第4話 肺腑の死人⑫
全員で集まることを提案した僕だったが、デイビッドが今いないためそれはかなわず、後日全員で集まることを約束してから僕は屋敷に戻ったのだった。
「ルナとモナはデイビッドを疑ってるのか…。デイビッドも、ああ言ってはいたが彼女たちのことをまだ疑ってるんじゃないか?」
デイビッドは犯人と遭遇したとき隣に彼女らがいたと言っていた。
しかし、あらかじめ犯行に及んでおいて、偶然を装って三人でそこを通りかかったときに魔法などで影を投影したと考えれば、アリバイは崩れる。
それが可能かどうかは、やはりその時の状況をよく聞くしかないのだが、分からないことはもう一つある。モナの魔術の腕前だ。
「それはやっぱり、聞くしかないよな…」
誰に聞けば一番確実か。本人よりも確実な相手がうちにはいる。ノラだ。
僕はノラの居室の前まで来て、扉を叩く。
今日モナの家まで飛ばしてもらう時には扉を叩いてもノラは現れなかった。それが僕からためらいを奪ったのだろう。
しかし予想に反して扉はすぐに開かれた。
「あ…えっと…聞きたいことがあってな、ちょっと今いいか?」
「…別にいいわよ。とりあえず入って」
ドアを開けた人影に向かって言った僕だったが、しかしノラの声は奥から聞こえてきた。
目の前の人影をよく見ると、それは人影平面な影ではなく、立体的な存在だった。
「え、なにこれ…?」
「これ」と言ってしまってよかったのかと迷ったが、よく見るとそれはノラの形をした灰色の魔力の塊だった。恐らくノラが魔法で生み出した分身とかだろう。
「それは清掃魔法・術式乙女よ」
またも部屋の奥から声が響いてくる。
「すごいよね!形がノラそっくりでしょ!」
今度は別の声が聞こえてきた。キレネの声だ。
「キレネがいるのか?」
「そうだよ」
そう言って部屋の主よりも先に姿を見せたキレネに手を引かれて、僕は部屋の奥のノラの前まで連れてこられた。
「聞きたいことって何?」
僕がさっき言ったことを覚えていたようで、ノラはベッドの上で足を崩して座ったままこちらに目をやって呟いた。
ベッドの布団のへこみ具合から、今まで隣にはキレネが座っていたのだろう。
「その前によかったのか?今まで二人で何か話してたんじゃないのか?」
「…別に」
「うん。もう大丈夫」
僕と目を合わせようとしないノラ、僕の握った僕の手を離さないまま笑顔を向けるキレネ。この二人がさっきまで隣同士で同じ話題について話していたとは思えなかった。
「えっと、それじゃあ遠慮なく聞くけど、今日モナさんの家で会っただろ?彼女について教えてほしいんだ」
「…あの子について?…どういうこと?」
ノラの顔にはっとしたような表情が一瞬差したかに思えたが、しかしそれはすぐさま怪訝そうな表情によって塗りつぶされる。
「私は別に、あの子の使う死霊術が気になったから質問に行っただけよ。そこまで親しいわけじゃないわ」
「なんだ。そうなのか」
今日知り合った相手のことなど、よく知らなくて当たり前だ。そう思った時だった。唐突にキレネが口を開いた。
「ねえアーサー。私がさっきまでノラとどんな話してたか聞きたい?」
そう僕に問いかけるキレネが浮かべる笑みは、先ほどまで浮かべられていた無邪気なものとは違う、口の端を釣り上げた、悪い笑みだった。
「ちょっとキレネ…!」
ノラが顔を上げて睨みつけるようにキレネを見る。その視線には、この間までノラの中に微妙にあったキレネへの遠慮が、欠片を残っていなかった。
「アーサー。実はね…」
「ちょっと待ちなさいキレネ」
ノラは手の平を突き出してキレネを制止する。
「自分で説明するわ」
「分かった」
一つ頷いてキレネは口をつぐみ、ノラに先を譲った。
「さっきまで私は…説教されてたのよ」
「……。え?ちょっと!ずるいよ。私が悪者みたい」
