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第4話 肺腑の死人⑨

辛さとは本来有害な味だ。

しかしそれは人に食べさせるために考えられたうえでの味付けとなると話は別なようだ。

その証拠に僕の舌は辛さに焼かれながらも、徐々にそれを受け入れつつあった。

噛んでいたものを呑み込み、口に物がなくなると口の中に残る辛味がひりひりと次の一口促すようにくすぶりだす。それを何度も繰り返すうちに癖になる。


「あれ、アーサー。もしかして君は辛い物得意な人かい?」

「ん、いや、特にそういうわけじゃないんだが、これはうまいな。食べられる」

「もし途中でつらくなったら無理しなくていいんだよ」


そういうキレネの器は空だった。

さすがにさっき食事を済ませたとあって、ここからさらにお替りを求めはしなかったが、しかしチャンスがあれば僕の分まで胃袋に納めるつもりだったのだろう。スプーンは握ったままだった。

食べ残しを減らすという意味ではいいことと言える。


「大丈夫だキレネ。全部食べられるよ」


有言実行。はたして僕はその数分後、供された料理を全て平らげた。


「…それではこちら、お下げします」

「ごちそうさまでした」

「…お昼はいつ頃にしましょうか」


侍女は空になった食器を一つ一つワゴンに乗せながら僕たちにそう尋ねた。


「あ、お昼…えっと」

「ノラたちは12時って言ってたよ」


キレネが教えてくれたので僕はその時刻を告げた。わざわざ時間をずらす必要ももうない。

と、ここでデイビッドは予想外のことを口にする。


「それじゃ、僕もその時間にさせてもらいます」

「お昼も一緒に食べるのか?」

「ああ。まずかったかな?」


数秒考えて僕はかぶりを振る。今日時間をずらしたのはデイビッドを警戒してたからであって、彼が協力的であり、なおかつ嘘を見破る力の仕組みが分かった以上、わざわざ仲間を彼から遠ざける必要はなくなった。


「…それでは皆様12時ということで、そのように準備しておきます」

「お願いします」

「ありがとう」

「いただきます」

「キレネ。それは少し気が早い」


ともあれ僕たちは食堂を出た。

少し歩いたところでデイビッドはくるりと振り返った。


「僕はこれから仕事だけど、君たちはどうするんだ?」

「僕たち?えっと、それは…」


デュルヘルムとオスカーが結んだ約束ではこの州を出るまで僕たちにはやることがない。ただただ無事に過ごせばいいだけだ。


「もし手が空いてるなら手伝ってほしいことがあるんだけど、いいかな?」

「手伝って…?とりあえず詳しく聞かせてもらっていいか?」


デイビッドは僕に対して協力的だ。だから僕も彼に少なからず協力的でないといけない。

というのは建前、というか嘘だ。単に彼に何かしてもらいっ放しだと、勝手に僕が負い目を感じてると思ってデイビッドがつけあがる可能性があるからだ。


「ここじゃなんだから、僕の部屋に移ろうか」


確かに立ち話もなんだし、何よりここには無関係なキレネがいる。


「いや、それはやめておこう」


しかし僕はその申し出に待ったをかける。


「話すなら僕の部屋にしよう」


正直あの部屋にはもう戻りたくなかった。


「…。そうしようか」


結果、僕とデイビッドはともに僕にあてがわれた部屋へ向かう。

キレネと部屋の前で別れ、僕たちは中に入って早速話始める。


「で、話というのはだね…」


デイビッドはある事件について語った。要約すると以下のようなものだった。

数年前から何者かが州の魔物を襲うようになった。ことが起こり始めた時は何か月かに一回というまれな頻度だったので特に事件性は疑っていなかったらしい。

しかし徐々に発生の頻度は高まり、今ではほぼ毎日誰かが襲われているらしい。

全ての被害者に共通するのは、一切の外傷がなく、生命力だけが消えているという手口と、被害者の種族。被害にあったのは全てゾンビだという。

それ以外は時間帯も場所もばらばららしい。


「被害者はみんなゾンビなのか?」

「ああ。だから個人的な恨みによる線は低い」


ゾンビは死霊術を用いて死体の神経を刺激し動かしている。生物というよりはゴーレムなどに近い魔物だ。つまり体は動けどそこに人格はない。故に個人的なトラブルなどが起こるはずはないのだ。


「はじめはグールがまだ生き残ってるんじゃないかって言われてたよ」

「ああ。ゾンビはグールの主食だからな」

「でも冷静に考えればそれはないと分かる」


そう。もし肉が目的の殺しならば、そこに死体が無傷のまま残るのはおかしい。


「つまり残された可能性は快楽殺人者かエナジードレインによる捕食か。…エナジードレインをできる者が犯人なのは間違いないんだな?」

「被害者の状況を参考にする限りではね」

「それじゃあかなり容疑者は絞られるだろ」


この州に存在する魔物の中で種族上エナジードレインができるのはレイスとヴァンパイアのみ。しかしヴァンパイアのエナジードレインは対象に歯を突き立てて行われるため、被害者は無傷ではいられない。


