余談1 深淵の酒
ある時、とある場所。
いや、おおよその場所は公開してもいいか。多分登場人物を考慮するとすぐにばれるだろうから。
というわけで訂正。ある時、水魔城。
例によってレヴィアタンは朝から飲んだくれている。
「おい!酒がなくなった!持って来い!」
とかんしゃくを起す前に酒を持っていってしんぜよう。騒がれると少し面倒だ。
「レヴィアタンくーん。お酒は足りてるかい?」
中の様子を慎重に伺いながら、飲んだくれに向かって呼びかける。
「酒?ああ、そろそろ無くなるころだ。気が利くな」
「いえいえ」
「ニルプじゃないのか。…お前、誰…何だ?」
「質問は僕が『何』なのかかな?」
僕は手に持ったひょうたん(酒入り)をレヴィアタンに手渡しながら彼の向かいに胡坐をかく。
「お答えしよう。僕は僕だ。人間さ。普通の何でもない人間であることだけは保証する」
「そうか。…人間なんて長く見てなかったからな。どんなだったか忘れちまったよ」
「はは。だろうね」
僕は新しい盃をレヴィアタンと僕の前に1つずつ置く。
それを見るなりレヴィアタンは何も言わずに2つの盃に酒を注いだ。
空気を読んでくれたみたいだ。自分の酒は頑として他人に譲りたがらないかとも思ったが、そこまでアル中じゃないらしい。
「いつも酒は酒だけで呑んでるのかい?」
「ああ。酒とオレだけだ」
「ああ、そういうことじゃなくて、おつまみ。無しでも呑めるの?」
言われて気づいたのか、レヴィアタンはぐるりと部屋を見渡し、そしてまた僕に視線を戻す。
「あるときはある。無いときは無しでも呑める。今はないみたいだ」
「そのようだね」
「お前は何かないと呑めないか?」
言いながら早速盃を豪快に呷り、そこにまた酒を注ぎ足す。
「何かないと呑めないし、何かあっても呑めないよ」
答えながら僕は盃の中の酒を負けじとぐいっと一口で飲み干して見せる。
僕なりのギャグのつもりだったのに、レヴィアタンは無反応だった。普段はツッコミキャラだったはずなんだけどな。酒が入ると変わるんだろうか。
「君はお酒の中ではどんなのが好きなんだい?」
「さあな。俺は酒が呑めればそれでいい。酒の種類なんて、気にならねえ」
と、レヴィアタンからの応答はにべもない。
まあ、彼の体質上、酔いたくても酔えないだろうが。
しいて酔えるとすれば、それは自分は何も悪くないという幻想に、だろう。
「そうかい。そんな君にこんなことを言ってもあれかもしれないが、米で作った酒を呑むならチーズをおつまみにするといい」
「コメ?聞かない名の果物だな」
「ということはチーズのことは知ってるってことだね?」
僕のしたり顔での一言には、さすがにレヴィアタンも首を傾げた。
ニルプにならまだしも、彼を相手取ってこのかまかけは無意味だろう。彼はニルプから、大事なことなんて一つも教えてもらえていないのだから。
「まあ、お酒というかアルコールは、総じて油っこいものと合う傾向にあるね」
気にせず話を進める。
「油…、揚げ物とかか」
「あとはナッツ類だね。ナッツ類は輸入してるの?」
「知らん」
であろう。
まあ答えてもらう必要なんてない。今のやり取りでおのずと答えは分かる。
「ところで最近どうだい?体の調子は」
僕はひょうたんを持ち上げ、空になったレヴィアタンの盃に向ける。
「体の調子?いいと思うぞ。どこも悪くない」
レヴィアタンは自らの盃を持ち上げ、酒を受ける。
「そうか。よかった。まあ、さすがに慣れるか。大きい方の体じゃなくなって、ずいぶん経つもんね」
僕はそのレヴィアタンの盃に、ゆっくりと酒を注いでいく。
「何だと?」
ぴくりとレヴィアタンのこめかみが震えたように見えた。
彼の視線がどんどん鋭さを増していく。
「逆鱗に触れちゃったかな?まあ、今の君に鱗なんて一枚もないけど」
「てめえ…!」
