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第4話 肺腑の死人⑩

デイビッドが先に立ってモナの家へと進んだ。

デュルヘルムの家にお邪魔したときは特に隣の家を注視したりはしなかったが、意識して見るとデュルヘルムの家の殺風景さが浮き彫りになる。モナの家の芝はちゃんと手入れがされているし、玄関先に並んだ鉢植えの木も生き生きとした葉を付けた枝を伸ばしている。

ドアにはライオンの顔を象ったドアノッカーが取り付けられていると思えば、ドアを叩く部分はベルのスイッチを押す仕掛けになっていた。

デイビッドは持ち手を掴んで二度、打ち鳴らすようにベルを鳴らした。

ややあってからドアが開かれる。中から出てきたモナはさすがにというかなんというか、割烹着は身に着けていなかった。

濃い黒のタイツにひざ丈の黒のスカート。上は白の長袖ブラウスを一番上のボタンまで留めていた。

彼女は最初にデイビッドを見たが、ふっと僕に視線を送り、再びデイビッドを見る。


「…どういった御用でしょう?」

「アーサーにも事件の資料を見せてあげてほしいんだ。彼も事件の調査に加わってくれることになったから」

「…話したんですか?…事件のことを」


モナは僕に視線を送った。

睨まれたように感じたが、それが気のせいだったかどうか、確かめる間もなしにモナは僕から視線を外した。


「…どうぞ。…先客がいらっしゃいますが」


そう言ってモナは踵を返し、家に入る。僕たち2人も後に続き、リビングに通された。


「なっ…」


そして通されたリビングに鎮座する「先客」を見て、僕はそんな驚愕の声を上げた。


「ノラ。何でお前がここに…」


露骨に嫌そうな顔をするだろうと思ったノラだが、しかしそんな予感に反してノラが浮かべたのは驚きと、困惑の表情だった。


「これは、あの…個人的に興味があっただけだから」

「ああ、そうか。僕も個人的に、用があってきたんだ」


ノラが気まずそうにしているのは罪悪感からだろうか。僕に対して勝手な行動を取るなと言っておきながら自分は単独行動を取っているということに対しての。

確かにノラが僕に言ったことからすれば多少一貫性に欠ける気がしなくもないが、しかしだからといって自由時間にどこへ行くかいちいち報告しろと言うのも変な話だ。この辺りがちょうどいい落としどころなんじゃないだろうか。


「…ごめんなさいノラさん。もう少しお話ししたかったところなんですが、仕事のお話が来てしまったので」

「ええ。そうね。色々教えてくれてありがとう。しばらく自分で研究してみようと思うわ。それじゃ」


そう思ったものの、それが言葉になって僕の口から飛び立つ前に、ノラは魔法で姿を消してしまった。


「…事件のこと、でしたね?」


ノラのいた方からくるりと向きを変え、僕たちのいる方を向いたモナ。ノラが何の用でここへ来ていたか気になるが、こうなっては先にその件から片付けるしかあるまい。


「はい。僕にも詳しい話を聞かせてもらえないかと思って」

「…それは、捜査に協力してくれるということでしょうか?」

「ええ。僕でよければ、ですけど」


お前なんていらない。とここで言われてしまえばそれまでだ。いや、それまでとか言ってないで何とか食い下がるべきなのだろうが。


「…ありがとうございます。事件についてはどこまで聞きましたか?」


僕は彼女に洗いざらい話した。洗いざらいと言うと取り調べを受けたように聞こえるが、しかしモナさんは僕がどこまで聞いたかをそれほど子細に問いただしたのだ。

語気にこそ覇気はなかったが、しかしその視線からは僕の奥の奥までほじりだしてやると言う信念のようなものが垣間見えた。

既に僕が知ってる内容を重ねて教えるのは時間の無駄だからなのだろうが、この取り調べでその時間を取り返せるのかどうかは怪しい。


「…なるほど、そこまで知ってるのですね」

「ええ。聞いたのは今ので全部ですよ」


捜査線上に浮上した容疑者のところまで話し終え、ようやく僕は聞いたことを全て話し切る。


「…分かりました。では、起こった事件を地図にまとめたものがあるので、どうぞ上の階へ」


そう言って僕たちは二階へと誘われた。

その二階の一室には一切の家具がなかった。しかし物がなかったわけではない。家具がないことによって空けられたスペースを埋め尽くさんほどの量の書類が、その部屋の床に直に置かれていた。

ただ一点特筆するならば、床に置かれている書類たちは整然と配置されており、内容を読まなくても何らかの意味のある配置なのだろうということがうかがえる。

そして問題の地図は部屋の一番奥、ドアの向かいの壁に貼り付けられていた。

所々に丸印が付けられており、その丸の上や傍らに細かい文字が記されている。


「…時系列ごとに説明します」


そう言ってモナはとある丸を指さし、被害者の名前、発見された時期、発見時の様子を語った。

そして次、次、次、と網羅的に事件の説明がなされる。

ゾンビの名前には生前の名前を使っているらしく、されど生前の人物とは別の存在としているらしく、どの名前にも最初に「元」が付いていた。

そして説明を受けて気付いたことがもう一つ。場所があちらこちらへとよく飛ぶ。足跡のように点々と続くのではなく、街の東で起きたかと思えば次は西、次は南、そしてまた東で北、南、南、とおよそ規則性のあるものとは思えない場所の選び方だ。


