第4話 肺腑の死人④
「えっと…この州のルールというか仕組みを僕たちはよく知らなくて、襲われそうになったのでああさせてもらいました。生命に別条はないと思います」
僕は言い訳がましいことを言う。
するとノラが操作したのだろう、防御壁は音もなくふっと消え去り、詰まっていたスライムがぼたぼたと地面に落下した。
ゴブリンは駆け寄り、何事かスライム達と会話をすると、やがてスライム達は地面に吸い込まれるように消えていった。
「お待たせしました」
「いえ。それより、スライム達は大丈夫でしたか?」
スライムは一つ残らず帰って行ったが、しかし心配だったので尋ねてみた。
「ええ。どれも問題なく活動してました。お気遣いありがとうございます」
ゴブリンにここまでしっかり受け答えされることに違和感を覚えつつも、僕は胸をなでおろす。スライム達もこの州の民なはずだから、傷つけていれば穏便には済まなかったと予想される。
「あの岩の上に置いてあるベル、あれってもしかしてスライムを呼び出すものだったんですか?」
「はい。そしてその後に我々ゴブリンはスライムが吸収できなかったものを回収するんです」
言って背中に背負った空のリュックを指さす。
「なるほど…。すみません。うちの者が何も知らずに鳴らしてしまったようです」
「いえ、お気になさらず。こちらこそすみませんね。貴賓とはつゆ知らず。スライムには吸収の優成順位をゴミが一位にくるようにしてるんですけど、ゴミがなかったからもともとの一位、魔力を吸収しようとしたみたいです」
「そういうことでしたか」
僕だけが襲われなかったのは、単に魔力がなかったからということか。よくあることで慣れたことなんだが、複雑だ。
「それにしても奇遇ですね。今日はもう一人王と会うために来てるお客さんがいるんですよ」
「そうなんですか。ちなみにそれはどこから?」
「すみません。来てるって話を仲間から聞いたまでで、どこから来たかまでは…」
「あ、いえそんな謝ってもらうようなことでは…」
ゴブリンが分かりやすく委縮する。これほど僕の知識と違うのはこのゴブリンだけなのだろうか。
それとも元々は汚物を漁り略奪を行う汚らわしい魔物だったが、人間と切り離されていた期間に高等に進歩したと考えるべきか。そしてそのことは一般に知られていないから僕の知識にも反映されていない。
「だとすれば、つくづくいい加減だな。僕の知識は」
「どうかしましたか?」
「いえ。何でもないです」
言いながら周囲を見渡すと予想に反して衛生的な風景が目に入る。日が落ちてきて細かいところまで見えないのもあるのかもしれないが、ここには死の匂いなんて少しも漂っていない。
「この州は初めからこんなに綺麗に整備されていたんですか?」
「いいえ。労働力が確保されるようになってからです。全ては陛下のおかげですよ」
「陛下、というのはこの州の代表、デュルヘルム・ホロウ・アーヴィング…」
その名の後につけるべき敬称を、様、さん、氏と色々悩んだが、変に思われるほどの間を置かずに僕は決定する。
「氏、のことをですよね」
「はい。そうです。今から五十年ほど前のことですが、この州にいたグールを彼が一掃してくれたおかげで死体が減らず、労働力が確保できるようになったんです」
「ということは、グールはこの州にはもう存在しないんですか?」
「はい」
一連のやり取りの中で僕は不思議な感覚に襲われた。僕の知識ではグールはまだ死人街に存在していることになっている。しかし実際に州に生きるゴブリン、否、目の前のゴブリンだけではないこの州の民の全てがグールはいないものとして認識している。
だが魔物は信仰、つまりいると思われることによって存在している。進行によって物理法則に逆らう存在でありながら、その存在を許されているのだ。
「グールは本当に滅んだんですか?どこかに隔離されているとかではなく」
「ええ。最後の1体まで残らず滅ぼしたと言い伝えられてますし、グールの姿をあれ以降見た者はいないので、間違いなく滅んでいるかと」
そうは言うが僕の知識は一般の真実。つまりグールはまだその存在を許されている。
しかし実際にはグールは姿を消し、滅んだとされている。つまり多数派よりもより身近な少数派の信仰が優先されたということになる。
そんなはずはないと言いたくなる衝動を僕は必死に抑える。そんなことをこのゴブリンに言ったって意味がないのに。
「ここから街が始まります」
ゴブリンが指さす先に広がっているもの、それは車から降りた時から見えていた建造物。それは一般的な民家の形をして整然と並んでいた。
「この街には誰かが住んでいるんですか?」
「ええ。休息の必要な種族が。リッチや吸血鬼、我々ゴブリンなどが住んでます。この辺りはゴブリンが多いですね」
「廃墟ではないのか?」
声を上げたのはオスカーだった。意外で思わず声が出てしまったようだった。
「失礼。死人街と言うから街も死んでいるものかと思っていた」
「昔はそうでしたよ。でも家は何もしないより住んでおいた方が綺麗に保てると分かって以来、空きの無いように誰かが住んでいるんです」
「なるほど…」
オスカーは片手で顎を抑えながら頷く。
「兄者。どうやらここは我々の知っている死人街ではないようだ」
「ああ。そのようだな」
死人街に探索の余地があったためか二人の口角が上がる。やはり予想外の謎があるとそそられるものがあるのだろうか。と、ここで嫌な予感がする。
