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第4話 肺腑の死人⑦

翌朝、僕は朝食の前にデイビッドの部屋に向かった。


「デイビッド、いるか?」


ノックしながら中にいるであろう男の名を呼ぶ。


「アーサー?迎えに来てくれたのかい?」


出てきたのはすっかり身だしなみを整えたデイビッドだった。うちには朝に弱い者が多いので感心してしまいそうになった。


「ああ。昨日のこと、君は朝食でと言ってたけど嫌疑は早いうちに晴らしておかないといけないと思ってね」

「嫌疑だなんてとんでもない。あくまで少し気になったってだけだよ」


朝食よりも早くこちらから出向いたのは僕の作戦だ。実は僕以外のみんなは既に屋敷の食堂で食事を始めている。

僕も初めはみんなで一緒に食べればいいと思っていた。しかしデイビッドの持つ力が本当に精神を操るものなら、彼に接触する人物は最小限にとどめておいた方がいいんじゃないかと気づいたのだ。


「朝食を摂りながらでもよかったんだけどなあ」

「いや、全部解決した後で食べた方がきっとおいしいはずだ」


つまり作戦はこうだ。ここで僕は言い訳という名の時間稼ぎをし、あわよくば彼から向けられる疑いの目をここで振り払う。

その間にみんなは朝食を済ませて部屋に戻る。今丁度みんな口に料理を運び始めたころだろう。30分くらい時間を稼げば十分なはずだ。


「…それもそうだね。じゃあ、僕の部屋の中でもいいかな?散らかっているけど」


僕は招かれるままにデイビッドの部屋に入る。ここまではうまくいってる。そう感じたのもつかの間、次の瞬間僕は言葉を失う。


「この辺に足場がある。そこを飛び越えてベッドのところまで来てくれ。椅子のあるところまではちょっと行きづらいだろ」


彼が僕を招き入れながら言ったあの言葉、「散らかってるけど」を僕は真に受けてなどいなかった。

しかしどうやら彼はただ事実を口にしたまでだったようで、部屋には彼の服や書類、その他様々な物が散乱していた。


「ああ、歩きづらかったら適当にどかしてくれていいよ」


僕が動かなかったのが足の踏み場が見つからなかったためと思われたのだろう、。しかし実際はあまりの衝撃に茫然としていたのだ。


「いや、さっきの颯爽としたオーラは何だったんだ…」

「何が?」


見るとデイビッドは既にベッドに腰掛けていた。彼自身の移動の足枷にはならないようだ。勝手知ったる借りた部屋ということか。


「この部屋は宿泊に利用している部屋だよな。一体何日使ってるんだ?」

「えーと、結構前からなんだけど、何度か首都に帰ったから、連続日数だと今日が3日目、だね」

「そうか…」


いや、分からない。もしかすると首都の人間はみんなこうなのかもしれない。

ノラたちは魔法が使えるから同じ首都出身の人間でも整理整頓できるんだ。というのはさすがにその解釈としては苦しいものがあっただろうか。


「別に僕はお前の保護者とかじゃないからああだこうだと上からものを言うつもりはないが、ただこれだけは言わせてくれ。脱いだ服はちゃんとたため」

「何を言ってるんだい?そんなことしたら綺麗な服と一度着た服の区別がつかなくなるだろう?」

「綺麗な服と一度着た服とで別々の場所においておけばいいだろ」


それを人は整理と呼ぶ。


「別々の場所に?…なるほど。その手があったか」


馬鹿なのか?精神支配の使い手とか言って警戒してたのは杞憂だったのだろうか。それとも、こちらを欺くための演技だろうか。


「しかしアーサー。君は大事なことを忘れている」

「何だ?」

「どこにそんな場所があるんだい?」


口の端を釣り上げながら肩をすくめるデイビッド。こいつは自分がいい突っ込みを入れたとか思っているのだろうか。


「場所は自分で作るんだ。邪魔なものを片付けてな」


それを人はやはり整理と呼ぶ。


「アーサー。知ってるかい?この世には面白い法則があってね」

「面白い法則?」

「あらゆるものは散らかるという法則だ」

「ああ。エントロピー増大の法則だな」


若干、いや、かなり自己弁護的に解釈してるが。


「へえ。博識なんだね」

「まあな。みんなが知ってることなら、僕は何でも知ってるよ」


無駄なやり取りだったが、しかし時間稼ぎのためとあらばちょうどいいと言えた。というか、この部屋を綺麗にしたら十分すぎるほどの時間稼ぎができるんではないだろうか。


「デイビッド。さすがにこの部屋は散らかりすぎてる。やっぱり僕も手伝うから一旦部屋の半面だけでも片付けないか?」

「うーん、そうだね。君からの話を聞いた後でそれでも時間が余っていればお手伝い願うよ」


その言葉は一刻も早く僕の素性を明かしたいがためのものだったのか、それとも単にこの散らかりようは彼の危機感を駆り立てるにはまだ足りないのか、いずれにせよ僕からの申し出はあっさり断られた。


「そうか。分かった」


まあ、もともと言い訳で時間を稼ぐつもりだったので問題はない。事前に考えていたことを話すだけの単純作業だ。

僕は苦心しながらベッドまで歩いていき、彼の隣に腰掛けた。


「まず僕がどこから来たかという話だが、獣人帝国だ。昨日フェンリルの引く車2台でこの州まで送ってもらったんだ」

「ふむ。フェンリルって言うのは獣人帝国に存在する魔物だったね。移動手段は分かったけど、分からないのはどうして人間の君が獣人帝国にいたのかということだ。僕のように何か特別な任務を帯びてる人間なのかい?」


