余談2 萌芽の蕾②
俺たちが洞窟の外に出て久しぶりの太陽の光を浴びていると俺の掌の上でスライムから声が聞こえた。
「オスカー。パティ。聞こえる?」
「ああ。感度に問題なし。送れ」
「遅れて聞こえる?それはいけないわね」
「あ、いや、今のはそういう意味で言ったのではなく、こちらの連絡事項が終わったので次はそちらがどうぞという意味の…」
「あら、それはごめんなさい。そういう挨拶は詳しく知らないものだったから…」
などとやり取りが行われた後、ウンディーネたちから入ってきた情報から、我らが王たちの次なる行先は先ほどの洞窟、またはサラマンダー達のいる森と考えられるらしいことが分かった。
俺たちはサラマンダーの森を目指すことにした。最後にいた場所と経過時間から考えて後者の方へ向かっている可能性が僅かに高かったためだ。
パティがおおよその位置を聞いて以降、ニムエの方からの呼びかけはなかった。彼女は彼女で自分の仕事を始めたのだろう。
「パティ。大丈夫か?」
「うん」
「少し休むか?」
「残りはあと少し。必要ない」
パティが行った設定によってサウザンドアイズのディスプレイにはサラマンダーの森までの道順が表示されている。それによると、もう道のりの8割を終えたところだ。
レジスタンスのおかげでスーツの中の温度は適温に保たれているが、足に蓄積される疲労は歩みを止めない限り消えはしない。
パティはそろそろ休んだ方がいい気もしたが、しかしそれから5分間休むことなく歩き切り、それと思しき森に辿り着いた。
「ここのようだな」
「ククッ。ここが、かの地、えっと…」
「焔の咲き乱れる炎の森。といったところか」
疲れているのだろう。パティの言動にもキレがない。
「森の中の様子は俺が見てくる。パティはここで待っていてくれ」
「御意。ここは私に任せて先に行け」
俺が森に踏み入ろうとしたその時だった、頭上から何かが落下し、目の前に着地した。
それはヒト型をしていたがしっぽがあり、耳はなく、代わりに皮膚には鱗が存在した。
「サラマンダーのイメージに合致する。…どうやら目的地はここで間違いないようだ」
「ようやく来たかお前たち。待ちわびたぜ」
そのサラマンダーはさも俺たちのことを知っているように話しかけてきたが、しかしもちろん俺たちはこいつのことを知らないばかりか、サラマンダーを見るのはこれが初めてだ。
「人数が減ってるな」
「人数?」
「あの時は確か5人だっただろ」
どうやら目の前のサラマンダーは俺たちのことを我らが王たちと間違えているようだ。
ということはつまり、まだここにみんなは来ていないということになる。
「ああ。残りの3人は別の用事に取り組んでいてな。別行動だ」
「別行動…って、していいんだったか?まあいい。来たからには勝負だ」
「勝負?」
「そういう話だっただろ」
話を合わせるために俺は、ああそうだったな、と口にするが、もちろんどういうことか分からない。
そして訳も分からないままにそのサラマンダーに導かれて森の奥へと分け入った。
進んでいくと森はだんだん開けていき、他のサラマンダー達も現れた。
「勝負にはあれを使う」
やがて前を歩くサラマンダーは足を止め、前方を指さす。
彼が指さしたのは石を組んで作ったドーム。中央には煙突らしきものも見える。
「フッ。なるほど。では聞かせてもらおう。あれは何なのか、俺たちはこれから何をするのか」
「おう。あれはサウナだ。あの中で我慢比べをする」
「我慢比べ…」
ここまで言われればもはや説明の必要はない。暑さに耐えかねて先に出た方が負け、という内容だろう。
しかしその勝負内容には根本的な問題がある。
「火を操る妖精サラマンダー。この勝負はお前が圧倒的に有利なんじゃないか?」
「いいや、それは違うぜ」
サラマンダーは大きくかぶりを振った。
「俺たちは火を操れるし体温も高いが、だからと言って暑さに強くはない。普通の気温でも周りが熱くなるくらいの熱を放出してるんだ。サウナなんて大の苦手だぜ」
このサラマンダーの言葉が本当だとすれば、彼はわざわざ自らの苦手分野で勝負を挑んでることになるが、本当にそれでいいのだろうか。
「さあ、こっちはこの俺、ジンが代表として出るぜ。お前たちはどっちが出るんだ?」
「フッ。聞くまでもないことではないか?俺の右手に宿るのは無限。その無限をしてたがか暑さに屈するとでも?」
「おう。じゃあお前だな?」
俺の決断に異存がなかったと見えて、パティは物言わずたたずんでいた。
俺は歩み出ながらサウザンドアイズを脱ぐ。その瞬間ぬるい熱気が俺のほほを撫で、濃厚な草の匂いが鼻孔に流れ込んできた。
「へっくしゅ!」
耐えがたいむずかゆさが鼻を襲い、それを自覚した瞬間にはそれはもう爆ぜていた。
「兄者!」
気づいたときには俺は両手に持っていたサウザンドアイズをパティにひったくられ、強引に被せられていた。
「吸っては駄目だ兄者!ただはすまないぞ…」
「ああ、油断したようだ」
洞窟の中で大丈夫だったせいですっかり微粒子の存在を忘れていた。
サウザンドアイズを被ってからもしばらく目と鼻がかゆかったが、次第にそれも薄れていった。
「どうした?」
ジンだけでなくほかのすべてのサラマンダーがこちらを見ていた。
「いや…。俺たちはここの空気が体に合わず、これを被っていないといけないのだ」
「お、そうなのか。それはまずいな…別の勝負に変えるか?」
「別の…いや」
考えるまでもなかった。この勝負はこのまま受けるべきだ。
