでモナとルナを監視しようと思うんだけど、何かいい作戦はあるか?」
「2人に私の監視魔法を付ければいいじゃない」
「いや、それじゃあ駄目なんだ。泳がせておいても無駄だろうから僕たちで適宜刺激を与えるんだよ」
「面倒なこと考えるわねあんたはいつも」
ため息交じりに心底呆れたように言うノラ。よく見ればその視線も呆れた時に見せるものだった。
「僕はモナとルナを二手に分けた方がいいと思ってるんだけど」
「両方にぼろを出させたいの?それなら放っておいて待てばいいじゃない」
確かにそれは一番確実と言えるだろう。しかしそもそも僕たちのこの州での第一の目的、情報収集は完了しており、今は同盟に勧誘するという第二の目的のために残っているに過ぎない。
今回の事件解決を借りとして、同盟に参加させれば僕たちはさっさとこの州から去ることができる。
「時間を省けるものなら省きたいんだ。早く相手にぼろを出させるためには不安を煽ればいい」
「孤立させて、観察する。…相手の立場に立つとちょっと、いえ、かなり鬱陶しいわね」
「そう言うな。戦術的な判断だ」
戦術の基本は相手の嫌がることをする、なのだから仕方ない。
「で、僕たちをどう分けるかだけど、魔法対策としてモナにノラを、エナジードレインや高速移動対策としてルナにデイビッドをあてがおうと思ってる。そしてシニステルとデキステルをそれぞれに、単純な戦力として」
「私は構わないけど、あんたはどうするの?それに、デイビッドっていう奴、戦力に入れられるほど信用できるの?」
ノラが呈した疑問は2つだったが、しかし僕はその問いに1つの答えで以って答える。
「僕はデイビッドのいる方にいるよ。何かあった時のためにね」
もっとも、何かあった時に止めるためではなく、何があったかをを知り、その後の対応策を練るためなのだが。
「そう。まあ、うちの弟が一人いるなら何かあっても逃げられるだろうし、いいんじゃない?」
信頼が絶大だった。僕に対してではなく、自分の弟に対する、だが。
「シニステルとデキステルは今どこだ?」
「さあ?呼びたいなら呼べるわよ」
「いや、やっぱりいい。あの2人をモナとルナ、それぞれどっちにあてがうか、あいつらに聞かなくて適当でいいよな?」
「そうね。あの子たちは苦手も得意も一緒だから、どっちをどっちにしてもいいと思うわよ」
ノラのお墨付きをもらったところで、僕は適当にモナにシニステル、ルナにデキステルを担当させると決めた。
「作戦は明日の朝食後。僕がガラス玉で合図を出したら一度みんなを僕の部屋に集めてくれ。最後の打ち合わせをする」
「分かったわ。じゃあ、明日ね」
「ああ。おやすみ」
僕はノラの部屋を出て、最後にデイビッドの部屋に行くことにした。
もうだいぶ遅い時間だったので行くかどうか迷ったが、しかしもう寝ていたら明日出直せばいいし、なにより夜遅くに押しかけて乱心するということはないだろう。
そう考えて僕はデイビッドの部屋のドアをノックした。
どうやら起きていたようで、すぐに扉が開かれた。
「デイビッド。遅くに悪いな」
「アーサー…!済まない!」
「どうした?」
突然頭を下げられて僕は当惑する。謝るのは別に構わないのだが、何について謝ってるか明確にしてから謝ってほしい。頭を上げさせていいのか分からない。
「実はさっき首都から連絡が来て、帰らないといけなくなった」
「何!?」
なんてタイミングの悪さだ。いや、部屋が片付け終わってすぐにでも帰ることができるこの状況を指して言うならば、最高のタイミングなのかもしれないが。
「本当に申し訳ない。招集がかかってしまったんだ。どうも僕の所属してる部署で問題が起こったらしくて、取り急ぎ戻れとのことらしい」
「ということは今か?」
「ああ。今一緒に持っていく書類を整理していたところさ」
部屋の中を見るとせっかくまとめたはずの書類が床に広げられていた。
そしてそれとは別に、たたまれて整然と並べられた衣服がベッドの上に移されていた。恐らくそれらはデイビッドが帰った後から輸送するのだろう。あれを一度に運べる鞄なんて、この世に存在しないだろうから。
「だから悪いけど明日の作戦は延期か、僕なしでやってくれないか?」
「分かった。安心しろ。僕だけでも成功させるよ」
ルナとモナの両方にエナジードレインを封じる手段を用意したかったが、この際ノラをモナにあてがうだけで満足しておくとしよう。
吸血鬼のエナジードレインは牙を突き立てた相手に対して働く。つまり、防ごうと思えばシニステルかデキステルの反射神経があれば十分だ。
「本当に済まない。できるだけ早く帰ってくるよ」
「ああ。ただ、僕たちのことは…」
「もちろん、秘密にするよ。君と本が決着をつけるまでは、僕は味方さ」
「ありがとう。それじゃあ邪魔するといけないから僕はもう戻るよ」
「ああ。またいつか」
僕はデイビッドの部屋を後にした。
このタイミングでデイビッドがいなくなるのは痛いが、彼は不可欠な存在というわけではない。このまま続行して問題ないだろう。
「この変更は…明日伝えるので問題ないか」
もう夜は遅いし、ノラにはさっきおやすみを言ったところだ。僕も今日は部屋に戻ることにした。
作戦はもう立ててある。あと考えるべきことと言えばキレネ達3人をデュルヘルムの家へ送り込むときの口実だが、それはベッドの中か、それで無理なら夢の中で考えればいい。




