第4話 肺腑の死人⑮
魔法は動いても足音がしなかった。そのため僕は時折ちゃんと魔法が付いてこれているか振り返りながら確認し、いつもより遅い足取りでデイビッドの部屋の前に辿り着いた。
「デイビッドー。魔法を連れてきたぞー」
僕は扉を叩きながら中にいるであろうデイビッドに呼びかける。
「やあアーサー、お帰り。…そちらの方は?」
「方っていうか、魔法だよ。洗濯魔法。うちの魔術師が出してくれたやつだ」
「魔法!?それが魔法なのかい!?」
デイビッドは目をむいて魔法に詰め寄ろうとする。
「ああ待て。お前が触ると消えるだろ」
僕はそんなデイビッドを魔法との間に入って制止する。しかしデイビッドは笑みを浮かべてかぶりを振る。
「大丈夫だよ。籠手の力は籠手が顕在化されてない状態じゃないと意味がないから」
「ああ、そうなのか。それは便利だな」
何もしなくても現れる知識に苛まれていた僕としては羨ましい限りだ。
「君の故郷ではそういう形の魔法が主流なのかい?」
「えっと…まあ、そうだな」
ノラの使っている魔法はエレツで使われてるものなのだが、それを言ってしまうと単に首都の者が外に出たと言う以上に厄介なこととなる。
「へえ…魔法は学校で教養程度にしか修めてないけど、外ではこういうのもあるんだね」
「そうだな、とにかく洗濯をしようか。ある程度整理はできたのか?」
「ああ。見てくれ。だいぶ部屋が広々したよ」
どれほどのものかと部屋に踏み入ると、なるほど確かに足の踏み場はしっかり確保できていた。しかし溜め込まれていた洗濯物の量に絶句する。
山となった洗濯物の隣で、たたまれているせいもあるのだが、横の「これから着る服」がすごくこじんまりと見える。
「一応確認するけど、あの山の方が洗濯するものなんだよな?」
「うん。そうだよ」
「だそうだ。あっちの山の方を洗濯してくれ」
僕は振り返って後ろの洗濯魔法に告げると、魔法は返事するでも頷くでもなく、迅速に行動を開始した。
音もなく山の前まで進み出て、物色するように山の周りをぐるっと一周だけ歩き、おもむろに山に手をかざした。すると山はゆっくりと浮き上がり、球体に整えられていく。
「これからするのって、洗濯だよね」
「ああ。安心しろ。いつもこんな感じだ」
いつもノラが洗濯している時は空中に出した水球に洗濯物を放り込むという方法を取っていた。今は先に洗濯物を球体にしているが、光景としては見たことのあるものだ。
ここからあの球を水で覆うのだろうと思っていると予想的中、魔法の腕から服の球めがけて水が流れ出し、見慣れた水球を形作る。
「すごいね。魔法で服を洗う方法はそう珍しくないけど、あんな風に洗うのは初めて見たよ。魔力の消費量とかすごいことになるんじゃないかい?」
「なるだろうな」
もっとも、使えば使うほど魔力量を底上げしながら回復するノラにとって、そんなものは問題ではないのだろうが。
いつもなら直径2メートルちょっと。風呂の湯舟2回分くらいの水しか使わないのだが、今回はいつもよりかなり大きい。ぐんぐんと大きく膨らんでいき、それにつれて僕たちはだんだんと出口の方へと追いやられていった。
「これ、時間かかるのかい?」
「普段あいつは一瞬で終わらせてるけど…量が量だからな」
「…外で待ってた方がいいかな」
「そうだな。一応そうしよう」
さすがに部屋全体を水で満たしたりはしないだろうが、すくなくともくつろげる状況ではないので、僕たちはノラの魔法を残して部屋の外に出ることにした。
「ここで待ってればそのうち終わるだろ」
僕たちはデイビッドの部屋の向かいの壁に寄りかかって待つことにした。ドアは開けているので中の様子は分かる。今は水球の中でデイビッドの溜めていた洗濯物が縦横無尽に踊っている最中だった。
「デイビッド。頼みたいことがあるんだ」
さっきノラに言いかけた作戦のことだ。
「実はある程度犯人が絞れたんだ。実際に犯人を確保するところまでもう少しだ」
「本当かい?それはすごいな」
デイビッドはそういうが、どこか真に受けていない様子がにじみ出ていた。
「犯人の手口はある程度特定できた」
「それは僕だって一緒さ。エナジードレインだろ」
「そうか?お前が見たっていうあの影、お前はあれがエナジードレインをしたと思ってるだろ」
「違うのか?」
「ああ。あれはただの演出。誰かがあれを魔法で投影して、誰かがエナジードレインを行い、誰かが死体の横にマークを描いた。これが真相だ」
自分で言ってても不安になるくらい「誰か」を連発していた。全然真相という雰囲気が出ない。
「えっと…どういうことだい?」
「誰か」を連発しすぎたせいか、デイビッドが僕の言葉を理解し損ねていた。
「つまり、お前が見たのは真犯人の見せた幻で、あれ自体に悪意も何もないってことだ」
「なるほど、まあ、魔法を使えばそのあたりはどうとでもなるだろうね。でも、そう考える根拠は?」
「実際に捕まえた」
「え?」
厳密には、捕まえられなかったからこそあれをただの映像と結論付けたわけなのだが。
「あれを捕まえたのか?一体どうやって」
「…魔法だよ」
こう言ってしまうとよりデイビッドがノラに興味を持つかもしれないと思ったが、しかし他に下手な言い訳をするよりはましだった。
