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第4話 肺腑の死人⑥

「さあ、中へ」


大きな門だったが、透かし門だったため存外軽いのか、門はデュルヘルムが片手で押しただけで素直に開いていった。


「東側の一室に先ほど話した黄昏の先導者が宿泊している。お前たちには西側の部屋を使ってもらうが、一応伝えておく」

「え?今ここにいるのか?黄昏の先導者」


僕の中で「黄昏の先導者」が定着しつつあった。


「ああ。基本的に月に一度しか来ないのだが、事情により最近頻繁に来るようになった。…恐らく奴も感じているのだろうこの屍の国に漂い始める死の香りを」

「そうか…。要するにいるんだな?この屋敷の中に」

「今現在部屋にいるかどうかは保証できない。鎖でつないでいるわけではないからな。外出してる可能性もある」


それもそうだ。もしかしたら今丁度帰ってきて僕らの後ろに立ってたりするかもしれない。


「もし彼と会いたいというならば部屋まで案内するが、どうする?」


当然迷った。どういう相手か知る必要はあるが、しかし精神に働きかけてくる相手というのはやりづらい。その程度が知れていないならばなおさらだ。


「行くよ。同じ屋敷に泊まるんだ。挨拶くらいしておきたい」


だがもし誰かが行かなければならないとすればそれは僕だ。

オスカーとパティは真っ先に候補から外すべきだ。何かあれば本当に、波斗原に帰った瞬間、氷漬けにされるか塵にされるか好きな方を選ばされるだろう。いや、それはあくまで僕が「運がいい」奴だった場合の話。

キレネは、最近では馴染みすぎて最初からいたような錯覚に陥るが、忘れてはいけないのが彼女が身元不明者だということ。うちの戦力に数えて言い人員ではない。僕の一存でその身の振り方を決めるわけにはいかないのだ。

双子はどちらか片方であったとしても操られれば壊滅的な損害を被る可能性がある。洗脳なりされて敵になられたら終わりだ。

そしてノラ。彼女に対しては申し訳ないとかそういう感情を抜きに考えても行かせるべきではない。相手のとる手段が魔法の場合、それを解除できるのはノラだけ。失うわけにはいかない。


「そうか、では…」

「ちょっと待ってくれ」


僕は踵を返す。怖気づいたわけではない。


「ノラ。お願いがある」


言うべきことを言うためだ。


「え、…何?」


ノラは一瞬戸惑ったような表情を見せたがすぐにそれを無表情で塗りつぶして僕を見返した。


「もしかしたら僕は戻ってくるとき精神支配を受けているかもしれない。だから戻ってきたら僕の頭を見てくれないか?」

「…分かった」


言葉少なにだがノラは了承してくれた。


「ありがとう」


僕は胸をなでおろす。これで第一段階の判定基準ができた。自我まで乗っ取られるタイプなら、今の約束を覚えていないはずだから。

取り敢えず僕らは西側の泊まる部屋に案内された。なんと贅沢なことに、一人一部屋あてがわれた。


「ここがアーサーの部屋だ」


僕の部屋は最後に案内された。なので今は僕とデュルヘルム二人だけだ。


「一度中を見るか?」

「いや、先に黄昏の先導者の方へ行くよ」

「そうか。ではこれが鍵だ」


僕は手渡された真鍮の鍵をポケットに入れ、デュルヘルムの後に続いて屋敷の東側へ移った。

黄昏の先導者の使っているという部屋の前まで来るとまずデュルヘルムがドアをノックした。するとすぐに中で物音がして、ドアが開かれた。


「はいはい。誰かな」


中から現れたのは総白髪に琥珀色の目をした男だった。背は僕よりも十センチほど高い。

この時点で僕はこの男に警戒心を抱く。

言っておくが身長のことではない。髪の色と目の色が違うことについてだ。魔力適性のある者は髪と目と魔力の色が揃っていることが多い。その例外がオッドカラーと呼ばれ、僕の知識ではその因果関係は不明とあるが、統計的にオッドカラーの方が高い能力を持つことが分かっている。