レヴィアタンの盃をつかむ手に力がこもる。これ以上はやめておこう。彼が故意に手を離すことはないとはいえ、力に耐えきれず盃が割れて、床が酒を呑みほしてしまった場合、僕の身の安全は保障できない。
「でも大丈夫。そうだろ?ここは平和だ」
「ああ?」
「なぜか分かるかい?ここが、どうしてこうも穏やかなのか」
「何が言いたい?」
レヴィアタンは怪訝そうに眉間にしわを寄せる。しかし表情から怒りは消えていない。
「君だよ。君が守ったんだ。ここは」
「は?突然何を…」
話の流れが突然変わったことに戸惑っているのだろう、レヴィアタンの内から流れ出る感情がストップする。
「一度耳を澄ましてごらん。静かだろう?」
そう言うことで僕から意識を逸らさせる。
レヴィアタンの差し出してる盃は既に酒で満たされ、僕もひょうたんを引っ込めている。にもかかわらず彼を盃を差し出したまま。目安として、彼が盃を引っ込めない限りは、多少攻めた発言をしても問題ないだろう。
「君は今、静かに毎日を送れている。それは君がここを守れたからだ」
「でも、オレは全てを守れたわけじゃ…」
「もちろんさ。全てを守るだなんて、一人じゃできない。あの時バラバラになった時点で、君にすべてを守る必要なんてなかったんだよ」
そんなことができると思っていたなら、海の支配者といえど、それは傲慢というものだ。
「だから安心していい。君は今、君の持っているものをなくさないようにすればいいんだ」
というか、彼がこれ以上何かを失うことなんてないだろう。友を失い、体さえ失った。この水魔城だって彼のものではない。
まあ、事実を突き詰めていけば、この水魔城を守ったのも、彼じゃないのだが。
「君の、君が今持っているこの場所。守れた証としてのこの場所だ。もう二度と、失うようなことのないように、ね」
「そうだな…」
レヴィアタンはすっと差し出していた盃を下した。
落ち着いてきてしまったようだ。もう少し刷り込みたかったが、仕方ない。
「だから気をつけろ」
僕は声のトーンを一つ落としてレヴィアタンに告げる。
「気を、つける…?」
「次にやってくる人間。その中に長い金髪の女がいる」
「金髪の、女」
声を落としたことで聞き取りづらくなったのだろう、レヴィアタンは少し前のめりになって僕の話に聞き入る。
「ああ。近々この城に客人としてやってくる。その中に一人、長い金の髪を持った女がいるはずだ」
「その女が、この城に何かするのか?」
「そうだ」
「何を?具体的に何をするんだ?教えてくれ」
何をするのかは大体見えるけど、それを彼に伝えてしまうことで結果が意図せぬものに変わってしまう恐れがある。あまり懇切丁寧に教えすぎてもいけない。
「実際に何をするかは分からないよ。だってそいつらはまだここに来ていないんだから。そうだろ?」
「それは、そうだが…」
「でも、彼らのこれまでを見ているとよくないことだとは断言できる」
僕はレヴィアタンをまっすぐ見つめて断言する。彼も僕と目が合ったまま、目を逸らせないでいる。酒の並々と注がれた盃を持ちながらも口を付けようとしない。その水面が、先ほどから小刻みに震えている。
「分ったかい?そいつが来たら全力を賭して追い払う…いや、倒すんだ。排除するんだ。この城から」
「戦う、のか?」
やはり昔のことがトラウマになっているのだろう。彼は予想通りに躊躇して見せてくれる。
「君の望む未来は決まっている。ならば君が退けないといけない要素も決まる。そしたら君がやらないといけないことも、決まってしまうよね?それに…」
「何だ?」
「さっきも言ったけど相手は人間。怖がるような相手かな?」
レヴィアタンは視線を鋭くする。自尊心が彼の怒りをくすぶらせ、結果的に平常心を取り戻せたようだ。
「君は今までずっとここにいたんだろ?それこそ何年、なんてものじゃない。何百年とこの部屋にいた。それはどうしてだ?負けるのが怖かったからだ。だから絶対に勝てる相手と戦ってみて、リハビリしようよ。きっとうまく…」
