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第4話 肺腑の死人⑬

「ねえアーサー。あんたが今首を突っ込んでいるっていう問題。聞かせなさいよ」

「え?」


一人で思考に浸っていると、唐突にノラから予想してなかった言葉が飛んできた。


「自分が関わる問題よ。聞かせられないとは言わせないわ」

「ああ、そうだよな。もちろんだ」


まさか、ノラが自ら僕の抱えてる問題に興味を持ってくれるとは。

僕は嬉々としつつもそれを悟られるよう、努めて冷静にノラに事件のことを話して聞かせた。

ノラは途中まではこちらに視線を注ぎながら話を聞いていたが、やがてそれは自分の指の爪や、ベッドのシーツの皺に向けられるようになり、相槌も終盤はふーん。の一種類のみになってしまっていた。


「えっと、ノラ…?」

「何?聞いてるわよ」


そういうノラだが、彼女は今ベッドの上に寝そべって、完全に天を仰いでいる。


「そうは見えないんだけどな」

「まあ、真剣に聞いてないということは否めないわ」

「否め。聞きたいって言ったのはそっちだぞ」

「何よ。あんただって話したがってたじゃない」


そんな馬鹿な。まさか顔に出てたとでもいうのだろうか。いや、多分かまをかけに来ているんだ。そうに違いない。


「というか、あんたたち根本的に間違ってない?」

「モナさんとデイビッドが互いに疑いあってることを言ってるのか?」


それなら僕も含めた風に言うのはやめてほしい。そのおかしさには僕だって気付いている。


「それもあるけど、犯人は捕食のためにゾンビを殺してるんでしょ?」

「今のところはそう考えられてる」

「だったら、食べられないようにゾンビを一か所に集めればいいじゃない。相手も食べないと生きられないんだから、いつかしっぽを出すわよ」

「おお…」


ノラのことだから、どうして私がしたみたいに魔法を町中にはりめぐらせなかったんだ。とか言うと思ったのだが、しかし予想に反してまともな、それも僕が考えていなかった側面について言及した。


「それは…ゾンビがこの州の労働力だからだろ」

「別にずっと閉じ込めておかなくていいわよ。しばらく、1週間くらいで十分よ。それに、ゾンビが働けない間は他の種族がいるじゃない。ゴブリンとかヴァンパイアとか」


確かにノラの言う通りだ。この街にはゾンビに代わって仕事のできる種族はいる。

街のどこに犯人がいるのかも分からないのに、ゾンビは他の種族の民と同じように街のあちこちにいる。ずっと一か所に集めておくということはできないまでも、ある程度固まって生活させるということぐらいしたっていいものなのに。


