第4話 肺腑の死人②
僕が厨房から波斗原に手紙を送ってしばらくすると、自室にいた僕の所へ双子がやってきた。
「死人街に向かう準備ができたぞ」「車の用意が整ったって」
「分かった。すぐ行く」
そして僕はその言葉の通りすぐに部屋を出る。強いて持っていかなければいけないものなどないし、必要ならばいつだって帰ることができるという意識が働いていたからだ。
双子に導かれるままに城の通路を歩きリビングに辿り着く。
「みんないるな」
中に発明品が詰め込まれているであろう箱を傍らに鎮座させているオスカーとパティ、キレネ、そしてノラ。
「忘れも…」
「みんな。飛ぶわよ。いい?」
忘れ物はないかと皆に確認をしようとしたところをノラに遮られる。そのノラは僕の方を見もしない。そして僕以外からの返事が返ってくると僕の返事を待たずに転送魔法を発動する。
最近ずっとこの調子だ、と思うと同時にあることに気が付く。今まで転送魔法は視界が一度歪むという、慣れていない人には不快であろう感覚に襲われるのだが、今回はそれがなかった。
「今の魔法…」
新しい術式なのか?と今までなら気軽にノラに聞けただろう。しかし今はそれすら躊躇する。
そして、そんなだからどんどん溝が深まっていく気がして、次に言葉を掛けるのが難しくなる。
「来たな。アーサー」
胸に渦巻く感情を適切に処理しきれないまま、僕は獣人帝国の王、ケイレヴに声を掛けられる。
「ケイレヴ。ありがとう。車を用意してくれて」
「構わん。同盟の仲間なんだ。お前のところの魔法では向かうのに手間がかかるとのことだったしな」
「ああ、まあ…」
転送魔法はそれを発動する術者が一度行ったことのある場所にしか飛べない。
そのような制約は間違いようも覆しようもない事実なのだが、しかしノラは新しい術式で標的を追尾する転送魔法を実現させていたりした。これを応用すれば行ったことのない場所でも転送できそうな気もする。
もちろん、本人がやろうとしていないというのだから、わざわざできないのかと聞いたりはしないが。
「全員を一度に乗せられるほどの車は用意できなかった。二手に分かれてもらうことになる」
「分かった」
「食料や生活に必要なものはそれぞれの車に乗せている。移動中に外に出る必要がないようにな」
車を引くフェンリルは疲れることなく走ることができるという特性を持つので、掛け値なしにノンストップで死人街まで向かえる。
「ありがとう。何から何まで」
「どうということはない。武運を祈る。…交渉の方も、頼むぞ」
「ああ。任せてくれ」
今回からの旅は本の情報収集に加えてもう一つ、同盟に未加入の死人街とアルフヘイムを勧誘するという目的がある。
もちろんそれに失敗したところで損害があるわけではないが、同盟の恩恵を受けたければ多少なりとも同盟に貢献しなければならないということだ。
「それじゃあもう僕たちは行くよ」
僕はみんなの方へ歩み寄る。そのわずかな間にどういう風に分かれて車に乗り込むかということを考える。いや、考えるまでもないか。僕とキレネとオスカーとパティの四人、そしてノラと双子の三人に分かれるのが最も妥当というか平和な分け方のように思えた。
「えー、車が二つあることからも分かると思うが、僕たちはこれから二手に分かれて車に…」
話してる途中だったのだが、視界からノラと双子の姿が消え、遠い方の車の入り口のドアがバタンと音を立てて閉じられた。
「…分かれて車に乗る。えっと、だから残ったこの4人であの車に乗るわけだな。うん」
奇しくも僕とノラの班分けの意見が一致した。意外と気が合うんだな。とはさすがに思わない。そんな呑気になれるほど、僕は無垢じゃない。
車に乗り込むとその内装に僕は息を呑んだ。一言で形容するならばそれは宮殿のミニチュア。宮殿に敷かれていたのと同じような絨毯が敷かれており、ほのかにいい匂い、優雅な香りというやつだろうか、が漂っている。
向かい合う長椅子と、その間にテーブル。長椅子の後ろにはそれぞれ一つずつ二段ベッドがある。
「アーサー。何かあるよ」
テーブルの上に置かれていたメモにキレネが気付き、それを摘まみ上げて僕に渡した。
「ありがとう。えっと…食料はテーブルを縦にスライドすると現れる収納スペースの中。風呂とトイレは右側の二段ベッドの梯子から上がる天井裏に、か」
入って右手に見える方のベッドを見ると、確かにその梯子は天井に取り付けられたハッチに続いていた。
「風呂とトイレにはそこから行けるみたいだ」
「ではまず俺たちが」
僕が天井のハッチを指さすや否や、オスカーとパティはその梯子に一直線だった。
「で、食料はこのテーブルをずらした下にあるらしい」
「これ?このテーブル?」
食料と聞くと即座に動き出すキレネ。彼女は両手でテーブルを押すが、しかし残念ながら横向きに押していたので、開く道理もなかった。
「違う。縦って書いてあったから、多分こっちだ」