「おいてめえ!」
だん!とレヴィアタンは盃を床に叩きつけるようにしておいた。
酒をほとんどこぼさずに、盃から手を放してしまった。その手があったと気づいてしまったようだ。そろそろ引き時ということか。
「勝手に想像するのは構わねえが、不愉快な想像をするのは黙ってられねえな」
そして立ち上がって僕を見下ろす。
よかった。こうすれば彼に多少の心理的余裕、優越感が生まれる。今すぐ僕をどうこうしようという意識は多少薄れているはずだ。まだ、いける。
「不愉快?それは申し訳ない。でも、僕は君の力を信じてるんだ」
僕は盃の酒を呑みほして床に置く。
そうして立ち上がり、目線を合わせてレヴィアタンに語り掛ける。
「ただ、みんながみんなそうではないだろうっていう話さ。君がここにいられるのはここの一番偉い人が君のことを気の毒に思って、つまりは善意で、いさせてくれているだけだろうしね」
「何を…」
「だからいい加減証明しないと。自分はもう大丈夫だって。最強だったあの頃に戻ったって」
「黙れ!これ以上勝手な…」
「ベヒーモス!」
今にも掴みかかってきそうだったレヴィアタンを、彼の怒声を上回る声量で制する。一部の格闘技にみられる遠当てみたいなものだ。
「ジズ、それと、彼らの名前は何だっけな。フレッド、ジョシュア、リサ、クリス」
「何のつもりだ」
「これまで君と仲良くなった彼らはどうなったんだっけ」
もちろんそんなことは僕だって知らない。大体わかるけど、知らない。
もしかしたら彼だって知らないかも。ジズ以降の名前はよくある人間の名前を適当に並べただけだし。
しかし効果はてきめんだったようで、レヴィアタンの表情に暗いものがさす。トラウマもここまでくれば相手の出鼻をくじくのに十分というわけだ。
「さあ、思い出すんだ。思い出したくないことだとしても。…そして考えるんだ。それを繰り返さないためにすればどうすればいいか」
「どう、すれば…?」
それに対する答えはある意味既に出ている。今彼がしているように、完璧に守られた部屋に閉じこもることだ。
しかしそれはもうできない。退路は断たれたというわけだ。
「それじゃあ、頑張ってね。何日後になるか、もしかしたら何十年後かも、明日かもしれないけど、彼らは来る。その時は、今日のことを思い出して」
僕は問いを投げかけるだけ投げかけて答えを与えずに踵を返す。さよならの時間だ。
「待て」
レヴィアタンは僕を呼び止める。しかしその目は僕を見てすらいないし、体もピクリとも動かそうとしない。
「何だい?」
いつでも逃げられただろうが、だからこそ僕は立ち止まって振り返る。
「お前は…何者なんだ?なんで何もかも、知ってるんだ。お前は一体…」
「さあね。知らないよ。自分が何者かも含めて何も、ね。ただ、何でもお見通しってだけ」
僕はいつものきめ台詞を捨て台詞として残し、今度こそその場を去っていく。
これで僕がやるべきことは終わり。十分レヴィアタンには理由ができただろう。僕の後にくる人間の前に立ちはだかる理由が。
どんな奴が来るかは知らないけど、どうせ身長が低くて何でも知ってて、そのくせ自分一人では何もできないようなやつだろう。
波斗原からわざわざ海を渡ってエレツを目指して、最初に水魔城を訪れるような奴なんて、総じてそういう奴だ。
「そしてそういう奴は道中女の子を拾ったりするものなんだけど、どうかな。その拾った女の子も金髪ロングだとちょっと話がこじれるよな」
そうするとレヴィアタンがその拾った方の女の子、あまり侵略者自身とかかわりのない方の女の子を狙ってしまう可能性が出てくる。
その場合は少し期待外れなストーリーになるかもしれない。
「まあいいか。危険度は2人とも同じくらいだしね」
まあ、知らないけど。




