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第4話 肺腑の死人③

「はあ…」

「どうしたの?」

「ああ、キレネ」


ため息交じりに頭を抱えていると背後からキレネに声をかけられた。


「え、驚かないの?」

「まあ、梯子を下りてくる音が聞こえたからな。普通に」

「ぐ…このぉ…」


キレネは悔し気に歯噛みする。そんなに真剣に驚かせに来ていたのだろうか。なら次は多少わざとらしくとも驚いてみるとするか。


「それで、ため息なんてついてどうしたの?」

「ん、聞いてくれるのか?」

「ノラのこと、だよね」


どうやらお見通しのようだ。


「うん」


僕は隠さずに素直に答える。


「喧嘩した後仲直りしたんだよね?」

「僕はそのつもりだった。謝って、許してもらえたと思ってた」

「でもわざと避けられてるよね」

「ああ…」


どうやらキレネもキレネで僕たちのことをよく見ていたようだ。


「キレネから何か思うところはあるか?僕が何かまずいことをしてたとか、僕が何か良くないことを言ったとか…」


自分で気づけないとは情けない限りだが、しかしもう他人に頼る他に手段などないように思える。


「それはないと思うよ。そもそもまたノラが怒るような事件が起こるほど時間が経ってないし」

「そうなんだよな…。でも僕にだけあの態度ってことは僕だけに何か思うところがあるってことだろうし…」

「思い当たることがないなら、もう普段通りにすればいいんじゃないの?」

「え、普段通りに?」


つまりは開き直れということか。もちろん本来ならばそうするべきところなのだろうが、しかし僕には前科がある。反省すべき前例がある。清廉潔白の身で開き直るのとは精神的にわけが違う。


「だってそうしないと、悪いことして反省してるアーサーと悪いことしてないけど反省してるふりしてるアーサーが一緒になっちゃう」

「まあ、そうだな、本当に反省してないのに反省した顔をするのは、オオカミ少年になるよな…」


理屈は分かる。しかし僕が本当にノラに何もしていないという保証などどこにもない。もしも僕がノラに何かしていて、それでいてキレネの助言通り開き直ったら傷口に塩を塗り込む結果になる。


「アーサーはこの前のことでノラのことを今までよりも気にするようになった。それはいい」

「うん」

「でも、そのせいで他のみんなのことを見なくなるのは駄目だよ」

「そ、そうだな」


キレネの言う通りだ。ノラの顔色をうかがうことが僕にとっての最優先事項ではない。ノラのことを気にするのは、あくまで仲間として、そして人として通すべき筋のためだ。


「例えば私。ちゃんと見てる?」

「え、キレネのこと?ああ、それはもちろん…」

「じゃあ、これ、かわいくないから何も言ってくれないの?」


キレネは僕にずいっと身を寄せて右のこめかみ付近を指さす。

見ればそこには編み込みが一本入っていた。


「えっと…」

「気付いてた?」

「今、気付いた」


この状況で嘘はつけまい。


「結構前からしてたのか?」

「まあね。昨日から」


つまり丸一日放置していたということか。新たな罪悪感が僕の中にこみあげてくる。


「そうだったのか、ごめん」

「いいよ。これからはちゃんと見て。私のことも。…私だってもしかしたら、悩むときがあるかもしれないから」

「ああ、そうだよな。ごめん」


キレネが悩むときなんて想像できなかったが、あるいは今がそうなのかもしれない。いまやそのこと自体忘れそうになっていたが、キレネは未だ記憶喪失の状態なんだから。


「そんな時はちゃんと気付けるようにする」

「うん」


話はそこで終わった。そこからのキレネの切り替えは早く、いい時間だったこともあって食事にすることにした。夕食だ。

思い思いの食料をテーブルの下から取り出し、車に揺られながら味わっていただいた。味も様々だったが、長く保存することや飽きないようにさせるため様々な意匠がこらされていることに気付かされた。

