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第4話 肺腑の死人⑪

しかし、モナは独りで部屋を出ていこうとはしなかった。


「…妹に紹介しますから、一緒に来てください」

「え、僕がですか?」

「…はい。捜査の資料はわたくしの部屋にありますけど、捜査自体は妹と共同でしてますから」

「そうですか」


これから一緒に仕事をするという意味では、今のうちに顔を合わせておくのは必要なことか。そう思った僕はモナの後について階段を下って行った。

ちなみに独りは嫌だったのか、デイビッドもついてきた。

階段を下りていると、下からはモナの妹が上がってきたようで、僕たちは階段の半ばで鉢合わせすることになる。


「お、なんだやっぱり上にいたのかよ」


そう言ってこちらを見上げるモナの妹の顔を、僕は見たことがあった。


「あの時デュルヘルムの家で…」


食料を持ってきたとか言ってやって来た女性だ。

昨日と同じ服を着ているが、昨日とは違ってズボンは汚れていない。同じ形の別のものということだろう。


「ん?見たことない…いや、一回だけ見たことある奴だな。おっさんのとこで」


どうやら向こうも僕の顔を覚えていたらしい。


「…彼のことも紹介するから、一度みんなで下に降りるわよ」

「おう。はいはい」


その場で翻って軽快に階段を下りていくモナの妹。僕たちはその後を追って階段を降り、みんなで揃ってリビングに入った。


「よし。おれはルナだ。こいつの姉で農業大臣。よろしくな」


ルナは振り返り、腕組みをしながら言い放つように自己紹介した。情報量は少なかったが、それゆえに僕はすぐさま違和感を覚えることができた。


「あれ?妹さんじゃなかったんですか?」

「誰がだよ?」

「さっきモナさんからはあなたが妹だって…」


聞き間違いだろうか。姉と兄を聞き間違えるならまだしも、姉と妹を聞き間違えるだろうか。字面は似ていても、姉と妹は読み方は全然似ていないのに。


「…間違いないです。わたくしが姉。ルナはわたくしの妹です」

「何言ってんだよモナ!先に生まれたのはおれだろ。おれが姉だ」

「…年上なのはわたくしです。姉はわたくしだと何度言えば」


先に生まれたのはルナで年上がモナ?双子ということだろうか。双子なら先に生まれた方を妹、後から生まれてきた方を姉とする方法もあるが、双子にしては似ていない。

まあ、僕の知る双子があの「双子」なので、多少常識から感覚はずれているかもしれないが。

普通双子でもあそこまで鏡写しではないだろう。


「…まあいいわ。そんなに姉呼ばわりされたいなら、姉を名乗ることを譲ってあげても」

「だからそうやって年上ぶるな!大人な対応したからって大人じゃないからな!」

「まあまあ2人とも落ち着いて」


にこやかに2人の間に割って入るデイビッド。そしてすかさず右手に籠手を出現させ、握りこんで安定空間へと2人を誘う。


「…まあなんでもいいや。そんな意固地になることでもないな」

「……そうね。別にどちらでもよかったわ」


こうして目の当たりにすると少し恐ろしい気もする力だ。

ただ精神を安定化されただけで、デイビッドが結果を恣意的に選択できる精神操作とは違うのだが、しかしこうもてき面に安定化されるとは。


「…そんなことよりルナ。作業着の上着はどこへやったの?」


かと思えば安定空間が解かれると、モナは静かな口調ではあったが、両手でルナの両肩を掴んで離さず、両目は射貫くようにまっすぐルナを見据えていた。

どうやらデイビッドの安定空間は空間が消失してからも持続したりはしないようだ。


「ん?ああ。心配しなくても無くしてないって。ちゃんと家に置いてあるから」

「…家においてちゃ意味ないでしょ。どうして着ないの?」

「いや、おれだってあの上着は気に入ってるよ。でも、着ると汚れるだろ?特におれの仕事だと」


ルナは確か農業大臣。昨日のズボンの汚れから察するに自らも畑に鍬を振り下ろすタイプの農業大臣のようだ。


「…だからといって、着なかったらルナの肌が直接汚れるでしょ?それじゃ意味ないのよ?」


妹に言って聞かせるように言葉を紡ぐモナ。ここだけを見るとモナの方がお姉さんらしいが。

しかしそれはルナにとって日常茶飯事なのだろうか、ルナは悪びれるそぶりも見せない。


「分かった分かった。明日はちゃんと着るから」


適当にあしらうように口約束をかわすルナ。彼女のことをよく知らない僕にも分かる。この約束は果たされない。


「あ、そうそう。アーサー。今こっちに来てる双子っててめえの仲間なんだよな?」


モナからの追撃を待たず、ルナは話題を変える。


「え、ああ、そう、ですけど…」


てめえという乱暴な二人称から、双子が何か粗相をして、それを責められるのかと身構えてしまったが、しかしルナの口から続いて飛び出した言葉は予想外のものだった。


「いやー、助かってるよ。あいつら意味分からんくらい作業が早いからな!もう明日の分まで仕事終わったぜ」

「へー、あ、そうですか」


何のことかは知らなかったが、何となく察しは付く。暇つぶしにぶらぶらしていた双子が農作業に首を突っ込んだのだろう。そして大活躍した。よくあることだ。


「…座って話しましょう。メルツベルツの話よ。ルナ。あなたも知ってることを話して」

「…。あのくそ野郎の話か。ま、いいぜ」

「あの、僕はいいかな?ここでお暇させてもらっても」


僕たちがテーブルに向って歩き始める一方、デイビッドは一人その場に立ち止まってそう申し出た。


「ああ、てめえはもう知ってる話か。いいぜ。好きにしろよ」

「どうも。一足先に捜査に戻らせてもらうとするよ」


