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余談3 狡猾の狗③

夜、俺はまた学校へ行った。そしてやはりそこにいたのは昨日同様セミラだけだった。


「よし。やるよー。今日は物でも浮かせてみるー?」

「いや、それはセミラだけで、俺は自分にできることからやっていく」


やっぱり俺にできるのは、俺にできるところまでなんだと思う。当然と言えば当然だが。

十歳の頃にできなかったことで今できることがいつからできるようになったのかとか、ちゃんとは思い出せないのとおなじように、できることを続けて、その中でできることとできないことの境界に飛び込み続けることで、何かのはずみにできるようになったりするんだと思う。


「だからまずは、呪文の詠唱じゃなくてあれだな。『魔力の射出』」


体から放出した魔力を勢いよく射出し、何かに衝突するまで持続させる方法だ。今は自分の腕の二倍程度の距離までしか飛ばせてない。多分これは、ノラ先生に言わせると「まだまだ」な気がする。


「とりあえず、教室の端から端までくらいの距離を飛ぶように頑張ってみるとするか」

「教室の端から端ってー、縦?斜め?」

「縦…いや、斜め」


目標は高く、である。


「斜めかー。うーん。それは実はちょっと私も怪しいかもー」

「そうなのか?」


だったら俺ももう少し目標を下げても、と思うがそんなことはしない。


「なら、飛ばせるようになったらやり方教えてやるよ。今までのお返しに」

「そっかー。楽しみにしてるねー」


それから俺とセミラは思い思いの訓練方法で訓練をはじめる。当然というかなんというか、始めてすぐなので上達は目に見えなかったが、しかしやったという実感は確かに胸に積もっていた。

一時間ほどやって少し休憩しようとした時だった。俺はあることを思い出す。


「そういえば計画書、提出しないとダメなんだった」


計画の実行には魔法が必要だったが、しかし計画書を書くこと自体は今すぐにできる。親父に限ってわざわざ催促しに来たりはしないだろうが、あまり待たせると勝手に俺が諦めたことにされるかもしれない。

しかし今この俺があの時親父に言ったように「今すぐ」出発したいとは言えない。一度事情を説明してもう少ししてから出発するってことにしようか。どうにも気が進まないが、とりあえずは仕方ない。今できないのは事実だし、それを伝えなければ。


「ねーリード。今休憩中?」

「ああ。少しだけ」

「じゃあちょっとだけ話聞いてー」

「いいぞ。何だ?」


セミラは俺の隣に腰を下ろす。


「私、やっぱりみんなに戻ってきてほしいんだー」

「ああ、まあ、そうだよな」


俺だってできればそうなってほしいと思っている。みんなでいられるというのは革命とか成し遂げるとかを抜きに考えても楽しかったし。


「うん。私たちってー、リード君は旅に出るって言ってたけど、そうじゃなくても多分もう少しで遊んでとかいられなくなるはずでしょー?」

「ああ、確かにそうだな」


学校を卒業すればあとは大人としての生活が、遊んでなどいられず仕事をしなければならない生活が待っているのだから。


「だから絶対、こんな風に終わっちゃいけないと思うんだー。きっとそういうのって、大人になってから後悔すると思うから」

「大人になってから、か…」

「まあ、大人になってからじゃないとできないんだけどねー後悔は」


お袋の言ってたことはこのことだったのかもしれない。いたずらに友との別れを早めた俺に必ず後悔すると言ったお袋は、このことを予見していたのかもしれない。


「セミラ。お前の言う通りだよ。やっぱりやだよな。このまま何となくみんないなくなるのは」

「うん。そうだよねー。だから何かみんなに呼びかけたいなーって思ってたんだけど、何を言えばいいか分からなくて…。何かいい考えあるー?」


もしかしてセミラは全て自分で何とかしようとしていたのだろうか。


「ごめんセミラ」

「え、あ、そうだよねー。やっぱり自分で考えなきゃ駄目だよねー…」

「いや、そうじゃない。ごめんって言うのはそうじゃなくて、その…」

「なにー?」


セミラは首をかしげながら俺の顔を覗き込む。言葉足らずだったためか誤解をさせてしまったようだ。


「それは俺がやる。俺がやらなくちゃいけないことだと思うから」

「そう…なの?」

「そうだよ」

「そっか、じゃあ、お願いするねー」


任された。俺は決意と使命を胸に刻み込んだ。

翌日、示し合わせたように最後の授業は座学だった。つまり学校が終わる瞬間、みんなが教室に揃っているということだ。

この日、俺は決行することにした。

最後の授業が終わって先生が教室から出ると、みんなは帰りの用意を始める。最初の一人が教室から出て行ってしまう前に俺は前に立ち、みんなの方を向いて言った。


「みんな。この間のことだけど、悪かった。謝るのが遅くなったのも、ごめん」


みんなが俺を見た。帰ろうとしていた者も足を止めてくれた。


「えっと、あれからみんな夜、外に出られなくなったりしたって言うのは聞いた。でも多分、みんなが訓練に来ていない理由はそれだけじゃないんだろうとも思ってる」


根本的に信用を失ってしまったというのも理由の一つ。いや、それこそが主たる理由だろう。


「もしできたら、またみんなで何かしたいと思う。俺たちって、最初はそうだっただろ?みんなで一緒に何かをしようとして、それがたまたま今回は革命だったってだけで、それに失敗したから俺たちも話さなくなるって言うのは、いやなんだ」