「ま、この街にとってゾンビがどうでもいい存在だからなのかもしれないけど」

「いや、それはないだろ」


もしそうだというなら、ゾンビを守るためにグールが滅んだりなどしないはずだ。

この州の民一人一人にはゾンビを大事に思う心が根付いていると考えてもいいだろう。


「…デイビッドが正しいかもしれないな」


今一番怪しいのはモナだ。意図的に被害が拡大するように仕向けているとさえ考えられる。

ではそれはなぜか。

理由は妄想を働かせれば様々思いつくが、大きく分けて二種類。一つ目は、それが州のためになることだから。二つ目は、たとえ州を裏切ってでもすべきことがあるから。

まあ、僕はこの州の住人じゃないからどっちだっていい。今大事なのは怪しいのがモナだということだ。


「今、モナが犯人である可能性が高まった」

「あの子が?」

「ああ。もしかしたら彼女が魔法を使って怪しいことをするかもしれない」

「それなら安心しなさい。もうこの州の全域を私は監視しているから」


そうだった。


「あれ?じゃあもう事件解決してないか?」

「そうね。私そう言わなかった?」


言っていたかもしれない。言われてなかったとしても察せてしかるべきだ。


「えっと、じゃあどうしよう」

「その辺でも歩いてくれば?もしかしたら目の前に現れるかもしれないわよ」

「だといいな」


いくら僕が弱くても、敵の狙いはゾンビだ。僕なんてそもそも眼中にもないだろう。


「じゃあ僕は…」


事件解決が時間の問題であるということはこの州の者には言わない方がいいだろう。しっぽを出すまいと僕たちがいる間は動かなくなる可能性があるからだ。


「デイビッドのところへ行ってくる」


デイビッドは今かなり信用できる存在だ。敵に回すべきではないという点でも、こちら側においておきたい。

僕はノラの部屋を出て、その足でデイビッドの部屋へ向かう。もしかしたらまだ帰っていない可能性もあるが、それならそれで別に構わない。話はまた会えた時で十分だ。

そんな軽い気持ちでデイビッドの部屋の前まで向かい、ドアをノックをする。

すると、これまで同様中からデイビッドが扉を開けて出てきた。


「やあアーサー。何か用かな?」

「もう戻ったんだな。実は事件に関して進展があったから伝えておこうと思って」

「本当かい?ぜひ聞かせてくれ」


そう言ってデイビッドは僕を部屋の中へと誘う。


「散らかってて悪いけど」

「うん…」


謙遜とか社交辞令ではなく、動かざる事実だった。

僕は足の踏み場を探しながらまたも苦心して部屋の奥、窓際の椅子に案内される。


「さ、聞かせてもらおうか。進展について」

「その前にちょっといいかデイビッド」


首をひねって今しがたくぐってきたドアに目をやる。部屋の大きさは僕のにあてがわれているものと同じなはずなのに、僕の部屋よりも窓からドアまでの距離が長く見えた。

その一方で部屋自体はここの方が圧倒的に狭く感じる。魔法の部屋かここは。

さすがに我慢できなかった。


「話、部屋の片付けしながらでもいいか?」

「え?いや、そんなの悪いよ。片付けならあとで自分でやるから…」

「いや、今やらせてくれ。頼む。僕を助けると思って」


他人の部屋を片付けることが我が身を救うと言う僕のことを、この時デイビッドはどう思っただろうか。

彼は何とも言えない笑みを浮かべていた。


「えっと…じゃあお願いしようかな」

「よし。じゃあ僕はゴミと思われるものを捨てていく。お前は捨てられるとまずいものを片付けていくんだ」

「分かった」


デイビッドはすくっと立ち上がり、まず散らばった書類を拾いにかかった。

ゴミを捨てると言った時、この部屋にゴミなんてないと言われなかったのは僥倖だった。いや、ゴミと分かっていてそれを置いたままにしているというのは、それはそれで問題だが、しかしいざ片付けを始めるとなるとゴミと分かっている方がやりやすい。

部屋の端の方に目をやると、そこにはくしゃくしゃに丸められた便箋や、端の破られた封筒などが目に入った。

僕はまずそこを最初の狩場と定め、ゴミ箱を片手に近づく。


「じゃあ、片付けながら話すけど、うちには魔術師が一人いてな。そいつがこの事件を解決してくれることになった」

「へえ。魔術師が。一体どんな方法で?」

「えっと…捕まえる。物理的に」

「物理的に?」


デイビッドが書類を拾う手を止めてこちらを見た。


「手が止まってるぞ」

「そりゃ止まるさ。君の仲間がどれほどの魔法の使い手かは知らないけど、それを約束するのは軽率じゃないかい?」


思わず手を止める気持ちも、そう言いたい気持ちもよく分かる。長く解決でいていなかった事件がふらっと立ち寄っただけの魔術師によっていとも簡単に解決されようとしているのだから。


「安心してくれ。実力は僕が保証する」

「そうか…。まあ、君がそう言うなら大丈夫だろう。あてにさせてもらうよ」


何とも柔軟に手のひらを返すデイビッド。これが社交辞令でなく本心だとすれば、この男、実はあんまり頭がいいわけじゃないんじゃないだろうか。部屋の散らかりようがそのまま脳内の散らかりようと言うわけではないが。