キレネは不満そうに声を上げたが、しかしどうだろう。ノラの口から「説教されてた」と出れば間違いなく悪いのはノラという気になるが。
「最近の私のこと。…ちょっと大人げなかったところがあった。それは認めるわ」
「え、あ、ああ」
言葉を失った。キレネが僕たちの関係の溝に気をもんで何かすること自体は想像に難くはないが、ノラがこんなに素直に自分の日を認めるだなんて。
「でも勘違いしないで!あんたにも反省するべきところはあるわよ。いえ、基本的にあんたが反省しないといけないことなのよ?」
「それは!…もちろん分かってる。ごめん」
「……」
「……」
僕もノラも互いに次の句が告げなかった。いつかは解決しないといけない問題だった。しかしそれが意外なほど早く、唐突に解決されてしまったため、思考が次へと進まない。
多分、ノラも同じなのだろう。
「仲直り、した?」
僕が無理に言葉を絞り出そうとしたとき、キレネは僕とノラの顔を交互に見ながらそう問いかけてきた。
「ああ。できたんじゃないかな」
「そうね。そう思ってもいいと思ってるわ」
「よかった!じゃあ私は帰るね」
僕たちの中が回復したのを確認するとキレネは満足げに笑みを浮かべ、風のように部屋から出て行った。
残された僕たちだったが、キレネが吹かせた風はてきめんに僕たちの間の気まずさを消し去ってくれていたようで、今度は僕の口からすんなりと言葉が流れ出る。
「ノラ。実は、ある事件の捜査の手伝いをすることになりそうなんだ。もしそうなったらノラたちにも手伝ってほしいんだけど、構わないか?」
「ええ。別に、構わないわ」
ノラからの了承を得て、僕はそれならばとさらに踏み込んで話をする。
「早速聞きたいことがあるんだけど」
「何?魔法のこと?」
聞きたいのはエナジードレインだが、魔物が繰り出す技という意味では広義には魔法。僕は頷いて続ける。
「エナジードレインって知ってるか?」
「エナジードレイン?」
ノラのことだから、こっちが頼みもしなくても勝手にエナジードレインの説明をしてくれるものと思っていたが、予想に反して感触は良くなかった。
「もしかして、知らないか?」
「知ってるわ。でも、それって魔法じゃないでしょ?」
「ああ、そうだな…」
ノラの説明好きは魔法に関して、すなわち自身の得意分野においてのみ発揮されるらしい。
そこに含まれないエナジードレインについては興味の対象外ということか。
「その、エナジードレインなんだけど、魔法で再現することは可能…」
「可能よ」
なのか?まで言わせずにノラは答えた。
「エネルギーを奪えばいいなら、自分の魔力を流し込んで、相手の魔力を内側から操れば済むわ」
ノラはそんな空恐ろしいことを言うが、今まで実際にそれをやっているのを見たことがないということは、ノラにしてみてもかなり難しい魔法なのだろう。
そんなことを思っていると、ノラの話はそこで終わりではなかったらしく、さらにノラの口から言葉があふれ出す。
「あと、今日あの子から聞いた死霊術はそれにうってつけの魔法よ。エネルギーを誘導することを根本的な原理としている魔法だから」
そのことについては知っていた。しかしノラにこう言われることによってモナを疑うという判断が妥当性を帯びてきた。
「それって、ゾンビを死体に戻すこともできるんだよな?」
「ええ。エナジードレインで魔力を吸い取れば。ゾンビは停止するわ。私が作ったあのゴーレムたちに似てるわね」
ノラの言うゴーレムとは、今妖精の園に隠している僕たちの根城だ。付け加えると、実際に制作したのがノラ、材料やアイデアなどを提供したのが僕だ。
「そうか。…分かった」
ここでノラにモナが犯人であるかどうかについての意見を求めようとしたが、やめた。このことは、ノラにはあえて伝えずに、ノラ独自の推理を聞きたい。