僕がメモに書かれている通りの押し方をするとテーブルはするすると動き、積み込まれている食料がその姿を現した。
「色々あるな。思ったよりも」
瓶に詰められた飲み物。生肉はないが、燻製の肉などがある。そして圧倒的多数を占めるのはパンだった。ただ、一口にパンといっても様々な種類のものが揃えられており、店が開けそうなくらいの種類があった。
「これ全部食べていいの?」
「食べられるならな」
死人街までは明日か、遅くても明後日の早朝には着く。よって車内で摂るであろう食事の回数は3から5回。4人分と考えてもすべて食べきるにはちょっと頑張らないと駄目そうな量だった。
もっとも、食料が残った状態でフェンリルたちを帰して、中の食料が傷まずに宮殿まで戻れるかどうかとなると、少し怪しい。そういう意味では食い意地を張ってでも完食した方がいいのかもしれない。
「まだ食事の時間じゃないから閉めておくぞ」
「え~。一つ食べさせて」
「まあいいけど」
「わーい」
キレネは白色の渦巻きのパンを選んだ。表面にナッツがまぶされているパンだ。
おいしそうにパンを頬張るキレネを眺めていると、天井からオスカーとパティが下りてきた。
「報告する。天井裏でシャワー及びトイレの存在を確認」
「報告します。バスタブの存在は確認できず」
「分かった。…えっと、ご苦労だった」
車内の探検を終え、僕は次にすべきこと、決めるべきことを決める。
「じゃあ、誰がどのベッドを使うかを決めるぞ」
僕の言葉の直後、キレネは挙手して何事か主張していたが、パンで口がふさがっているため、もごもごと何を言ってるかよく分からなかった。
「えっと、キレネは上がいいのか?」
彼女の指さす先を目で追って導き出した推測を口にすると、キレネは首を縦に振った。
「他に上がいい人は?」
「…私も」
パティがおずおずと手を挙げる。
「パティか。僕は下でいいけど、オスカーはどうだ?」
「俺がこの右手に宿すは無限。これ以上の高みを求めることはない」
「じゃあ僕とオスカーで下のベッドを使おう」
こうしてそれぞれの寝床が決まった。
寝床が決まったと言えどまだ寝る時間ではない。僕たちはそれぞれ思い思いのことをして過ごす。オスカーとパティは上の段のパティの寝床で発明品をいじり、キレネは気になると言って天井裏を見に行ったあと、自分の寝床に入っていった。
僕はというと、テーブルと長椅子を独占できることになったので、そこで広々と長椅子に腰掛け、作戦を練ることにした。
「死人街への侵入方法は考えなくていいから、同盟への勧誘方法だけ考えればいいか。本の情報に関しては知ってますかと素直に聞けばいいだけだしな」
死人街への侵入及び攻略は恐らく5つの州のうち最も簡単だろう。他の州との境界は自然発生的にできたもので死人街そのものに強い縄張り意識はないし、何より面積が最小なので移動に時間がかからない。さすがは序列最下位の州といったところだ。
ただ、だからと言って安全とは限らない。他の州との境界が自然発生的にできたというのは地形によるものではない。死人街の生業としているもののためだ。
その生業というのは廃棄物の処理。
簡単に言えば死人街とはごみ溜めなのだ。それゆえ僕の知識によれば死人街は年中異臭に包まれてるという。廃棄物の種類によっては有害なガスだって発生しうるだろう。
「まずいな、うっかりしてた…」
僕はこのことをまだ誰にも言っていなかった。この問題に対処できそうなのはパティの発明かノラの魔法だというのに。
今のノラとの関係で気軽に魔法をかけてくれとはいいにくい。しかしパティの発明だって取りに帰るためにはノラの魔法で城まで飛ばないといけないし、そもそも都合のいいときにいつだって都合のいい発明をしてくれているとは限らない。
ノラの魔法に頼ってしまうのが一番手っ取り早いが、
「まあ異臭がしていればさすがにあいつも言われなくても魔法を使うだろ」
そうすれば流れで僕にも魔法をかけるだろう。あいつにとって対象がちょっと増えるくらい、多分どうってことないだろうから。
「さすがにわざとらしく僕を、僕だけを放置するなんてこと…あるわけない、よな…」
もし僕にだけ魔法をかけなかったら、その場合はどうすればいいんだ?怒っていいのか?明らかな嫌がらせと分かれば、僕は彼女に怒っていいのか?
「僕が、ノラに…」
僕のせいでノラが僕に嫌がらせをしたのだとしても、それで僕がノラに強く反発してはいけない理由にはならない。
頭の中では少なくともそういう理論が成立しているのだが、しかしそれを正しいと思おうとすればするほど、胸が痛くなるような気がする。
「罪悪感、なのか?」
だとすればこれは何に対する罪悪感なのだろうか。ノラを怒らせた事件に関しては本人に謝って許しも得た。反省したし二度とノラを軽んじ陥れるようなことはしないと誓った。
しかしこのままだと何も話せず、結局同じことを繰り返してしまいそうだ。
「いや、それだけは駄目だ。絶対に…」