「…以上です」

「ありがとうございます。本当に傾向とかはないんですね」

「…ええ。見ての通り、街のあちこちで満遍なく起こってます」

「なるほど。…一度も同じ場所で事件が起きていないな」


思ったことを口にした僕だったが、意外にもその発言にモナは反応した。


「…そうです。縄張りや狩場を作らず、襲う時は必ず一対一。第一容疑者の行動パターンと合致する特徴です」

「第一の容疑者?」


デイビッドからは容疑者はレイス全体と非常に曖昧なものだと聞いていた。

モナの言葉を待っていると、モナはゆっくりと語りだした。


「…グールの王。メルツベルツです」


グールの王、という聞きなれない言葉とその後に続く初めて聞く名前。モナは容疑者として挙げた名前だが、デイビッドからは聞いていない。というかこの州にグールはいないはずだ。

デイビッドに視線を送ると、彼は嘆息交じりに口を開いた。


「モナさんたちはそのグールを第一容疑者と考えているんだ。…犯人と遭遇したときに、その可能性は捨ててもらえたと、僕は思ってたんだけどね」

「…もちろん奴が犯人だという裏付けはできていません。…しかし、行動は奴そのものですし、動機も十分あります」

「おいデイビッド。モナさんとは協力し合って捜査しているんじゃないのか?どうして容疑者に対する見解に違いがあるんだ」


まさか、デイビッドとモナで持ってる情報に違いがあるんじゃないだろうか。二度手間だが、これはモナからも話を聞くべきだろうか。


「安心してくれアーサー。事件に関する情報は共有している。それぞれ違うアプローチをしてるだけだ」

「…どちらが正しいか分からない以上、どちらの操作も進めるべきですから」


モナの言うことにも一理ある。

最初の事件が起きてから9年が経過しているというのに、今に至るまで犯人を捕まえることはおろか特定することもできていない以上、可能性を絞ってしまうのはよくないだろう。


「そうですね。じゃあ、モナさんの推理の方を聞かせてもらいましょうか。デイビッドのはさっき聞いてきたので」

「…もちろんです。まず現場に残された体の付近に残されたマーク。これはメルツベルツがかつて捕食を行ったときに残していったものと一致しています」


モナは淡々と、メルツベルツが共通理解の存在であるかのように語り始める。


「あ、いや、あの、ちょっと待ってください」


たまらず僕は声を上げる。


「その、グールの王でしたっけ。メルツベルツ。誰なんですか?この州にはもうグールはいないでしょう?」


僕の知識ではそういうことになっている。どうも戦争があったらしい。その戦争で勝ったのがデュルヘルム。

まあ、死人街なのだから死人を糧とする存在は排除されても何ら不思議ではない。


「…ええ。我々が掃討しましたから」

「その時のグールの王が彼女の言うメルツベルツさ」

「え?でも、倒したんだろ?」

「ああ。復活したと考えてるんだよ。彼女は」


肩をすくめて見せるデイビッド。モナはデイビッドの説に否定的ではなかったが、デイビッドはモナの説に対してそうではないらしい。


「まあ、復活自体はありえなくはないですね…」


僕の知識の範囲では、前例がないではない。


「ただ、今回の犯人はエナジードレインを持っています。グールにそんなことが可能ですか?」

「…奴を討ち取ってからかなりの時間が経ってますから。…死霊術を習得したとしても、不思議ではないです」


それを言ったら何だって起こるだろう。と、言いたいところだが、実際に魔力というものは「何だって」可能にすることのできるエネルギーだ。


「アーサー。君はどう思う?大抵のことは知ってるんだろ?」


僕の知識を頼りにしてくれるのは光栄だが、残念ながら期待にそえるような答えは返せない。


「あり得ないと言い切ることはできないよ」

「え…そうなのか?」


意外だったのか、僕を凝視するデイビッド。


「ああ。可能性は低いと思うけど、現に9年も犯人が分からないままなんだ。何が起こっててもおかしくないと思わないと」


と言う僕だが、しかし僕自身モナの考えるようなことが起こったとは心から思っているわけではない。

知っていることは武器だが、時としてそれは枷にもなる。半ば知っているがために完全に可能性を捨てきれないのだ。


「なるほど…。それもそうだね」


デイビッドはゆっくり頷きながらそう呟くと、しばしの沈黙が訪れた。すると、丁度その沈黙を破るように玄関の方から声が聞こえてきた。


「モナー!いるかー!」


どこかで聞いたような声だった。それが誰だったか思い出すよりも早く、デイビッドは


「ルナさんだね」


と口を開いた。


「…すみません。妹が来たようです。恐らく仕事のことだと思われますので…」

「あ、はい。もちろんそっちを優先してください」


こうなっては仕方ない。モナには仕事をしてもらい、その間僕はこの部屋の資料に目を通しておこう。そう思ったのであった。

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