ここでそうだと言ってしまえば話は簡単なのだが、それはリスクが高い。多分そういう人間はごく限られた人間。つまり選ばれた存在のはずだ。そんな人間の一人を彼が知らないとは考えられないし、首都に確認を取ればすぐに露見するであろう嘘だ。


「違う。僕は首都の人間じゃない」

「人間は首都にしかいないはずだ。まさか、獣人帝国には未確認の人間がいるのか?」

「いや。獣人帝国に人間はいない。僕たちは獣人帝国の前には妖精の園にいた」

「妖精の園?つまり…君は妖精?」

「いや。人間だ。妖精の園の前には水魔城にいた」

「いや、いやいやちょっと待ってくれ」


デイビッドの表情からは彼の内心の動揺がありありと見えた。


「君は何なんだ?一体最初はどこにいた?」

「僕の生まれ故郷は波斗原。エレツ生まれの人間じゃない」

「ああ。なるほど」


デイビッドはポンと手を打ち、眉間によっていた皺がすっと消えた。


「え?納得したのか?今ので」


その素直さに今度は僕が動揺する。


「うん。理屈は通ってる。君が首都の人間じゃなければ首都を出るのに許可も何も必要ないからね」

「そうか、でも…」

「うん。ただ、何のためにエレツに来たのか、それは聞かせてもらおう。さっきの話だと、君はアルフヘイムを除く全ての州に足を運んでるらしい。まっすぐ首都を目指さなかったのには理由があるのか?」


僕がまっすぐ首都を目指さなかった理由。答えてやるとも。嘘偽りなく。


「情報収集をしたかった。僕はある本を探してるんだ」

「本?」


彼に尋ねたからと言って首都での情報収集の必要がなくなるというわけではないだろう。しかし彼は首都の一般市民よりも多くの情報を持っているはずだ。聞く価値はある。


「ああ。触れただけで他者に膨大な知識を与える黄金の本」

「触れただけで…そんな本は聞いたことがないな。速読魔法とか情報処理魔法とは違うのか?」

「違う。僕は一切魔法なんて使えない。それなのに知識を与えられた。…いや、押し付けられたって感じだったな」

「君なのか?その本に触れたのは」


デイビッドは目を向いて食い入るように僕を見た。その視線は主に僕の頭部に注がれている。


「うん?ちょっと待ってくれ。それはおかしくないか?」


そして視線はそのまま、彼は首をひねる。


「おかしいって何が」


本当のことしか言ってないのでおかしいことなんてあるはずがないのだが。

信じられない、ならまだしも。


「君は既にその本から知識をもらってる。ということは本は君が持ってるんじゃないのか?」

「本はどこかへ行ったんだ。僕に知識を与えてすぐにね」

「なんだなんだ。ちゃんと管理してなかったのかい?」


部屋の整理を一切できないお前に責められるいわれはない、と言いたいところだったが、しかし彼の言う通りだ。僕があの時もっとちゃんとしていれば、こんな面倒な旅には出なくてよかっただろうし、事件なんて起こらずにすんだだろう。


「僕の目的は本からもっと知識を引き出そうとか、この知識を独り占めにしようとかいうんじゃない」


僕の目的は、果たすべき使命とは。


「頭の中にあるこの知識を消し去ることだ」


跡形もなく、完膚なきまでに、もし可能ならばあの本ごと、この世から消し去る。


「…何でそんなことを?」

「八つ当たり、かな」


後の祭りなことも、非合理的で何も生み出さないことも分かっている。しかしこれだけは、この思いだけは捨てられない。知識を押し付けられる前の無垢で無邪気で無鉄砲だった頃の僕の最後に残った欠片がこの復讐心だったから。


「そうか。…分かるよ。特別なものを与えられるって、与えられる前は憧れてたり、時には妬んだりだってするものなのに、いざ与えられると空しかったりするものだよね」


デイビッドの手が僕の肩に触れる。そこから伝わってくる掌の温かさからは彼の言葉に嘘がないことを語っているようだった。彼が心の底から僕に同情しているような、それゆえに僕は、知ったような口をきくな、とは言えなかった。


「もしよかったらだけど、協力させてくれないか?」

「協力?まさか、首都の方で情報収集をしてくれるのか?」


それは願ってもない話。もはや目的は最終段階に移ったと言っても差し障りない。


「え、ああ…それに関してはまあ、できる範囲で」


かと思えばデイビッドからの反応はぱっとしない。


「いや、僕は少し特別だから早く上に上がれたっていうだけで、そこまで権限はないからね。僕が今知らないことは、魔王様が知らせるつもりのないことだよ」


視線から僕の落胆を感じ取ったのか、デイビッドは付け足すようにそう言った。


「もちろん協力してくれるのはありがたいと思ってる。でも、それじゃあ一体どう協力してくれるつもりなんだ?」

「それは、この右手だよ」


デイビッドは口の端を吊り上げて右手を掲げた。

その右手は突如輝きだし、光はやがて重厚な籠手を形成した。


「これが僕の右手に宿った、ひょんなことから宿ってしまった魔法の籠手」


デイビッドの掲げた籠手の輝きには、見覚えがある。忘れるはずもない。今しがた己で口にした。消し去ると宣言した黄金。


「デイビッド、その、籠手は…」

「これが僕が特別な理由。魔法の籠手、全てに安定をもたらす黄金の籠手。…名を、イルアン・グライベル」


あの忌まわしい黄金の本と同じ輝きを放っていた。

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