「おいシニステルとデキステル」
「「何だ」」
「勝手に僕から離れて歩き回るなよ」
「分かってるってそんなこと」「姉ちゃんと一緒にいればいいんだろ」
違う。「僕から」離れるなと言ったんだ。微妙に違う。
が、言い返してへそを曲げられては元も子もないのでそれで良しとしておくことにした。
「ああ、もうそれでいいから勝手にいなくなるなよ」
何となくノラを見ると彼女と目が合った。それなのに「頼むぞノラ」の一言が言えなかった。
そんなことなど気に留めるわけもなく、先を歩くゴブリンは進み続け、何度か角を曲がったりしてやがて一軒の家の前で止まった。
「ここです。ここに陛下は住まわれています」
「え?ここ?」
僕も思ったことだったが、真っ先に口に出したのはキレネだった。
目の前にある家は周りの家とさほど変わらない外観だった。いや、両隣の家は観葉植物や置物があったりする分この家が一番質素であるように思えた。
本当にここで間違いないのかと聞くのはしつこいようなので僕はおもむろに歩を進めてドアに取り付けられていたベルを鳴らした。
「ふ!ふははは!何者だ?我が居城の鐘楼を打ち鳴らしし者は」
その声は地底から響いてくるかのようだった。思わず身構えてしまう。
やがてガチャっとドアを開ける音が聞こえた。それは目の前のドアではなかった。耳を頼りにするならばそれは足元から聞こえてきた。
「さあ我が前にその姿を現すがいい。我が名はデュルヘルム・ホロウ・アーヴィング。不明不滅の混沌騎士。この死人の街の支配者にして殉教者である」
声の主は地上の入り口とは別にある地下室への入り口から地上に上がってきた。階段でマントを引きずりながら、頭を抱えて。
頭を抱えて、というのはあくまで物理的な光景を描写したまでであって、決してあのような尊大にして壮大な物言いをしていた彼が苦悩していたという意味ではない。
彼はデュラハンなのだ。
「僕はアーサー・マクダナムといいます。波斗原から来ました。あなたにお話があります」
「ハトハラ…。ふむ。なるほどな」
地上まで上がってきたデュルヘルムは左手でマントをバサッと翻し、自らの体を覆い隠した。それだと自分の視界も失われているはずなのだが、構わないのだろうか。
「吾だ。ああ。聞こえている。なるほど、そういうことか…いいだろう」
「あの…何を?」
この男、オスカーのような喋り方をするがオスカーのそれよりもはるかに難解だ。単に言葉が少ないためだろうか。
「招き入れよう。冥府の門は今開かれた」
デュルヘルムは左手を勢いよく広げる。それに伴ってマントも振り払われ、再び彼の頭部があらわになる。
すたすたと歩いて僕の隣まで来るとガチャっという音を立ててドアノブを回し、ドアを開いた。どうやら鍵はかかっていなかったようだ。
「それじゃあ私はこれで失礼しますね」
「あ、ここまでありがとうございました」
「む、君がここまで、彼らを導いてくれたのか?」
「はい。その通りです陛下」
「そうか…礼はまた今度にさせてもらおう。…その顔、覚えたぞ」
「はい。ありがとうございます」
僕たちを案内してくれたゴブリンは一礼して去っていった。
「さて、では入るがいい。安心しろ。トラップの類はない」
そう言われたことによって逆にトラップの存在を意識してしまうのだが、仮に何かあってもノラがいれば何とかなるだろうということで僕はデュルヘルムの後に続いて彼の家の中に入った。
家の中は決して広いとは言えないが、小綺麗ではあった。
「待っていろ。今もう一つテーブルと椅子を用意する」
通されたリビングには四角いテーブルが一つと椅子が三つあった。どうやら彼は日常的に三人で食事をしたりするようだ。一人暮らしではないのだろうか。
しばらくするとデュルヘルムは片手にテーブル、片手に重ねられた椅子を五脚持って現れた。頭部はおざなりにもテーブルの上に置かれていた。
「さて、これで場は整ったな。あと少し待ってくれ。お茶とお菓子を用意しよう」
そう言って再びデュルヘルムは姿を消した。
「とりあえず、座って待ってるか」
僕たちは隣り合った二つのテーブルを囲むように座った。僕、その右隣にオスカー、シニステル、デキステル。そして僕の向かいにキレネ、その隣にパティ、ノラと座り、僕の一番遠くのはす向かいが空席となった。
「待たせたな」
戻ってきたデュルヘルムは左手にお菓子の入った器、右手に注ぎ口から湯気を上げるポットを持っている。そしてポットを持つ右手の裏拳部分に頭を置き、さらにその上に8段に重ねられたカップがのっかっていた。
そこまでするなら2回に分ければいいのに。
デュルヘルムはお菓子、ポット、カップと器用に置いていき、カップにお茶を注ぎ始めた。
「このお菓子は、何ていうんですか」
立ち上る紅茶の湯気の中、待ちかねたキレネは身を乗り出して尋ねる。
「それは今朝焼いた漆黒樹の焔。またの名を、スコーン」
「スコーン…」
キレネは前半の彼の作品名をスルーして、食いつくようにスコーンを凝視していた。
しかしこれを無視しなかったのはオスカーだ。
「まさか、これほどのものを己の手で錬成したというのか…?」
「ふ、ああ。その通り。手ごろな素材があったからな」
何やら楽しげな雰囲気の中、お茶会は始まった。
ちなみに彼の作ったスコーンはとてもおいしかった。




