第4話 肺腑の死人⑰
翌朝、朝食を摂った後みんなで僕の部屋に集合した。
「シニステルとデキステルにはまだ言ってなかったんだが、この街にはかなり前からゾンビばかり襲う奴がいるらしくてな。今日はそいつを捕まえる」
「手伝えばいいんだな」「いいぜ。任せろ」
「ありがとう。助かるよ」
やはり予想通りにとんとん拍子で話は進んだ。
「でも落ち着くんだ。まだ犯人が誰でどこに潜んでるか分からない。あまり大きく動いちゃ駄目なんだ」
「なるほど。待ち伏せか」「つまんねえけどしょうがねえな」
一旦納得はしてもらえたようだが、しかし作戦開始後も逐一注意しておく必要があるだろう。
「で、今回は作戦の都合上お前たちを二手に分けないといけないんだ」
「別々になんのか」「まあいいけどよ」
「片方はリッチのモナさんのところへ、もう片方はお前たちもよく知ってる吸血鬼のルナさんのところへ行ってもらう」
どちらがどちらに行くか、その選択を双子自身に委ねることにした僕だったが、じゃあ、と双子はいつも通りの息の合いようで言った。
「俺はルナじゃない方」「俺はルナの方」
一瞬で決まるとはさすがの息の合いようだと思っていると、しかし真実はそうではなかったようで、ノラが声を上げた。
「珍しいわね。あんた達の意見が分かれるなんて」
「なんかあいつ苦手なんだよ」「いや、いい奴だろあいつ」
素人の僕から見れば双子は仲良く分担を決めた風に見えたが、確かにノラの言う通り考えることは全く違っている。
この発言で今まであまり接点がなかったルナに興味が出てきた。シニステルとデキステルの評価から察するに、ルナはシニステルとデキステルに対して別々の対応をしているということになる。うちの双子を見分ける基準なんて利き腕くらいなのに、一体普段どう接しているのだろうか、と。
「とにかく、シニステルはノラと一緒にモナさんのところへ向かってくれ。多分まだここの厨房にいるはずだ」
「おう」
シニステルは頷いてノラの隣に移った。
「頼むぞノラ」
「こっちのセリフよ。デキステルのことちゃんと見ててよ」
ノラは念を押すように僕に言い放った。
「デキステル。お前は僕と一緒だ。ルナさんのところへ行くんだが、彼女が普段どこにいるか、お前の方が詳しいよな?」
「多分な。畑にいると思うぞ」
「それじゃあ畑までの案内は頼んだぞ」
これでモナとルナの対策班の打ち合わせは完了。
続いて僕はオスカー、パティ、キレネの3人に視線を移して言う。
「オスカーとパティ。それとキレネ。お前たちは昨日言った通りデュルヘルムのところへ行ってもらう」
「御意に」
「ククッ。備えは万全。もはや憂いなど皆無」
「どんなお菓子が出るのかな」
キレネの緊張感のなさが著しかったが、むしろこれくらいの方がデュルヘルムに変に警戒されることがなくなっていいかもしれない。
「お前たちはノラの魔法でデュルヘルムの家の前まで転送してもらう。ドアをノックしてデュルヘルムがいたら家に入れてもらえ。いなかったら、ガラス球を使ってノラにそのことを報告し、デュルヘルムが帰ってくるまで家の前で待つんだ」
表面をこするとノラと繋がるガラス玉は現在僕とオスカーがそれぞれ所持している。僕の班とオスカーの班はノラに中継ぎをしてもらわなければならないが、これで3つの班が連絡を取ることが可能となる。
「アーサーさん。かの漆黒の騎士の牙城に踏み入る際の呪詛は、いかにすればいい?」
オスカーが手を上げて僕に問いかける。
呪詛と言うと恨み言のようだったが、しかし口実と表現するより牙城に踏み入っている感じがするのも事実だった。
「デュルヘルムとは約束をしてるだろ?僕たちが無事にこの州を出られたら同盟に入るっていう」
「ああ。それは俺も記憶している」
「その途中経過の報告に来たと言えばいい。発案者はオスカーだったから、オスカーが行っても不自然に思われることはないだろう」
「なるほど。了解した」
オスカーは静かに頷き、口を閉ざした。
そうして訪れた静寂の中で、今度はパティが口を開いた。
「あの、アーサーさん。これを…。準備しました」
パティはポケットからナイトライナー・タイプキューブを取り出して僕に差し出した。
「昨日頼んでたやつか。ありがとう」
僕はそれをズボンのポケットにいれようとして思いとどまり、上着のポケットに入れておくことにした。ズボンのポケットよりはこっちの方が意識しやすい。
「よし。それじゃあ各々やることは頭に入ったな?これから作戦を開始する」
僕の作戦開始の号令とともにまず3人をデュルヘルムの家の前まで転送してもらう。
続いて僕をデキステルの言う畑まで転送してもらおうとすると、ノラに断られた。
「何でだよ」
「私はその畑に行ったことないのよ。デキステル。あんたがアーサーをおんぶなりしてあげて連れて行きなさい」
「おう。乗れ。アーサー」
「ちょっと待て。本気で言ってるのか?」
ノラの転送魔法の制約は知っているが、しかし今のノラならそんなもの何とかできるのではないだろうか。
あるいは単にデキステルが走った方が早いという合理的判断を優先したのだろうか。
「あんたが自分で走りたいならそうすればいいけど」
「できるわけないだろ」
「じゃあ素直に運ばれなさいよ」
「早く乗れって」
デキステルはすでに背中をこちらに向けてひざまずき、僕を負ぶっていく準備が整っていた。
気は進まなかったが、この場に僕の味方はいなかった。
