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余談3 狡猾の狗②

夜、俺は学校に向かった。言うまでもなく魔法の訓練のためだ。

旅に出ることを急いでそちらの方を優先していたため、ここ数日参加できていなかった。

ちなみに俺はまだ体の中にある魔力をなんとなく感じられるだけで、未だに自分の魔力を体の外に放出することはできていない。ノラ先生は人それぞれだから焦らなくていいと言っていたが、あの言葉はきっと先生の優しさ。訓練を急ぐことは必ずしも悪いことではないはずだ。


「セミラ」


学校に着くと目に入った仲間は一人だけ、セミラだった。


「あ、リードだー」


俺に気が付いたセミラは右手をパタパタ振りながら駆け寄ってきた。


「夜に合うのは、久しぶりー。もう誰も来なくなっちゃうのかと思ったよー」

「誰も?」

「うん。みんなこの間のことで来なくなっちゃったんだよー」


この間のこと、というのは疑いようもなく失敗に終わったクーデターのことだろう。


「もしかしてみんな、俺に裏切られたと思ってるのか?それで…」

「大丈夫だよー!」


セミラは両手で俺の顔を挟み込んで強制的に俺の言葉を遮る。翼が首筋に触れるのがこそばゆい。


「あの時何が起こったか分からなかった私たちにノラさんが説明してくれたんだよー」

「そうなのか?」

「うん。悪だくみしてたのはアーサーさんだったってー」

「それは…」


新たな誤解を生んでやしないだろうか。


「だからー、みんなが来なくなった主な理由は、みんなの親が行くなって言ったから。王様に背くようなことをしたんだから、まあそうなるよねー」

「お前は大丈夫だったのか?」

「うちはほらー、うちにノラ先生とかみんないたから、話はちゃんと聞いてくれたんだよー」

「そうか、それはよかったな」


そうだとしても、みんなが来ないと分かっていながらどうして独りこの場所で訓練を続けているのだろうか。


「今日まではずっと独りだったのか?」

「うん。一人だけだとしても誰かがいないとねー」


そう言ったセミラは微笑していたが、しかしそれゆえに何を思っているのか分からなかった。


「それじゃあ、始めるか」

「そうだねー」


返事とともにセミラの掌に彼女の髪と同じ茶色のもやが現れた。


「それは?」

「これ?魔力だよー」


こともなげに言って見せるセミラ。彼女の放出する魔力は掌から徐々に領域を広げていき、十秒と経たずに全身から魔力を発するようになった。


「すごいな。俺はまだ魔力なんて一滴も出せてないのに」

「ノラさんも言ってたけど、向き不向きがあるからねー。偶然だよー」


それに、とセミラは言う。


「私は家でノラさんが魔法を使ってるのを何回か見たから、それでかなー。具体的にイメージしやすいのは」


セミラは昔から観察力のあるやつだと思っていたが、どうやらこういう分野でその能力は真価を発揮したようだ。


「セミラ!お願いだ。具体的じゃなくてもいい。やり方というか、コツというかがあれば俺にやり方を教えてくれ」

「リード、最近いつにもまして熱心だねー。リードの心に火をつける何かがあったのー?」

「ああ。実は…」


俺はセミラに親父に与えられた課題のことと、旅の計画のことを話した。


「え?リード、旅に出るの?」

「話してなかったか?」


言われてみればそうだったことに気が付く。


「初耳だよー。寝耳だよー」


寝耳に水を略して寝耳、というのはどうなのだろうか、驚き要素である水が除外されることで意味がなくなってしまってる気がするのだが。


「ふーん。そっかー。それで魔法が必要なんだー」

「ああ。ノラ先生が使ってる魔法の一つに物を別の場所に収納して自由に取り出せる魔法があっただろ?」

「転送魔法。あ、それと亜空間生成魔法、だったかなー」


セミラは手の中で魔力を球状にしながら思い出すようにそんなことを言う。魔力の扱いもさることながら、魔法に関する知識もセミラは俺より数歩先にいる。


「ノラ先生のいない今、頼れるのはセミラだけなんだ」

「え!?あ、私、ですか…」


セミラは何かに驚いたようで、集中が途切れ掌の上の魔力球が消えてしまった。


「図々しかったか?ごめん」

「ううん。全然だよー」


セミラは首を激しく振って応えてくれた。


「それじゃあ今日から、毎晩一緒に練習するよー」

「ああ。よろしく頼む」


その日から俺とセミラの特訓が始まった。

お世辞にも呑み込みのいいとは言えない俺にセミラは根気強く付き合ってくれた。特訓を初めて三日目で俺は鼻のてっぺんから魔力を放出できるようになり、その二日後には頭全体から放出できるようになった。

セミラには首だけ浮かんでるみたいだと大笑いされたが、大きな進歩だった。

そして特訓を始めてから二週間後、俺は全身から魔力を放出することに成功した。


「すごいねー。二週間だけでここまでなんて、私いなくてもできたんじゃないのー?」

「そんなことはないさ。セミラが根気強く付き合ってくれたからだ。…悪いな。俺の面倒見てくれてる間、自分の練習できなかったんじゃないか?」

「そんなことないよー。リードに教えることで私自身魔力の扱いに磨きがかかったみたいだしー」


そう言いながらセミラは掌に魔力の球体を作り出した。

この間は手で物理的に丸めていたのに、今はその必要はないらしい。確かに磨きがかかっているようだ。


「さ、魔力を出せたら次は呪文だよー。呪文を唱えると魔力の道筋みたいなのができるからー、後はできるだけそこからはみ出さないように魔力を動かせば成功だよー」

「道筋、か…」


今ようやく魔力を出せるようになった俺が、すぐにその動きを操るなどそう簡単にできないのは分かっている。でも始めないと、いつまでたっても辿り着くべきところに辿り着けない。