そしてそれからは平和に車に揺られ、出発した翌日の夕方、フェンリルの引く車が止まった。


「意外と早く着いたな」


車から降りながら僕はつぶやく。

後続のノラを乗せたフェンリル車も停車しており、ノラたちが降りてくるところだった。


「任務、完了」

「ここまで運んでくれてありがとう」

「さらばだ」

「元気でな」


小さくなるフェンリル車を見送り、僕は身を翻して死人街を見据える。

境界線というものがないからよく分からないが、頭にある地図と地形の情報を照らし合わせてみるとあと5歩ほど進むと死人街に入ったことになるようだ。

向こうの方にいくつか建物も見える。あの建物の中に王、デュルヘルム・ホロウ・アーヴィングがいる。まずはそこを目指す。


「よし。みんな行くぞ」


僕が歩き始めると皆が動き出した。双子はいつも通り我先にと僕を抜かして先に出た。


「シニステル。デキステル。あまり離れるんじゃないぞ」

「大丈夫だー」「分かってるー」


本当だろうかと思いながら僕は首を巡らせて当たりの様子を伺う。

侵入者に対して警戒するものもいなければ、僕たちを歓迎しようというものもいない。そして同時にあることに気が付く。


「変な匂いがしないな…」


あると思っていた異臭がしない。

異臭がしないならそれに越したことはないが、どういうことなのかという謎は残る。またお得意の、知っているだけで何も見えていないというやつだろうか。


「おーいアーサー」「これなんだー?」


考察をしてるとシニステルとデキステルが僕の名を呼ぶ。

声が聞こえた方を見るとデキステルが頭上に何かを掲げている。金属製のベルのようだった。


「どこにあったんだ?」

「この岩の上に置いてあった」「鳴らしていいのか?」


シニステルは膝の高さほどの岩を指さし、デキステルは聞きながらガランガランとベルを鳴らす。


「僕が返事をする前に鳴らすな」


ついでに付け加えると、得体の知れないものに触れるな、だ。

何か起こるのではないかとあたりを見回していると双子の立っている近くの足元から何かが、泥よりも透明で、水よりも固い何かが、ぼこぼこと湧き上がってきた。

僕の知識はその光景に反応する。スライムだ。地面からスライムが湧き上がってきたのだ。


「ゴミ「ゴミ「ゴミ「ドコ「ゴミ「ゴミ」ゴミ」ドコ」ゴミ」ゴミ」ゴミ」


スライムから声というにはあまりに無機質な音が発せられる。あちこちで波打つスライムの体に合わせてその音も震えているかのようだった。


「ゴミ「ゴミ「ナイ「ゴミ「ゴミ「ナイ」ゴミ」ゴミ」ナイ」ゴミ」ゴミ」


どうやらあのベルはスライムを呼び出すためのもので、ここに運び込まれたゴミを処理するのはスライムの仕事だったようだ。


「すまない君たち。ゴミはないんだ」


言葉が通じるかは分からなかったが、僕は近くにいたスライムに語り掛ける。不要な出動をさせてしまったことが申し訳なかった。


「ナイ「ナイ「ナイ「ゴミ「ナイ「ナイ」ナイ」ゴミ」ナイ」ナイ」ナイ」


スライムたちの振動が一斉に大きくなった。無駄に呼び出された怒りだろうか。それとも目当てのゴミがなかったことに対する悲しみだろうか。

罪悪感を感じるとともに僕の中でゆっくりと危機感が鎌首をもたげ始める。

スライムの数はざっと見積もって40ほど。もしこの全てが僕たちに襲い掛かったらという恐れ、そして今彼らが何を考えているか分からないために不安も煽られる。

次に取るべき行動を考えているとぴたりとスライムの動きが止まり、発せらていた「ナイ」と時折聞こえる「ゴミ」という音も止まった。

帰ってしまうのかと思われたその時、スライムたちは突如俊敏な動きで、といっても僕の目で捉えられる程度だったので「高速」ではなかったのだろう、飛び掛かってきた。

瞬時に僕の周囲にノラの魔法、防壁魔法が発動される。

意地悪せずに僕にも魔法を使ってくれたことに胸をなでおろしつつ、あることに気が付く。僕の周囲にはたったの一体もスライムが来ないのだ。シニステルとデキステルには数匹程度、固まっていたノラとオスカーとパティ、そしてキレネの周りには防壁にへばりつきながら腰の高さくらいまで積もっていた。

と、次の瞬間、その大量のスライムと目の前の防御壁が消えうせた。代わりに頭上に現れたのは球状の防御壁とその中に詰め込まれたスライム、恐らく先ほど湧き出たスライムは全てあの中にいるのだろう。複数のスライムがいるはずだが、あまりにも密着しすぎているためだろうか、各個体の境界が目で見ただけでは分からない。


「みんな、大丈夫?」


ノラは全員のことを順番に見て言う。ただし僕とは目を合わせようとしない。


「ああ。大丈夫だ」


しかし僕はここであえて声を上げる。「みんな」のことを気遣って放った言葉ならば、無視するべきではない。

ノラが僕を見た。しかし目が合うとふいと逸らされてしまった。


「…これは、敵、なのかしら」


ノラはスライムに注視しながら声を発した。僕の名を呼んでいなければ僕のことを見てもいなかったのだが、しかし僕は応える。


「敵意とかそういう知能のあるかは怪しい。ゴミって言ってたから、大方僕たちのことをゴミと間違えただけだろう。安全な距離を取ったらあとは放してやってくれるか」


ノラは返事をよこさなかったが、代わりに空中のスライムを地面に下ろし、防御壁を球状からコップをひっくり返したようなのに変形させた。


「じゃあ早いところここを離れよう。もしかしたら新しいスライムが来るかもしれないし」


歩き始めようとすると向こうからこちらに向かって歩いてくる影に気が付いた。

しばらく歩くとその姿が見える距離になり、正体が判明した。


「あれは、ゴブリン…。それも一体だけで」


一体何をしてるのだろうか。なんて洒落は言わない。

相手もこちらに気が付いたようで、駆け寄ってきた。重心を前に傾けた、あともう少しで四足歩行になりそうな走り方だった。


「あ、あのもしかして!お客様でしょうか?」


目前まで駆け寄ってきたゴブリンは、予想に反して上品な口調でこちらに語り掛けてきた。


「あ、はい。そうです」

「分かりました!先にスライムのゴミ処理の確認をさせてもらっていいでしょうか?」

「え?ああ…」


案内なんてしてもらえると思っていなかったのだから、自分の仕事を優先してもらって構わないのだが、しかし彼は今何と言った?スライムのゴミ処理と言ったか?


「あの、スライム達なら…」

「な!?あれは一体!?」


遅かったようだ。既にゴブリンは地上に突如現れたスライムの詰まったオブジェを目にして舌を巻いているところだった。

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