「まあね。レイスか、個人的にエナジードレインを会得してる者。ちなみに後者に関してはこの州には1人しかいない」

「その1人って言うのは?」

「モナさんだよ」


初めて聞く名だった。


「その人の種族は?」

「リッチだよ。元人間のね。食堂にいた彼女さ」

「食堂の…あの人が?」


ただの色白の侍女だと思っていたが、どうやらただものではなかったようだ。


「うん。ああ見えてこの州の管理大臣だよ」

「大臣?」


管理大臣というのがどれほどの地位かは分からないが、少なくとも大臣であることは確かだ。


「そんな人が何で僕らの食事なんかを…」

「さあね。彼女のみぞ知る、だよ」


肩をすくめるデイビッド。ならば僕もその点を追及はすまい。


「で、他にはいないのか?エナジードレインを後天的に使えるようになった者は」

「いない。昔はデュルヘルムも使えてたらしいけど、今は使えないらしい」

「使えなくなった?」

「ああ。彼曰く死期が迫ってるかららしいけど、原因は分からない。僕の安定空間でも回復しなかったから、魔法とか薬で阻害されてるわけじゃなさそうだよ」


かつて使えたエナジードレインを使えなくなる理由というのは興味深い話だが、今回の事件においては問題ではないだろう。使えないという事実だけで十分だ。


「デュルヘルムが嘘をついてるってことは?」

「ないよ。安定空間では精神も安定化される。人を欺こうとはできないはずだ」


籠手の持ち主はデイビッドなのでその判定にケチをつけるつもりはないが、鵜呑みにはしないでおく。心が平安だからと言って、敵意を抱かないからと言って、嘘をつかないとは言い切れないはずだ。


「なるほど、じゃあ容疑者はそのモナさんとレイス全員というわけか」

「いや。モナさんは容疑者から外れるよ。僕がこの事件の捜査に協力し始めてから一度、犯人に遭遇したことがあるんだ。その時モナさんはルナさんと一緒に僕の隣にいた」

「遭遇したことがあるのか!?」


そういうことは早く言って欲しい。早くというか、真っ先に。

外見的特徴からなら僕の知識と照らし合わせて種族くらいは特定できるかもしれないし、手口だって子細に分析できるかもしれない。


「遭遇と言っても、既にゾンビを襲った後で逃走する後ろ姿の残像を、だけどね」

「残像?」

「かなり速く動き回れるんだ。少なくとも僕の眼じゃ黒い影が逃げていくようにしか見えなかったよ」


咄嗟のことならあまり速くなくてもピントが合わずに黒い影に見えるかもしれないが、高い運動能力を持つ可能性があるとは思っておこう。


「…いや、待てよ。そいつは逃げたのか?」

「逃げたよ。風のようにね。安定空間の射程圏外だったから止めることもできなかった」

「今現在の容疑者ってレイスだけなわけだよな。だとしたらおかしいぞ。レイスはその能力をほとんど魔法に振り切った存在。逃げるなら瞬間移動や不可視化を使うはずだ」

「うん。その通りだ」


デイビッドは頷くのみで、全くはっとした顔をしない。僕が何か間違ったことを言ったのだろうか。それとも驚きを籠手の力でかき消してるのだろうか。


「かく乱のためだと考えてる。あえて回りくどい逃げ方をすることでね」

「かく乱…」


確かに瞬間移動や不可視化を使えるものがあえて走って逃げることはできる。犯行を何年も繰り返すうちに捜査を意識しだしたということだろうか。


「事件の概要は以上だ。容疑者については色々考えられてるけど、正直言ってこれ以上考えても無駄だと思うんだ」

「無駄って…」


じゃあなぜ僕に話した。僕の知識をあてにしたんじゃなかったのか。


「もちろん君の知識で分かることがあれば教えてほしいんだが、僕としては戦力の拡張、人手を増やしたいと思ってるんだ」

「人手って言ったって、こっちは…」


実体を持たないレイスさえ朝飯前で捕らえられるであろう魔術師、肉眼で捉えられないレベルでの移動が可能な双子、監視カメラを数百個単位で量産できるエルフ。


「分かった。協力しよう」


犯人が誰か、推理で答えを出そうとするのが馬鹿らしく思えてきた。もう物理的に捕獲してしまった方が早いだろう。間違いなく。


「この州の地図とこれまでの現場の情報が欲しい」

「それならあるよ。と言っても、僕の部屋にはないけどね。モナさんのところにあるはずだ」


モナさんとはあの大臣のリッチだが、彼女も最初は容疑者だったはず。そんな人物のところに捜査情報を置いておいていいのだろうか。

まあ、デイビッドに管理を任せるよりは数段ましだろうが。


「彼女は炊事以外の仕事は基本的に家でするみたいだから、多分今行けばすぐ見せてもらえると思うよ。どうする?」

「…そうだな。行こうか。彼女の家はどの辺りにあるんだ?」

「僕が案内する。行こうか」


立ち上がるデイビッド、徒歩での移動をためらわないということはそこまで遠くないのだろう。しかし僕はそんな距離の移動さえためらう。


「いや、待て。うちの魔術師に転送してもらうから大体の位置を教えてくれ」

「口頭でかい?えーと…なんて説明しようかな。デュルヘルムの家の隣なんだけど…」

「何だそうなのか。その情報で十分だ」


一度行ったことある場所なら何の問題もない。

僕も席から立って部屋を出、ノラの部屋の前まで移動した。そしてそのドアをノックする。

応答なし。


「留守かい?」

「そうみたいだな」


居留守という可能性を無視するならば、だが。

僕はポケットからガラス玉を取り出して表面をこする。これを使えばノラが寝ていない限り応えてくれるはずだ。


「何?」


ガラス玉にはノラの顔が映し出された。


「よかった。実は転送を頼みたいんだ。デュルヘルムの家まで。僕ともう一人、人間の男も一緒に」

「今あんたの後ろにいる人ね?」

「ああ。たの…」


頼めるか?と僕が聞く前に転送は終了し、ガラス玉からノラの顔は消えた。

未だにノラとの間に存在するコミュニケーションのずれ。それは風のように僕の内心をざわつかせる。

今はそんなことを考えている場合ではない、と自分に言い聞かせ、僕は目的の家を見据えた。

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