「うちの魔術師の使う魔法はこの国で使われてる魔法に対して相性が良かったみたいだ。なんかあいつによると、釣り針で魚を釣り合上げる感覚らしいぞ」
嘘つきほどよく喋るというが、真理だと思う。だって喋らないことには帳尻が合わないんだから仕方ないではないか。
「はは。是非君のところの魔術師に一度会わせてほしいな」
そして案の定興味を持たれてしまった。
「それはどうだろうな、もし会ったら、お前はそのことを国に報告するか?」
「するだろうね。それが仕事だし、別に悪いことじゃないんじゃないか?もしかしたら魔王様と直々に会うことができて、本の調査も大幅に進展するかもしれないよ」
そう。ノラがただの波斗原出身の魔術師ならば話はそれで済む。しかしノラは首都出身の魔術師なのだ。ことはそう簡単ではない。僕の本のことはデイビッドは誰に対しても黙ってくれるだろうが、ノラのことについては確信が持てない。
本について僕に協力してくれるからと言って、全てにおいて僕の味方とは限らないのだ。
「デイビッド。実は、僕は国の力を頼るつもりはないんだ。国の力をあてにしようとした結果、ひどい目にあいそうになった経験があるからね」
「ああ、大丈夫だよアーサー。君の国では行き違いがあったかもしれないけど、この国は大丈夫だ」
「分かってる。でも僕はもう失敗するわけにはいかない。待ってくれないか?僕が本と決着をつけるまで」
「アーサー…」
デイビッドは僕の名前をつぶやくと僕を見つめてきた。何か発言を求められているのかと思って口を開きかけると、デイビッドが口を開いた。
「分かった。約束する。改めて約束するよ。君の問題が解決するまで、僕は君の味方だ」
どうしてそこまでしてくれるのだろうか。聞いてみたい気は合ったが、やめておいた。人の善意に理由を求めるのは野暮だし、どうせ同情とかそう言ったものだろう。
ならば聞いたところで聞くに堪えない身の上話が返ってくるに違いない。この類のものと関わった者の身の上話なんて、ろくなものではないはずだ。
「ありがとう。で、話は変わるんだけど…」
僕は部屋の中を指さす。
「洗濯が終わったみたいだ」
ノラの魔法は洗濯物を乾燥させたうえ全て畳んで種類ごとに整然と並べ終え、ドアのところでじっと佇んでいた。
「ああ、気が付かなかった。君。本当にありがとう」
デイビッドは握手を求めるように手を差し出したが、魔法に組み込まれている障害物回避の機能が発動したのか、魔法は一歩引いてそれを避けた。
まさかそんな露骨に握手を拒否されると思っていなかったのか、困惑したデイビッドは硬直していた。
「デイビッド。悪気があるわけじゃないと思うぞ。それは魔法だからな」
「ああ、そうだよね…」
「もう洗濯は終わりか?」
「ああ。部屋にあったので全部だよ」
僕は魔法の前まで歩み出て言う。
「洗濯は終わったらしい。仕事は終わりだ。終わっていいぞ」
特に合言葉を指定されたりはしてなかったので何と言っても通じたのだろうが、念のために重ねて終了を告げてみると、魔法はそのうちのどれかに反応して体を整形してる何かが解け、魔力となって大気中に霧散した。
部屋の奥へ進むと、そこには広々とした空間が広がっていた。
「今日はお世話になったね。おかげで部屋もこの通りさ」
「ああ。普通の部屋と呼べるくらいには片付いたな」
服はたたまれているがベッドの上に置きっぱなしだし、適当にかき集めたであろう書類は整理されていない状態でテーブルの上に積み重なってる。ここで油断してしまえば終わりだが、定期的に足を運んで片付けを促していればそこまでひどくはならないだろう。
「洗濯を手伝ってくれた魔術師の方に是非お礼が言いたいんだけど」
「悪いけどあいつは人見知りなんだ。気持ちだけ伝えておくよ」
その言葉を捨て台詞に、その場を去ろうとした僕だが、ふと思いとどまる。
何かやり切った感覚に浸ってしまっていたが、本題の話を全然していなかった。
「今日来たのは事件の話をするためだ。犯人が今まで捕まらなかったのは捜査自体が犯人から遠ざかっていたからじゃないかと思ったんだ」
「メルツベルツ復活説のことを言ってるのかい?」
「それもそうだけど、それ以上に人員の少なさだ。捜査にかかわってるのがあの2人だけというのは変だろ」
「それは…メルツベルツがもし本当に復活していたら、そのことをあまり民に知らせたくないんじゃないか?不安を煽ることになるだろうから」
なるほどその意見は説得力が十分だったが、その口実のためのメルツベルツ復活説とも考えられる。いや、もし仮に本当にそういう配慮だったとしても、事件が起こってもう9年も経っている。民の精神衛生よりもまず事件解決を優先するのが普通だろう。
「まあ捜査の方針に関しては置いておくとしても、他にも不可思議な点がある。デュルヘルムだ。僕自身すっかりあいつの存在を忘れてた。何で州の一大事にあいつが一切首を突っ込んでこないんだ?」
「それは…うん。確かに変かもしれないが…」
デイビッドは頼りなさげにそう答えた。自分も気になってはいたが、あまり重要と思っていなかったのだろうか。
「そこで僕は提案する。デュルヘルム、モナ、ルナ。この3人を明日から次の事件が起こるまで監視する。僕たちがここに滞在している間に、この事件にけりを付けるんだ」