俺は今の今までレジスタンスにサウザンドアイズという装備に身を包んでいたため気づかなかったが、さっき肌で理解した。ここは高温多湿の密林。装備なしでいればサウナなどなくとも汗は滝になっていただろう。
「このままで構わない」
しかしレジスタンスとサウザンドアイズがあれば常に適温。この我慢比べで負けるわけがなかった。
「兄者…」
「分かっている。…だが、この勝負は本来俺のものでなく我らが王のもの。俺が代わりに受ける以上、勝手な敗北は許されない」
俺はパティを残してジンの後に従い、サウナの中に入った。
「さあ。好きなところに座れ」
中は狭く、常にかがんでいなければならないほどだった。
俺が座るとジンは後ろ手に扉を閉め、俺の隣に座った。
「ふぅ。今日は調子がいいみたいだな。いつもより暑いぞ」
「そうか」
もちろん俺の肌が感じる温度は適温以外の何物でもなかった。
「どうだ?そろそろ出たくなってきたんじゃないのか?」
「…いや」
まだ入って数秒。まさか、それほど高い温度なのだろうか。それならば俺が纏っている科学の鎧は著しく有利。いや、卑怯とさえ言えるかもしれない。
「はは…。なかなかやるじゃねえか」
「まあ、な」
俺は迷った。真実を告げるべきかどうか。
いくら相手が了承しているとはいえ、俺はレジスタンスの性能を詳細に彼に伝えたわけではない。今からでも詳細を伝えれば公平に勝負はできるかもしれない。
俺はどちらを優先すべきだろうか。王のためにどんな手を使ってでも勝つことか、それとも自分のプライドのためにいたずらに不利に身を沈めるべきか。
「フッ。好きな方を選べ、あなたならそう言うのだろうな。お父さん」
俺は運がいい。いや、とてつもなくいい。だって選ぶことができるのは二つだけではないのだから。
「答えは両方だ。自分を追い込んだ上で、勝つ」
俺はサウザンドアイズを両手で頭から外し、脇に置く。
「おい。お前…」
「解除」
さらにレジスタンスの装備を解除する。こうするとレジスタンスの温度調整機能は働かなくなり、普通の服を着ているのと変わらなくなる。
「何してるんだよ。被ってなくていいのか?」
「いいんだ。呼吸とは鼻でするだけが全てではないからな」
口呼吸。
もちろん熱い空気が直接喉を炙るため、すぐにせき込みそうになる。
そして熱されるのは喉だけではない。今やただの服になったレジスタンスの内部に熱は侵入し、居座る。
「さあ、ここからが本当の闘いだ」
鼻声だったのが締まりなかったが、しかし宣言せねばなるまい。
そして3分後。
3分じっくり灼熱を味わって分かったが、このサウナは確かに暑い、いや、熱い。しかし何か物足りないと思ったら、湿気がないのだ。それゆ体感温度はさほど高くない。
湿気を使わないならもう少し温度を上げた方がいいというのが俺の率直な感想だったが
「大丈夫か?」
「どうってことはねえ…どうってこと、ない」
ジンが俺を見る目は既に焦点が合っていない。
「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。大丈夫だよ」
「さっきから同じこと2回ずつ言ってるぞ」
「2回言ってる?そんなことないって。繰り返してない。繰り返してないよ」
言ったそばから繰り返すジン。思考がおぼついていないと考えるべきだろうか。
彼は先ほど自分で暑さには弱いと言っていた。ということは、今すぐ出さなければ取り返しがつかないことになるのではないか。
見れば今の彼は一滴も汗をかいてないように見える。体温調整システムは爬虫類と同じなのだろうか。汗をかいていないということは熱は冷まされることなく全て体の中に蓄積されているということだ。
「ジン。勝負は終わりだ」
「待て。何すん…」
俺はジンの腕をもって強引に外に出そうとした。
が、結論として、強引にする必要はなかった。彼の体からは完全に力が抜け、抵抗などできるはずもなかった。
引きずるようにして外に運び出す。扉を開けた瞬間にサラマンダー達が群がり、ジンの体を持ち上げて運んで行った。
「兄者!どうして!?」
「サラマンダーは本当に熱に弱かったようだ。だから俺の判断で…」
「そうじゃなくて!」
パティは俺の脇を駆け抜け、サウナの中に入っていった。
そしてすぐに戻ってきたと思えば、両手には俺のサウザンドアイズが抱えられている。
「これを!」
「ああ、そうだった…」
手渡されたそれを俺は慌てて被る。幸い今度は鼻が反応する前に被ることができた。
「ありがとうパティ。助かった」
俺はレジスタンスを羽織るようにしながら言うが、まだ「装着」はしない。「装着」することで汗の水分は外に排出されるはずだが、汚れは落ちない。どこかで汗を流さなければ。
「どこかに汗を流せる場所はないのか?」
俺は近くにいたサラマンダーに尋ねた。
「水風呂を用意してます。それと飲み物も」
「助かる」
俺は差し出されたコップを受け取る。中に入っていたのは果実のしぼり汁のようだった。
「あとこれも。勝利したので。贈り物、です」
「ああ。ありがとう」
何のことか全くわからないが、差し出されたランタンもとりあえず受け取っておく。後で我らが王に差し出せばいいだろう。
受け取るものを受け取って、俺が水風呂で汗を流していると、またパティが飛んできた。
「兄者。スライムから連絡が!」
「内容は!?」
「洞窟に王たちが現れたと」
「分かった。すぐに行くぞ」
ついに響いた決戦の号砲。灼熱の風を吹き荒れさせて、かの地に戦士達は集う。
俺たちの闘いはこれからだ。