どうすれば関係を修復できるかどうかなんて分からない。しかしもう一度話さないことには何も再開することができない。


「もしまた俺と仲良くしてくれるなら、七時にこの教室で待つ。これからのことを話し合いたいから、来られる人は来てくれ」


俺が言おうと考えていたのはここまでだ。俺が口を閉じたことで静まり返った教室の中、俺はそそくさと一番前の自分の席に戻った。

俺が席に着いたのを皮切りに、止まっていた教室の中の時間が動き出した。クラスメートは一人また一人と教室から出ていく。

瞬時に騒がしくなった教室の中で、セミラが歩み寄り、俺の隣の席に座った。


「どうだった…?」

「ちゃんと喋れてたよー」

「そうか」


ちゃんと言えたならこれ以上できることはない。あとは待つだけだ。

十分が経過した。教室から出ていく者は何人もいたが、戻ってくる気配のある者は誰一人としていなかった。


「まあ、仕方ないことだよな」


俺は無能にもかかわらずリーダーとして革命を指揮し、結果失敗した。いや、みんなからすれば俺は陥れられた仲間ではなく、陥れる手助けをした共犯者。あんな口先だけで帰ってきてくれるわけがない。


「まあ、七時までって言ったからな、俺はそれまでは待つ。お前は、セミラは先に帰ってていいぞ」

「そんな水臭いよー。私も一緒に待つから。魔力でも出して待ってよー?」

「そうだな…」


そうして魔力を出したり動かしたりしながら待っていると時計は七時を指した。

結局、教室からは人が出ていくばかりで、入ってくる者は誰もいなかった。


「セミラ。もう七時だ」

「ん、あーそうだねー」

「帰るか」

「え?何で?」


セミラはきょとんとした顔でこちらを見つめる。


「いや、帰るだろ?俺はまだしも、特にお前は」


家で家族が待っているのだから。


「え、じゃあー、みんなはどうするの?解散?」

「みんな?」


俺は振り返る。今まで魔力に集中していたことと、席が一番前だったことで確かに後ろに誰かがいても気が付かなかったかもしれないが、しかし教室の入り口は一つ。誰かが入ってくれば絶対に気づけるはずだ。

そう決めつけて振り返った俺の視界には八人の友人が現れた。


「え…なんで、お前たち…」

「残っててくれって言ったのはリード。君じゃないか」

「もしかして、ずっといたのか?」


理屈は簡単だった。ここに残った八人はあれから一度も教室を出なかったんだ。俺が言いたいことをぶちまけてから今に至るまで、ずっと同じ教室の中にいたんだ。


「僕たちも悪かったよ。ちょっと周りの空気に流されて、あのことをなかったことにしようとしてた」

「リードだって、ううん。リードが一番大変なはずなのにね。うちら、それに気が付くのが遅かった」


どうしてそんな優しい言葉を掛けられているんだろうか、俺は。


「いや、そんな、あの件はどう考えても俺が悪かったん…」

「それを言うならー、俺『が』じゃなくてー、俺『も』でしょー?」


セミラが俺を遮って言った、あるいはそれは助け舟だったのかもしれない。


「そうだよな。作戦ではリードが一番目立ってたけど、やろうって言ったのはみんなだもんな」


そうだそうだとみなが頷いた。


「まあ…でも、八人だけか、みんな薄情だよなー。やれやれ」

「そんなことはないと思うけどな。俺はそもそも誰も残らないんじゃないかって思ってたくらいだ」


もともとの人数から考えると八人というのはごく一部かもしれない。でもこの八人とセミラ、そして俺を合わせた十人が集った。この事実は強く俺の背中を押してくれた。


「で、リード。俺たち何するんだ?この新しいメンバーで」


教室に集ったメンバーの一人から声が上がった。


「え?えっと…えーっと……」


当然ながら俺は戸惑い言葉に詰まる。何も考えていなかったのだ。みんなに何を言って謝るかしか考えていなかったせいだ。


「まずは、その計画を立てないとな」

「またみんなで一緒に魔法の練習するー?」

「いや、魔法はひとまずはもういいんじゃないか?俺とセミラだけで」


もちろん他にやりたい者がいれば話は別だが、そこまで元に戻す必要はないように思える。


「うちはいつかは全員戻ってきてほしいと思ってるけど」


そんな声も上がる。


「そうだよね。やっぱり残りのみんなも、このままってのは寂しいと思うよ」

「ああ、でも去ったのはそれでそいつの意思だから、あまりこっちから呼びかけるのは…」

「それじゃあー、今いる私たちですごい楽しいことしようよー。そしたらいなくなっちゃったみんなも戻ってくるかもしれないよー」


躊躇する俺にセミラは提案した。周囲からは賛同の声が上がる。


「なるほどな。それがいい。そうしよう」


俺はこの国全体をよくしたいと思っていたが、その前にまずは自分の身の回りをよくしないと。

まずは俺たちにできる革命を、起こそうじゃないか。

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