第4話 肺腑の死人⑤
僕は半分までお茶を飲んだあたりで話を切り出した。
「あの、あなたはこの死人街の代表、デュルヘルム・ホロウ・アーヴィング陛下、で間違いないですよね」
「ふ、ふははは!…そう、思うか?」
大仰な笑い声を上げ、不敵な物言いをするデュルヘルムだが、彼がそうでなければここまでのやりとりは一体何だったんだということになる。というかさっき家の前で自分から名乗っていたので、その点について間違いはないはずだ。
「そう思ってここまで来たんです。間違いないですよね」
「いかにも。吾こそがデュルヘルム。この死人街の影の支配者だ」
それだと表の支配者が別にいてしまいそうなのだが、いいのだろうか。
「しかし先ほどの『陛下』という呼び方…」
「問題ありましたか?」
道案内をしてくれたゴブリンがそう呼んでいたので問題ないものと思っていたのだが。
「ああ。吾はそのような敬称をつけて呼ばれるに値しない存在。ぞんざいに、そして存分に、呼び捨ててくれて構わない」
「え、それは…」
冗談で言ってるのだろうか。それとも本気なのだろうか。この男の性格というかユーモアのセンスが分からない上、席の配置的に一番顔色の伺いにくい場所に座っているので余計分かりにくい。
彼のすぐ隣ではティーカップに目を落としたまま我関せずと言わんばかりのノラがいる。助け舟は期待できない。
というか、今思えばどうして彼がそんな端っこに追いやられてるんだ。そしてなぜか彼からはそれを良しとするオーラのようなものを感じる。
「さっ聞いたゴブリンはあなたのことを陛下って呼んでましたよ」
「そうだな。やめさせるべきなのかもしれない。しかし吾には陛下と呼ばれる資格もなければ、周囲の者が吾をどう呼ぶか決定する権利もない。」
「そう…ですか」
「二律背反の不文律、というやつだな」
言葉の意味は分かる。それゆえ彼が何を言ってるか分からなかった。直訳すると、両立できない暗黙の了解。
もっと深く考えれば腑に落ちそうな気はしたが、多分その必要はない。オスカーとのやり取りの記憶が僕にそう告げていた。
「でもさすがに…」
呼び捨てにするのはよくないのではないか、と言おうとして僕は思いとどまる。僕はこれから本の情報収集はもちろんのこと、彼を同盟に誘いもするのだ。
同盟とはお互いに対等な者の集まり。この段階で呼び方と口調を対等にできるならそれに越したことはないのではないか。
「いや、分かった。それじゃあ僕のことはアーサーと」
「ああ。よろしくなアーサー」
「それじゃあ早速本題だ。僕は今ある本を探してる」
さすがにこれほど口調を崩すのはやりすぎだろうか、と思ったが、目の前ではキレネが臆することなく三つ目のスコーンに手を伸ばそうとしている。僕も臆さずに話すことにする。
「それは触れたものに膨大な知識を与える本だ」
「触れただけで?読まずにか?」
「そうだ」
デュルヘルムの体は腕組みをし、頭は瞑目した。記憶を探ってくれているようだ。
恐らく獣人帝国の時のように州に蓄積されている記録を探ったりはしないだろう。多分この州にはそういったものはないような気がする。
やがてデュルヘルムは勢いよく目を開いた。
「悪いがすぐに思い当たるものはないな」
「そうか」
「力になれずに申し訳ない。しかし、触れただけで知識を与える本など、そんな本に出合っていれば忘れるはずもない。断言できる」
「噂なども聞いたことないのか?」
「…。思い出せる限りでは、ない」
「分かった。ありがとう」
情報はなかった。これで残りはアルフヘイムと首都のみになってしまったという焦りはあるが、ここで焦っても仕方ない。切り替えて次の話題に移る。
「話は変わるけど、僕はある同盟の遣いとしてもここに来たんだ」
「同盟?ほう。聞かせてもらおうか」
デュルヘルムの反応及び表情からは嘘偽りない興味が感じられた。これはとんとん拍子で話が進みそうだ。
「獣人帝国、水魔城、妖精の園、この三つの州は現在同盟関係にあり、互いに物資の交換などをしてる」
「物資…か」
デュルヘルムの表情が曇った。
「どうかしたのか?」
僕は即座に対応する。こういうのは放置しておくとあとあと交渉決裂の原因になったりする。すぐに解決できなかったとしても、早めに相手の考えを把握しておくことは大切だ。
以前なら流れを重視して無視していただろうが、今の僕はそうはいかない。
「残念ながら、この最果ての魔窟、死人街から他の州に物資を流すというのは…不可能だ」
「なぜ?」
「この州は他の州からのゴミを受け取って処理している。いや、実際はアルフヘイムと妖精の園を除く他の州だな」
その理由は分かる。アルフヘイムは完全に閉じこもってるし、妖精の園はフェアリーカーペットとフェアリーグラマーのおかげで領域自体が一つの完結した系になっているからだ。
「そのゴミの中にはまだ使えるものや、スライムが分解できない物質がある。まれに希少な物質も含まれる。この州が他に与えることのできるものと言えばそれくらいのものだ」
「『それくらい』で十分なんじゃないか?その希少な物質を、他にも分けてやればいいじゃないか」
それともそれができないほど微量なのだろうか。スライムが分解できないものは確かにありふれているものではないが、ひと月分も溜めればかなりの量になるはずだ。
「それができない。ここで回収した希少物質は全て首都に送らないといけないんだ」
「首都に?」
それは知らなかった。当然か。一般に知られている情報ではないのだから。
「それをごまかすことは?」