「ところで、真犯人についてどう思ってる?僕は今モナさんを疑っている」

「奇遇だね。僕もさ」


デイビッドはこちらに顔を向け、口の端を釣り上げてそう言った。やっぱり建前としてさっきモナの家で話した内容とは、違う結論だ。


「逆に、彼女たちは君のことを疑ってるみたいだぞ」

「え?僕を?」


デイビッドの浮かべた笑みが霧散する。このことは予想してなかったようだ。


「ああ。理論上、お前の籠手でゾンビを死体に戻すことはできるからな」

「…なるほど。確かに、ゾンビにとっては元の死体に戻ることが最も自然、か」


どうやらデイビッドは納得しているようだが、納得している場合ではない。


「デイビッド。何か反論はあるか?」

「うーん…やってないものはやってないとしか…」


デイビッドは困り顔で言う。まあ、当然だろう。動機も何もないのに可能だからというだけでかけられる疑いなんて、どうしようもない。

一般的な反論方法としてはアリバイくらいだが。


「この事件が始まったのは9年前だろ?その籠手を手に入れたのは何年前なんだ?」

「…10年前。僕が15歳の時からだからね」

「でも、事件が始まった時、16歳のお前はこっちに来ることができるのか?」

「できないよ。でも、それを彼女たちにどう説明すれば信じてもらえる?」

「それは…」


首都の制度をよく知らない彼女たちにとって、16歳の時はまだこっちに来る権利がなかった。などと説明しても信じてはもらえないだろう。


「難しいだろうな。まあ、言い訳なんて今更必要ないだろ。こっちはこっちで犯人逮捕までは時間の問題なんだ。ただ待てばいい」

「そうだね…」


事件は解決目前まで進んだというのに、デイビッドから帰ってきた返事はどこか歯切れの悪さを感じるものだった。


「何か思うことでもあるのか?」

「ん、いや、思い過ごしかもしれないけど…犯人を捕まえることについて、一ついいかな?」

「何だ?」

「今回の事件には実行犯とは別に黒幕がいるという可能性はないか?」

「ないか、と聞かれると…」


ないとは言えない。エナジードレインで吸収したエネルギーはそれを行った者の好きにできる。魔法に使用したり、自分のエネルギーにしたり、他者に譲渡したり。


「ないとは言い切れない。けどそんなこと、実行犯を捕まえてから尋問すればいいだろ」

「尋問…」

「その右手の籠手で相手の悪意は消せるんだろ?」

「ああ」

「なら大丈夫だ」


と、こう言い切って見せる撲だが、もしもその黒幕が実在して、実行犯というのがその黒幕が作った意思を持たぬ操り人形だったらどうだろうか。捕まえてみても尋問はできない。ただ、かつてデイビッドと遭遇した際逃げたあたり、捕まえることは相手にとって痛手になるはずだ。

取り敢えずはノラが実行犯を捕まえるのを待とう。そう結論を下したところで僕は目の前に落ちる最後のゴミをゴミ箱に放り込む。


「デイビッド。こっちはある程度終わったぞ」

「僕も書類は拾い終わったところさ」

「じゃあ、残りは服か」

「うん。場所が空いたから、着た服とこれから着る服を分けることはできそうだ」

「よし。じゃあこれから着る服だけ一か所に固めてくれ」


デイビッドの指示を出してから僕はポケットに手を突っ込み、ノラと通信用のガラス玉を取り出す。


「ノラ。頼みたいことがある」

「ああ、アーサー。丁度いいわ。あんたをこっちに呼ぼうとしてたのよ。来なさい」

「え?」


次の瞬間。僕の視界はノラの部屋に切り替わっていた。いつもの視界の歪みがそろそろ恋しくなってきたところだ。

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