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第4話 肺腑の死人⑭

「魔法の腕を上げたのか?視界がゆがまなくなったぞ」

「え?ああ、そうね。ちょっと前に変えたのよ。そんなことより」


いつか言えなかった気付きを伝えられたかと思ったのも束の間、そんなことと切り捨てられ、ノラは言う。


「さっきの魔法、作動したわ」

「捕まえたのか!?」


ええ。と首肯するノラ。しかし続けて彼女はこう言った。


「でも今はいないわ」


僕はその言葉を何とか理解しようとしたが、しかし使われてる言葉が比較的安易だったのが災いして、意味の解釈が数通りほど存在した。


「えっと…相手が弱すぎてもう死んでしまったってことか?」

「違う」

「作動はしたけど捕まえたのは犯人じゃなかったってことか?」

「違う」

「逃げたのか?」

「…少し違う。消えたのよ」


違うのだろうか。言い方の問題のように思えるのだが。


「えっと…もう少し詳しく…」

「見せた方が早いわ。行くわよ」


僕はノラにデイビッドの洗濯の件を伝えるのも忘れて、再び別の場所へと転送された。


「ここは?」


住宅群の一角、街灯の立ち並ぶ道の上に僕はいた。


「ここでエナジードレインが起こったの」

「ここって、もしかして今僕が立ってる場所でか?」

「違うわ。ここよ」


ノラは僕の隣に立ち、僕の正面を指さす。そこへ僕が目を向けた瞬間、今まで何もなかった空間に突如灰色の影が現れた。

身長2メートルはあろうかという大男。その大男がこちらに襲い掛かろうと覆いかぶさってきているその瞬間を切り取ったようだった。

色自体は見慣れた、ノラの魔力の色と同じ色だったため、踵を返して逃げたりはしなかったが、しかし思わず後ずさってしまう。


「私の魔法で捕まえたのよ」

「え、いるじゃないか。さっきいなくなったって」

「中には何もいないわ」


ノラの言葉を額面通りに受け取るならば、今ノラが見せてるこの大男のシルエットは、張りぼてということになる。


「本当に中にいないのか?」


犯人は透明になれるかもしれないという疑いがあったので中になにかあると思ってしまっていたが、確かに見たままだと中には空気しか入っていないように見える。


「ええ。魔法が発動したときは間違いなくいたんだけどね。魔法の感触からすると、物じゃなかったわ」

「物じゃないって言うと?」

「魔力の塊。魔法か、霊体ね」


霊体というと、公式の捜査において最も有力な容疑者、否、容疑種族だ。


「霊体ならお前の魔法から抜け出せるのか?」

「そんなわけないでしょ。私が霊体を想定してる時点で、それを逃がすとでも思ってるの?」


頼もしい限りだった。まあ、結果逃がしてしまっているのだが、ノラがこう言うなら犯人は霊体でない。つまり、公式の捜査がした推理は間違いだったということか。


「じゃあ魔法か?」

「感覚的にはそんな感じね。魔法として機能してた魔力が、突然解除されたような感じ」


でも、とノラは続ける。


「私の捕まえた存在は独立してた。もしそれが魔法だったら、魔法を術者から切り離して発動できることになる」

「それは不可能なことなのか?」

「私くらいしかできないわよそんなこと」

「お前はできるのか…」


だったら犯人がノラと同等の腕前なら実現できてしまう。まあ、考えるのも馬鹿馬鹿しい可能性だが。


「じゃあ何だって言うんだ?魔法じゃないし魔物でもないんだろ?」

「考えられるとすれば、自然現象ね」

「自然現象?」


そうしてしまうと誰も罰しなくていいことになるので一番平和的な気がしなくもないが、拍子抜けすぎてすぐには受け入れられない。


「魔力が勝手に集まって、ゾンビの魔力を抜き取っていく自然現象よ」

「そんなことあり得るのか?」

「さあ。自然には詳しくないのよ。あんたは知らないの?」


言うまでもなく、僕の知識にそんな奇天烈な自然現象はない。まあ、ノラ自身本気で自然現象説を提唱しているわけではないだろう。半ばやけになって、投げやりによこした説と言ったところか。


「自然現象じゃなくて誰かの魔法だったとすると、お前と同じくらいの実力があるわけだよな。もしお前なら、自分の放った魔法が今みたいに阻まれたら、どうする?」


ノラはしばらく黙って考えるようなそぶりを見せてから、おもむろに口を開いた。


「…そうね。これみたいな形を取ってエナジードレインを繰り返してたとすれば、それは何かこだわりがあるからよ。私なら、最後までそのこだわりを貫くわね」

「こだわり?」

「ええ。だって変でしょ?わざわざこんな形を取らせるなんて」


変でしょ?と今更聞かれても、この事件に関して変なのは今に始まったことではない。

というか、エナジードレインがあの形だったのは黒幕による印象操作ではないだろうか。手口をメルツベルツの手口に似せているあたり、僕は彼の姿を知らないが、今目の前にあるシルエットはメルツベルツのそれに近いんだろうという予想が立てられる。


「なあノラ。実は犯人はゾンビを襲った後、現場にマークを残すらしいんだ」

「へえ。そう」


興味なさそうな返事をよこすノラ。いや、これは単純に興味がないというより、相手の使う魔法の手口の方が気になると言ったところだろう。


「ノラがあの魔法に触れた時の感触として、あれにそんなことが可能そうか?」

「…無理だと思う。いえ、思いたいわ。もしあれがエナジードレインだけじゃなくて、文字を書いたり物理的な痕跡を残せるとしたら、術者の実力は私以上よ」

「そうか…ならその可能性は考えたくないな…。エナジードレインどころか、もう分身を生み出すようなものじゃないか。そんなの現実的じゃ…」


そうだ。現実的じゃない。ここまで最悪の可能性を想定して、ノラができることは犯人にもできると考えるようにしていたが、しかし逆にそれが現実的な考察から離れさせていたんじゃないだろうか。