そう言ってデイビッドは一人モナの家を後にしたのだった。

そして残された僕はモナとルナからメルツベルツというグールの話を聞くこととなった。


「まず話はここが州になったころにさかのぼる」

「…この州に集まったのは他の州には入れなかったあまり者たちでした」

「エルフでも、妖精でも、獣でもない。水の中にも入れないそんな奴らだ」


確かにここは死人街と呼ばれているが、死霊系でない魔物、ゴブリンやスライムもいる。


「…そんなこの街は周囲の州が不要になったものが流れ着く場所になりました」

「主にゴミ。たまに死体だ」

「…死体は本当にたまにしか来ませんでした。この街にかつていたグールをとても賄いきれないほどの量しか、来ませんでした」


その死体というのはほとんどが人間のものなはずだ。

人間は確率的には毎日何人かは死んでいるだろう。しかしそのすべての死体が「いらないもの」となるわけではない。いや、普通はそうはならない。遺族が引き取り供養をするものだ。

しかし中にはそうでない死体もある。身寄りのない者や罪人、あるいは疫病が流行したときなどは感染者の死体もこの死人街に押し付ける形で処理してきただろう。


「簡単な話、それでグールたちは同じ州の仲間を食うようになったんだ」

「…ゾンビたちはもちろん抵抗しますが、それはあくまで仕事を続けるためのもの。生への執着からのものではありませんでした」

「ゾンビが食われると困るのはおれたちだ。ゾンビがいたおかげで回ってる仕事がほとんどだからな」


ゾンビは死霊術によって魔力を原動力とする魔物として復活した死体だ。彼らの行動原理は死霊術の術者の命令に従うこと。命令の遂行のためなら何だってする。自分を狙ってる者がいると分かっていても、襲われるまでは命令に従い続ける。そんな魔物だ。


「…グールは死体の肉を食べます。なので、食べられたグールはスケルトンとして復活させることをはじめのうちは解決策としていました」

「でもそれじゃダメだった。肉を無くしたむき出しの骨は、ゾンビと比べると圧倒的に脆かった」

「…そこでだんだんとグールが問題視されるようになりました。自らの身が直接害されるわけではないだけにその思いは火のように燃え広がりはしませんでしたが、じわじわと街全体に染みわたり、あるとき決壊した」

「戦争だ」


ルナは拳を握りしめて言った。その戦争のことを実際に見たわけではないが、一つの種族が消えたほどだ。苛烈なものだったのだろう。


「…結末は既にお判りでしょう。我々が勝ち、グールたちは負けました」

「で、メルツベルツを倒したのがおっさん…デュルヘルムのおっさんだったってわけだ」

「…おじさま本人は遠慮していましたが、最終的には皆の意思を尊重してこの州の代表になることを承諾してくれたということです」


ここまで話して二人はともに口を閉じた。

今の説明でメルツベルツがこの州にとってどういう存在かということは分かったが、しかし肝心なことはまだ聞けていない。


「あの、今回の事件ではメルツベルツの痕跡が残っていたと言ってましたよね」

「…そうでした。そのこともお話しなければいけませんでしたね」

「マークだよ。食べ残した骨を綺麗に並べて、その頭のところにマークを書くんだ」

「どんなマークなんです?」

「えっと…目が一個で、口開けたぎざぎざのキバみたいなマークだ。羽も生えてる」


しばらく言葉を詰まらせてから説明を始めたルナだったが、しかしその説明は容量を得ない。


「…こういったマークです」


言うとモナは掌から魔力を放出し、僕の目の前にそのマークを描き出した。


「…うちの妹の説明が至らず申し訳ありません」

「お前が最初からこう説明してりゃよかっただろ?悪いな。おれの妹の気が利かなくて」


姉妹仲良くけなしあってるうちにマークは完成する。

大きな円を横切る2本の稲妻線と、その円の上部に重なるように描かれたもう1つの円。そして2枚の翼。

2つ目の円を目に見立てるとルナの言う通り牙をむいた単眼の獣のようにも見えるが、僕にはどちらかというと割れた卵から翼が生えてる印象を受けた。まあ、その場足上部の丸が何なのか分からなくなってしまうのだが。


「なるほど。このマークが今回の被害者の傍らにも描かれていたんですね?」

「ま、そういうことだ」

「他に犯人が彼だという根拠は?」

「…襲い方です。決まった狩場を持たず、必ず被害者は1回につき1人」

「なるほど」


マーク自体は偽装や模倣という線から証拠としては弱いと思っていたが、行動パターンの一致はまだ証拠として強い気がする。

といっても行動パターンだってある程度知れ渡って入るはずだから偽装や模倣と言えなくもないが。


「確認しますけど、ゾンビはエナジードレインで魔力だけ抜き取られてたんですよね?」

「…そうです。ただ、魔力が抜けてるだけで、エナジードレインとは限らないです」


と、ここでモナはさっきは言ってなかったことを言い出す。


「どういうことです?」

「お前は知らないのか?デイビッドの持ってる力のこと」

「デイビッドの…ああ、なるほど」


つまり二人はデイビッドにも今回のような手口を用いた犯行ができると考えているわけだ。

魔力で動かされてる死体を安定化させれば、魔力が抜けてただの死体に戻る。なぜなら死体にとって、それが最も自然な状態だからだ。


「えっと、ちょっと待って下さいね…」


何というか、この事件、思った以上に込み入ってる。事件そのものがというより、捜査本部が。


「一度全員で集まって話し合いませんか?」

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