個人的には、本来揃うはずの色が揃わないのは我の強さを表しているんじゃないかと思っている。現にノラは髪と目と魔力の色が全て違う。


「この屋敷に他の客が泊まることになったのでそれを伝えに来た。それと、彼はその代表だ。挨拶に来たらしい」

「それはどうもご丁寧に」


彼はにこりと微笑んで右手を差し出した。

僕はその手を握る。もしかすると相手の手を握るのが精神支配のトリガーなのかもしれない、という懸念はあったが、僕はノラと交わした約束に背を押されて彼の手を握った。

何も起こらない。少なくとも僕が知覚できる範囲では。


「…君が黄昏の先導者か」


僕は握った手を放し、言う。そして自分で考えた言葉を口にできていることを確認する。


「黄昏…何だい?それは」

「あ、や、なんでもない」


しまった。黄昏の先導者は本名じゃなかったんだった。しかもよりによって本人が異名を認識していなかった。


「黄昏の先導者とはお前のことだ。デイビッド」

「何でまたそんなあだ名が…」

「話すと長くなる。…それでも、聞く覚悟があるというのか?」

「いや、遠慮するよ」


きっぱりと断っていた。どうやらデュルヘルムの扱い方を理解しているようだ。


「申し遅れました。僕はアーサー。アーサー・マクダナムだ」


丁度いい間が空いたので自己紹介をしておいた。


「アーサーか。僕はデイビッド・バーナードよろしく」


即座に応える黄昏の先導者改めデイビッド。


「デイビッドと呼んでいいか?それとも黄昏の先導者の方が?」

「はは。うーん。できれば普通に名前を呼んでほしいかな」


黄昏の先導者なんて呼ばれ慣れてないからね、とデイビッド。

その気持ちはよく分かる。僕もオスカーとパティから主とかマスターとか王とか呼ばれて身だ。今はどうやら「アーサーさん」で落ち着いているようだが。


「それはそうとアーサー。君は首都の出身かな?」


デイビッドの目つきが少し変わったように感じた。こちらを探るような、僕が邪なるものかどうか探るような目だった。


「君は首都から来たんだよな。デイビッド」

「うん。この死人街から物資を回収するためにね」


で、とデイビッドは再び問いかける。


「君はどこから来たのかな?アーサー」


すこし話題を逸らした程度じゃぶれない。話題を逸らしたことを直接指摘してこなかった分手ごわいと言える。


「…獣人帝国から来た」

「獣人帝国?」


デイビッドは首をかしげる。


「あそこって人間いたっけ?」


もっともな疑問だ。しかし疑問というところに付け入る隙はある。


「もちろん。獣人帝国って言っても獣人以外の種族は認めないってことはないさ」

「なるほど。あの州にはあまり詳しくないからなあ。興味深い。話を聞かせてほしいんだけど、ちょっと今は立て込んでるんだよね。だから明日の朝食を一緒にというのはどうかな?」

「いいね。是非」

「よし。それじゃあまた明日の朝に」


うまく切り抜けられた。と思えるほど僕は楽観的でも馬鹿でもない。完全に目を付けられた。しかし他の用事を優先する程度ならまだそこまで怪しまれていないということだろうか。

そんな不安と懸念を胸に抱えながら僕は自分の部屋のある屋敷の西側に戻った。

僕はまず自分の部屋ではなくノラの部屋へと向かう。

中のノラを呼ぼうとドアをノックしかけると僕の体は部屋の中へと転送されていた。


「約束は覚えてたみたいね」

「ああ。デイビッドと話した内容も覚えてるところを見ると大丈夫なんじゃないかな」

「ふうん。敵の名前はデイビッドなのね」

「いや、敵と決まったわけじゃ…」


ノラは僕の言葉を最後まで聞く前に僕の頭部に魔力を放出した。反射的に息を止めて目を閉じてしまう。

もちろん目を開けても沁みたりしないし息もできるはずだ。意を決して目を開いたときにはすでに僕の頭部から魔力は消えていた。


「もう終わったのか?」

「ええ。魔力の痕跡はなかった。精神支配はされてないわ」

「そうか…ありがとう」


もう少しちゃんと調べてくれ、とは言えなかった。ノラが大丈夫だと言っているのだから魔法による精神支配は受けていないというのは確実だろう。

そしてまた気が付くと僕の部屋のドアの前に転送されていた。やはりこれまでの視界がゆがむ転送魔法に慣れている僕はいちいち驚いてしまう。

さっきノラに会ったのに技術の向上を褒めることができなかった。まあ、僕に褒められたところでノラが喜ぶとは思えないが。

取り敢えずドアの前でじっとしていても仕方ないので自分の部屋に入る。

しかしドアは開かなかった。勢いあまってドアと額が衝突しそうになるのをすんでのところで回避する。


「忘れてた…」


僕はポケットから鍵を取り出して鍵を開けた。

中に入ってまず間取りを確認する。部屋の右側中央に大きなベッド。端から端まで三回転できる。寝相が悪くても落ちる心配はなさそうだ。

部屋の奥に窓があり、薄いカーテンと完全に光を遮る分厚いカーテンの二つがある。今は薄いカーテンのみが閉まっている。

その窓のすぐそばにはテーブルと一人掛けのソファ。テーブルの上には水差しと逆さまに置かれたコップ。

少し喉が渇いていたので僕は水差しのあるテーブルまで歩いて行き、水差しからコップに水を注ぎ入れる。


「うわ、冷た!」


ガラスのコップを握って僕は思わず声を出してしまった。まるで今冷蔵庫から取り出した、あるいは今まで冷却魔法をかけられていたかのように冷たかったのだ。

水差しの側面に触れると指先に鋭い冷気を感じた。よく見ると水差しの底に敷かれているのはコースターにしては分厚い。もう一度水差しを持ち上げてみるとそこには魔法陣が描かれていた。


「なるほど。魔法か…これは、死霊術?」


描かれていた魔法陣が僕の知識にあるものと一致した。それによるとどうやらこれは生命力を吸い取る術らしかったので、僕はそっと水差しを元に戻した。


「この水…飲んでも大丈夫なのか?」


さすがに飲んではいけない水を水差しに入れてはおかないだろう。僕の知識では死霊術を掛けられた物がその魔法の効果を内包するということはまずない。

水を一口含み、そのまま流し込む。冷たさが喉を通って胃に流れ込むのが感じられるが、特に異常は感じられない。


「はあ…なんというか、心臓に悪いなこの州は」


もっとも簡単な州と侮っていたことを、僕はこの時後悔したのだった。

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