今まで僕はノラが捕らえた存在を魔法、エナジードレインを行うものとして考えていたが、実際はそうではないのではないだろうか。もっとシンプルに、犯人はこの街に普通にいても怪しまれない程度の魔法の使い手だと考えよう。


「ノラ。例えば、全部魔法で解決するのをやめて、魔法を使わなくてもいいことは魔法じゃないと考えてみないか?」

「どういうこと?」

「例えば、エナジードレインという行為自体は魔法か能力だけど、それを行うにあたって魔法だけを飛ばしたと考えるんじゃなくて、普通に歩いて標的に近寄ったと考える」

「で、マークはそいつが手書きで書いたと」

「そうだ」

「確かに、そう考えればさっき捕まえたのはただの魔法で投影された映像と言えるかもしれないわね。相当レベルの低い魔術師にも再現できるわ」


やはり全て魔法で片付けようとしたせいで犯行そのものの難易度をいたずらに高めていたようだ。

そしてもしノラの言う通りデイビッドが見た黒い影というのがただの映像だったなら、エナジードレインを実行する者が近くにいるかもしれない。


「ノラ。もしかしたらまだ近くに…」

「分かってるわよ。もう探した。被害者のゾンビ以外外には誰もいないわ。もう逃げたのね」

「そうか…」


気付くのが少し遅かったようだ。

と、ここで僕はあることに気が付く。


「ノラ。お前さっき『被害者のゾンビ』って言ったか?」


しかしどこにもゾンビは見当たらない。


「あれがそうでしょ?あれ以外にゾンビはいないから、あれのはずよ」


ノラは言って僕の背後に延びる道の先を指さした。振り返って指さす方を見ると、確かに遠くでゆっくりと歩を進める1体のゾンビがいた。


「え?あれか?」

「この付近にはあれ以外いないわよ」

「魔法が作動してからかなり時間経ったのか?」

「そんなに経ってないわ。1分くらいね」


ノラはそう言うが、あの歩くスピードなら1分あったとしてもここからそう遠くへは行けないはず。


「魔法が作動したときあのゾンビはそこのあたりにいたわ」


そう言ってノラは2つ隣の街灯の下あたりを指さした。ということは影はゾンビの背後の

少し後ろに現れ、そこからゾンビに襲い掛かろうとしたところをノラに捕まえられたということのようだ。

なぜそのような距離を置いて現れたか、犯人が普通の魔術師という前提に立てば、間違いなく目撃者に対する演出だろう。

もし目撃者がいれば騒ぎになるし、逆に騒ぎが起こらなければ目撃者がいないとして悠々と犯行と偽装工作を行える。


「今回犯人はもう追っても捕まえられないだろう。あのゾンビを助けられたということで満足しておこう」

「ちょっと。何よその譲歩してるみたいな物言いは」


まるで私が失敗したみたいに、と口をとがらせるノラ。


「ごめんごめん。そういうつもりじゃなかったんだけど」

「まあいいわ。犯人を捕まえるのはもう無理でしょうから、一旦帰るわよ。これはどうする?」


ノラは未だに浮いたままの灰色の影を指さした。


「この中にはもう何も入ってないのか?」

「ええ。ただの空気よ」

「じゃあもう解除してくれ。いつまでも残しておく必要はない」

「分かったわ」


そのノラの言葉の直後、僕たちは部屋に転送されたので解除された瞬間を目にすることはできなかった。


「で、これからどうするの?魔法の対象をエナジードレインを実行した者に変更する?」

「そうだな。そうしてくれ」


今回ので警戒されてしまった可能性はあるが、犯人は必要があってゾンビを襲っている。いずれエナジードレインを実行せざるを得なくなるはずだ。


「それと、今度からはちょっと積極的に動いてみようと思う」

「何?直接犯人の首根っこを捕りに行くの?」

「物理的には違うけど、事実的にはそういうことだな」


僕が物理的に首根っこを取れそうな存在なんて、妖精の園のアニーくらいのものだろう。パティは厳しい気がする。


「ふうん。まあ、何にせよどうせ私の魔法はいるんでしょ?」

「ああ。そうなるだろうけど、まだ発想の段階だ。もう少し作戦を練らせてくれ」


作戦によって必要な人員は変わってくるが、ノラはどの作戦にも必要になる。


「あ、そうだノラ。デイビッドの部屋にあいつの洗濯ものがあるんだ。魔法で洗濯してやってくれないか?」

「デイビッドってあの首都の人間?黄昏がなんとかっていう。…私彼の部屋知らないんだけど」

「ああ、そうだったか」


デイビッドの部屋からここへ転送されたりはしたが、デイビッドの部屋の場所を直接教えたりはしてなかったか。


「これ貸してあげるから、連れて行って。仕事が終わったら勝手に消えるようにしておくわ」


そう言ってノラは自分の目の前に手を突き出し、その手のひらから魔力を放った。

放たれた灰色の光の筋は空中を揺らめき、やがて一つの形を成していく。


「これは…洗濯魔法・術式乙女、か?」

「そうよ。よく分かったわね」

「ああ。何となくな」


ノラの魔法に対するネーミングはそこまで凝ったものではないのでこちらから予測するのもやりやすい。


「じゃあこれもらっていくよ。作戦については決まったら伝える」

「ええ。分かったわ」


そう言葉を交わして僕はノラの部屋を出、洗濯魔法を連れながらデイビッドの部屋を目指すのであった。

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