その推理によって犯人像にモナが浮かび上がれば、それはもうモナが犯人で決まったようなものだ。
「話を戻すけど、エナジードレインについて聞いた理由だ。実はこの州でエナジードレインを使った犯罪が起こってる」
「私じゃないわよ」
聞いてもないことを答えるノラ。犯罪が初めて起こったのは僕たちが来るよりもずっと前なのだから、今の必要のない発言だ。今日以降起こる事件にノラが一枚噛んでいるんじゃないかという無駄な疑惑が浮上した。
「分かってる。お前のことは疑ってない」
「ということは、別の誰かのことは疑ってるのね?」
さっきの失言の割には鋭いノラ。しかしこれもまた、しなくていい発言だ。
「まあ、な。今一番有力なのはかつて滅びたグールの王が復活したという説だ。この場合、疑われているのはメルツベルツというグールということになる」
「ふーん」
興味なさげな返事をよこすノラ。魔法の話でないから無理はないけど、もう少し興味を持ってほしい。
「グールは本来エナジードレインを使えない種族なんだ。それが今回の容疑者のメルツベルツはエナジードレインを使う。どう思う?」
「それは興味深いわね。魔法と縁のない種族が死から甦ってしかも魔法を使えるようにもなってるなんて」
「そうだろ?」
「もちろん私としては、エナジードレインを使える誰かが、グールの仕業に見せかけたという考え方をまずするけれど」
ここでノラもデイビッドの掲げる説を唱え始めた。
いや、これは今ちょっと話を聞いただけのノラでさえ分かるようなこと。マークと手口のみで犯人をメルツベルツと決めつけるルナとモナは、かなり無理な推理をしているんだ。
「まあ、憶測はこの辺にしておいて、一番手っ取り早いのは犯人そのものを捕まえてしまうことだ」
「そうよね。街中に捕縛魔法を張り巡らせてみるわ。犯人の特徴を教えてくれれば2,3分で捕まえられるわ」
「…そうか」
何年も未解決の事件をそんな短時間で解決してしまうのはどうかと思うが、予想できたことだし、期待していたことでもある。
「犯人はかなり速く動けて、目撃者によると黒い影しか見えなかったらしい。そもそも黒い不定形の存在なのか、早すぎてそうとしか見えなかったのかは、不明だ」
「速いのは確かなのね?」
「ああ」
「じゃあ速く動くものにも反応するようにするわ」
そういった直後、ノラは手の平を床に向け、数本の魔力の筋を放った。それはノラの手の平から10センチほど落下すると、空中で搔き消されたようにじわじわと色を失い、床に至るまでにはその魔力の筋は影も形も見えなくなっていた。
「捕縛魔法・術式青竹よ。敵にばれたら意味ないから、魔力の色はちゃんと消してあるわ」
誇らしげに言うノラ。その鼻っ柱を折りたかったわけではないが、気になったことがあったので僕は聞いてみる。
「それ、シニステルとデキステルは捕まらないようにしてあるよな。あいつら今絶対どこかを走り回ってるだろ」
仮にじっとしていたとしても、大体その状態は1分と持たないのが通常だ。
「…分かってるわ。当たり前でしょ。余計なこと言わなくていいのよ」
余計なことを言うなというノラだったが、しかしその言葉にはさほどの棘がない。多分、僕の言ったことが「余計なこと」じゃなかったんだろう。
「…いないわね。今は早く動いていないという意味だから、待っていればそのうち捕まえられるわ」
「そのうち、か」
後手に回っているような気もするが、しかしノラのことだ。今頃この街全域が射程になっているだろう。つまり、犯人は狩りを行おうとすれば自動的に魔法によってからめとられる。
これはもう解決したも同然だ。デイビッドにはもちろん、デュルヘルムにも恩を売ることができるな。などと、取らぬ狸の皮算用をするのであった。