「分かった分かった。乗るよ」
無駄な問答の最中に事件が起こっては元も子もないので、僕は折れることにした。
「でも乗るのは外でいいだろ?」
「それもそうだな。よし。外行くぞ」
デキステルは立ち上がってすぐさま部屋の外に飛び出す。
「シニステル。私たちも行くわよ。多分あの子はまだ下にいるでしょうし」
こうして僕の部屋から全員が発ち、いよいよ本格的に作戦が開始されたのだった。
僕は屋敷を出てすぐではノラはまだしも、モナにさえおぶられてる姿を見られるかもしれないと思ったため、屋敷の裏に回ってからデキステルに運ばれることにした。
「よし。走るぞ」
デキステルのその発言は警告だったのかただの宣言だったのか、その言葉の後に僕は慣性と空気の抵抗により、強烈に後ろに引っ張られた。
デキステルの言葉は確かに僕に心構えというものをさせたかもしれないが、この段階の僕にはもはや為す術がないわけであって、できたことと言えば風によって息ができなくなるのを防ぐため、最大限にうつむいておくことだけだった。
「着いたぞアーサー!」
デキステルの声が前方から響いてきた。
理論上、音速を超えていればそんなことにはならないので、どやらデキステルのスピードは音速ほどではないらしい。
そんな気が付いたところでどうしようもない気付きを得て、僕は顔を上げる。
視界に広がっていた畑は思っていたよりも広く立派なものだった。死人街の内部で民の数が増えても賄っていけるのも納得だ。
「よし。下ろしてくれ」
「ん?いや、あっちにいるのがルナだぞ。あそこまで連れてってやる」
「いや、頼むからそっちに行く前に下ろしてくれ!」
この状態で見つかるだなんて、第一印象ではないにしても、嫌すぎる。
「分かったよ。でも歩く時気を付けろよ。あの盛り上がってるところ踏んだら怒られるからな」
「畝を踏んじゃいけないことくらい言われなくても分かってる」
もしかしてこいつらは既に畝を踏んで怒られた後なのだろうか。
僕たちは畝と畝の間を歩いてルナの元まで向かった。途中で向こうも僕たちに気が付き、地面に突き立てていた鍬を抜いて肩に担ぎ、こちらに向かって歩いてきた。
「ようデキステルと、えっと…」
「アーサーです」
「ああ、アーサー。モナのとこで会って以来だな」
一度会っただけでは名前までは憶えてもらえなかったらしく、僕は二度目の名乗りをする。
そういえば前回モナの家で会った時、彼女に上着を着るように言われていたが、目の前のルナは今日も上着なしのタンクトップ一枚だった。
「今日は何してるんだ?」
デキステルはルナが来た方を見てルナに聞いた。
「てめえらが手伝ってくれたおかげで収穫は昨日終わっちまったからな、今は新しく畝起こしてんだよ」
「へぇ…うね?起こしてんのか。やり方教えてくれたら手伝うぞ」
「いや待てデキステル。今日は用事があって来たんだろ」
自然な流れで農作業に加わろうとするデキステルを止め、僕は強引に本題に移る。
「ああ、そうだったな」
「何だ。そうなのかよ」
「はい。例の事件についての話を、できれば畑の外でしたいんですけど、お願いできますか?」
「…ま、こいつが手伝ってくれたおかげでだいぶ時間に余裕はあるからな。あいつらだけで大丈夫だろ」
あいつらと言ってルナが見た方に目をやると、今まで気が付いていなかったがゾンビたちが横に並んで鍬を地面に突き立て、畝を起こしていた。
ルナは畑から出ると使っていた鍬を駐めてあったリアカーに乗せ、僕たちへと向き直った。
「用って何なんだ?そういえば、いつもの左利きの奴はいないな」
左利きの奴、とはシニステルのことだが、やはりというかなんというか、このルナと言う吸血鬼は双子との付き合いが浅いにも関わらず二人のことを区別できているようだ。
「ああ、あいつは今…」
「彼は今別の用事を片付けてて手が離せなかったんです」
デキステルがモナの名前を出しそうだったので僕は強引にそれを制する。僕たちが今ルナとモナの両方を抑えているということは知られていない方がいい。
「ふーん。ま、いいけど。で、こっちの用は何なんだよ?妹の方じゃなくてわざわざこっちに来たってことは、畑に興味あんのか?それとも野菜か?」
「いえ、そのどっちでもなくて、例のゾンビが襲われてる事件のことです」
「……。それも、何でおれなんだ?妹の方がそっちに関しては詳しいぜ?」
ルナは分かりやすく訝し気な表情をして僕のことを見た。今のルナの胸の内は、なぜ自分の方に来たのかという疑問と僕の狙いは何かという警戒心とが半々と言ったところだろう。
「気になることが、あるんですよ」
犯人は昨日の襲撃を失敗している。それも、何者かの妨害によって。
それは今までに一度もなかったことだろう。何が起きているのかと不安になっているはずだ。その不安を増長させれば、いずれぼろを出すはず。
「ふん。いいぜ。聞いてみろよ」
「質問は現場に向かってからにしますよ」
「現場、いつのだ?」
「昨日です」
ここで僕はまず分かりやすくかまをかけてみる。昨日ノラが影を捕まえたことはまだ伝えていない。知っているような素ぶりを見せれば、犯行に関与していると考えられるのだが。
「昨日?昨日は事件なんて起こってないだろ。…まさか、怪しい奴でも見たのか?」
返ってきた反応は期待したものではなかった。
「ええ。実はそうなんですよ」
ならばもっと揺さぶりをかけるのみ。
「今からそこに行くので、一緒に見てください」