「…無理だろうな。毎月首都から遣いのものが送り込まれる。その男は不思議な力を持つ者だ。吾ごときの口先で太刀打ちできる相手では…もとよりない」
「不思議な力?」
この死人街は獣人帝国と違って魔法が一般的な州のはずだ。その力とは魔法のことではないだろう。
「ああ。奴はあらゆるものを静める、否、鎮める。まるで凪を連れてきたように、否、奴こそが凪そのもののように、そんな奴だった」
「凪…?」
物静かな男ということだろうか。あるいは隠密性に長けた能力でいつ見られているか分からないということだろうか。
「奴の周囲ではあらゆるものが凪いでいる。感情さえも、例外ではない」
「感情が、凪ぐ?」
精神支配系の能力者、あるいは魔法の使い手ということか。確かに精神支配なら程度によれば嘘はつけなくなるだろう。
「そう。奴の異名、黄昏の先導者はそこから来ている」
本名よりも先に異名の方を知ってしまった。
「要は、ここから他に流せる物資はないということだな?」
「そういうことだ」
「まあ、それは問題ないよ。同盟の目的は繋がることだ。いざという時一緒に問題に取り組めるように」
「では、欲するものは献身と誠実、ということか?」
「…うん。そうだよ」
同盟に属していながら誠実とは程遠い魂胆を抱えているためか、返事に躊躇が絡んでしまった。
「なるほど。幸い、うちに労働力はあまりある。その面では大いに貢献できるだろう」
「君のおかげで労働力を確保できるようになったらしいな。さっきのゴブリンから聞いたよ」
「それは違う。…あれは吾の功績ではない。吾の犯した、罪だ」
「罪?」
功績を罪と呼ぶのはどういうセンスからの言い回しかは分からなかったが、深く突っ込まないのが礼儀だろう。
「で、どうかな。同盟の仲間になってくれるか?」
「すまないな。それはできない」
「え?」
断られた。
全く予想外だったために僕は言葉を失う。しかしデュルヘルムもその間言葉を発さなかったため、次に声を発したのは回復した僕だった。
「どうしてだ。別にこちらからは何も求めない。助けを乞うこともあるかもしれないがもちろん君たちには断る権利もある。それでも駄目なのか?」
「同盟に問題があるから断ったわけではない」
ただ、とデュルヘルムは続けた。
「何か勘違いしていないか?死人街が…吾が裏切らないなどと、一体どこの誰が保証した?」
「いや、それは…」
自分で言うなと言ったところだ。それはこちらがするべき憂慮であって、本人から促されてするものではない。
「フッ。汝の言いたいことが分かるぞ。死者の王よ」
オスカーがティーカップを片手に口を開いた。
「汝の中には自分にも制御のできないもう一人の自分がいる。それをいつまで抑えていられるか、分からないということだろう?」
「なっ…なぜそれを…」
「フッ。俺がこの右手に宿すのは無限。この目に映る可能性も無限というだけだ」
どうやらオスカーは僕と違って何でもお見通しだったらしい。
「俺から提案がある。アーサーさん。いいだろうか」
「ああ、構わない」
僕が粘っていても状況は好転しないのは目に見えている。譲らないわけがない。
「汝が憂慮している事態というのは、我ら同盟にとって死人街が害悪になるという事態だな?」
「その通り。自慢ではないが、ここは最弱の州。まともな戦力は期待しない方がいいぞ」
「そんなことはないだろう。なあ?暗黒の騎士、デュラハンよ」
「なっ、貴様。なぜそれを…」
デュルヘルムは何を驚いたふりをしてるんだ。デュラハンなのは見れば分かる。首が体から取り外せる種族なんてデュラハンだけなんだから。
「俺からの提案はこうだ。俺たちをここに置いてくれ。しばらくすれば俺たちは出ていくが、その時俺たちが無事なら汝らは害悪ではない。晴れて同盟の仲間入りというわけだ」
なるほどな、と思わず僕はこぼしてしまった。屁理屈には屁理屈、というわけか。
「待て、それは…いや、そうだな。それでいい」
一瞬躊躇するような素ぶりを見せたのが気になったが、しかしデュルヘルムは受け入れたようだった。
「その代わり条件がある。実は今…」
「おーい!おっさん!いるかー!」
デュルヘルムが条件と言ったので聞き入ろうとすれば玄関から声が響き、続いて無遠慮な足音が僕たちのいる部屋に接近してきた。
「何だ?客か?」
現れたのは長身で赤毛の女だった。作業着なのか、身にまとう白のTシャツと迷彩柄のカーゴパンツには汚れがついてる。
「ああ。そうだ。何か急ぎの用か?」
「食いもん持ってきた。そろそろ切れるものとかあるだろ?」
「うむ。そうだったな…」
「出直すか?」
「いや、今しがた対話は尽くされたところだ」
言ってデュルヘルムは立ち上がった。
「ルナ。客人を屋敷に送ってくる。悪いが食材の補充はお願いしていいか?」
「おう」
続いてデュルヘルムは僕たちに向き直る。
「さあ、お前たちを泊めておく宿へ案内する。付いてきてくれ」
「さっき条件があるみたいなこと言ってなかったか?」
「いや、いいんだ」
そのままふいと僕たちに背を向けてデュルヘルムは部屋から出て行ってしまった。僕たちもその後を追うべく席を立つ。
キレネが名残惜しそうにスコーンをもう一つと言っていたが、我慢させることにした。
僕らはデュルヘルムに先導されて町のはずれにある屋敷の門前まで案内された。
「ここがこの州で一番いい屋敷だ」
確かに大きさも装飾もこの州で一番と言われて納得できるものだった。
どうしてここに州の代表たるあんたが住まないんだというツッコミが、もう喉のすぐそこまで出そうになるくらいだった。