「それで、呪文はどういうものなんだ?」

「これだよー。書かれてる順に挑戦していくと一番やりやすいってノラさんは言ってたから、この通りやるといいよー」


セミラから手渡されたリストには魔法の名前が箇条書きにされており、そのあとに呪文の本文が記載されていた。


「この呪文…いつ習ったんだ?」


俺はノラ先生の授業を全て受けていた。その中で習った呪文、基礎中の基礎とされたものだったが、は全てノートに記録している。

しかしセミラの渡したリストにはそれ以上の量と難易度の魔法が記されている。


「あー、これはねー。昨日ノラさんから…」

「昨日?」

「うん。魔力の扱いが上達したって見せてみたら送ってくれたんだー」

「ノラ先生が来てたのか?」


俺からの問いかけにセミラはかぶりを振った。


「違うよー。ノラさんの魔法。対象を追跡する術式で転送魔法を使ったんだってー」

「へー…」


繰り出されたという魔法の高度さに舌を巻いた俺だった。


「やっぱりすごいんだな。ノラ先生は」

「まあ私たちのはるか上にいる人だからねー」

「そうだよな。でもそのノラ先生から直接リストを手渡してもらえるお前だって十分すごいだろ」

「え?そんなこと、ないと思うよー」


セミラは笑って言ったが、俺は困惑していた。

どうして俺の口からそんなセミラを妬んでいるように聞こえる言葉が出てしまったんだろうか。

幸いセミラはあまり気にしていないようだが、しかし俺の心になかにはしこりのようなものができて、その日はそれから気を取り直すこともできずにさしたる進歩もできず、訓練を終えてしまった。

部屋に戻ってから少しだけ眠ろうとしても眠れない。さっきできたしこりが何なのか、だんだん分かってきた。

嫉妬だ。自分が今必要としているものを持っているセミラのことを俺は妬んでいるんだ。


「くそ…悪いのは全部俺なのに」


それなのに俺は心のどこかでこの状況を自分以外の何かに押し付けようとしている。

俺は今まで何か勘違いしてたのかもしれない。頑張れば何とかなると、自分の力で解決できると思っていた。しかし俺はそんなに優秀じゃない。

今までなんだかんだうまくやれてこれた、そんな気がしたのは全て


「親の力、だよな」


自立なんてとんでもない。俺が食べてるものも着てる服も、全て親に与えられたものだ。俺はただ学校に通って、それでやるべきことをやっている風な顔をして自立させろと言っていた。

俺はまだ、そんな器じゃなかったのに。

結局脳の片側ずつの睡眠しかできずに朝を迎えた。

これまで通りに登校して、これまで通りの授業を受けた。

あんなことがあったというのに、みんなもやはりこれまで通りだった。俺に対しても、セミラに対しても。

いや、それは単にこれまでと違うものが付け足されていないからそう感じているだけだった。教室の友達の誰一人として魔法のことを口にするものはいなかった。それこそ魔法で、記憶を消されたように。

俺はそんな空気の中で自分が魔法の訓練を再開したと言えなかった。もしかしたらセミラが訓練を再開したのに誰も誘わずにいるのは、俺同様にこの空気のためなのかもしれない。というのは推測なのか、それとも願望なのかは考えないことにした。


「リード。少しいいか?」


最後の授業が終了し、荷物をまとめて教室を出ようと席を立つと先生に呼び止められた。

そのまま俺は職員室まで誘導され、そこで先生と二人になった。


「何があったかはケイレヴ…君のお父さんから聞いた」

「ああ。はい」


親父と先生が知り合いなのは知っていたが、まさかあの一件が親父から先生に伝わっているとは思っておらず、虚を突かれたような気分だった。


「まあ、おれから言えるのは、世の中には色んなやつがいるってことだ。そしてそれは『いい奴』と『悪い奴』だけで割り切ることはできない」


アーサーさんたちのことを言っているのだろう。親父がどんな話をしたかは分からないけど、多分先生は彼らのことをよく思っていない。言葉尻にそう感じることができた。


「俺ってやっぱり、間違ってるんですか?一人で全部何とかしようとするのって、まだ早いんですか?」

「そうだな…」


先生は少しの間言葉を発さなかったが、しかしそう長く待たずして答えは与えられた。


「自立しようとするのは早いに越したことはないだろうな」

「やっぱりそうですよね」

「だが、一人で全てできると思い込むのとは別だぞ」

「それはもちろん…」


分かっている?そうだろうか。俺は自分の能力を過大評価していたということに、つい昨日気が付いたばかりだ。その俺の口からその言葉を発する権利があるのだろうか。


「自分一人で何でもやろうとして、できると思い込んで、結局何もしなくなった…できなくなった奴もいる。……お前は、そうなるんじゃないぞ。リード」


そう言って先生は、繕ったような弱々しい笑みを見せた。

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