第3話 狡猾の獣人㉒
その場の誰も言葉を発そうとはしなかったので、まず僕はリードに語り掛ける。
「実はその杖は送信機なんだ。パティは見分けられるようにシールを貼ってくれてたけど剥がしてしまったから見分けがつかなかっただろ」
僕はノラに箱の外に出してあった杖を渡し、リードには残ったもう1本の杖、つまりもう1本の受信機を渡した。
ではノラの魔法はどこで発動したかというと、宮殿の階段下だ。階段を上る前にポケットに忍ばせておいた送信機を1本捨てておいた。運が良ければ近くの衛兵に魔力の匂いを嗅がれ、今頃発見されているだろう。
「どうして、こんなことを?」
リードは僕に問いかけたが、僕はリードではなく王様に言う。
「実は、今日リードがここに来たのはあなたから政権を奪うためだったんです」
「政権を?…いや、奪うも何も、時が来ればそれは息子のものになる」
「それじゃあ遅いから今行動を起こしたんだ!」
頼んでもいないし予定していたわけでもなかったが、リードが自供を始めてくれた。
「俺はこの魔法を使えない今の国を、すぐにでも変えないといけないと思ってた。でも方法が思いつかずに悩んでいたところを、アーサーさんや先生に助けてもらったんだ」
「先生というのは…カルロ村にある学校の先生のことか?」
王様は眉をひそめ、目じりを尖らせる。
誤解だが、確かに今のリードの説明だとベヒーモスが謀反を起こしたように聞こえる。王様の反応も無理はない。
「違う。ノラ・カタリスト先生のことだ」
「…なるほど」
王様の顔から力が抜けて元の表情に戻る。
「確かアーサー、その者はお前の仲間で魔法使いだったな」
「ええ。諸事情により彼女と僕はそれぞれ別の家にお世話になってたんです。目を離した隙に関わっていたみたいで」
言い訳がましかったかもしれないが、必要な弁解だったのでしておいた。僕による自作自演と思われては本末転倒だ。
「その棒は何だ?それで魔法が使えるはずだったのか?」
王様はリードの歩み寄り、杖の先端を指先で摘まんだ。
「習ったはいいがうまく使いこなせてはいないようじゃないか」
「それは…俺に力が付くまで待っていたら、この国がもっとひどくなると思ったからで…」
「民が魔法を使えないことで被害を受けているとお前は思っているようだが、その情報は誤りだ」
さっきリードが挙げたニバメ村は王様の口から完全否定された。他の村を挙げても無駄と考えてか、リードは言葉を返さなかった。
「この国をよくしたいという心意気はよく分かった。お前だっていずれ自分で考えて行動しないといけなくなる。魔法を学びたいというのならそうすればいい」
「え?」
リードのではなく僕の口からこぼれた驚きの言葉に、僕は一挙に2人からの視線を浴びることとなった。
「すみません。まりにも意外でしたから」
「息子が魔法を学ぶことを俺が許可したことがか?まあ、そうだろうな」
王様は頷き、僕からリードに視線をずらして言う。
「ただし、まずは世界を見ろ。この国の現状をその目で見るんだ。話はそれからだ。お前にこの国の行く末を考える力が付いたその時、お前がどんな決断を下そうと俺は否定しない」
「親父、それじゃあ俺は…」
「望むなら今すぐでも出発させたいところだが、しかしお前にはまだ学業が残ってる。学校との兼ね合いを考えたうえで計画を練らねばなるまい。そのあたりは今度話すとしよう」
僕はどこかで間違えたのだろうか。それとも、僕がどう策を講じたところでこうなっていたのだろうか。
僕はリードとその仲間を犯罪者にするつもりだった。そうすれば現在の同盟の代表であるケイレヴは守れると思ったからだ。
「アーサー。お前には感謝するぞ」
王様は僕に手を差し出す。が、僕はその手を握れなかった。
「何に対する感謝でしょうか?」
「それはもちろん。息子を救ってくれたことに対してだ。お前がうまく反逆を未然に済むよう仕向けてくれたんだろう?」
いや、それは確かにそうなんだが。普通に考えれば未然だとしても反逆を企てていることが明らかになったら処罰の対象だろ。
あるいは、ここに乗り込んできたのがリードだったのがよくなかったのか?リードはいずれ王位を継承するから、そのリードが王座を狙うことは罪ではないということだろうか。
「なるほど。そういうことだったのね」
ノラの声が聞こえた気がして振り返ると、僕の背後、ドアのすぐ前に彼女の姿があった。
「え?ノラ?」
「なっ!貴様、一体どこから!?」
王様の目つきが変わった。ノラを敵とみなしているのは一目瞭然だった。
「転送魔法で飛んできたのよ」
「転送…魔法だと!?馬鹿な!魔力の匂いは一切…」
「当たり前でしょ?あなた達に気付かれないように使ったんだから。魔力を感知できる方がおかしいわ」
ノラの言葉をそのまま解釈すれば、当然のことをしたまでだからそんなに驚かなくていいよ。と言ったところだろう。しかし彼女の口元からにじみ出る笑みは、どうだ驚いたかと言わんばかりだった。
「でも、先生は今まで匂いのする魔法しか使ってませんでした」
「それが基本的な魔法だからよ。初心者相手に高度な魔法を見せても勉強にならないわ」
リードが出した質問に答えたノラの顔は、それはもう優越感に満ちていた。
「普通の魔法では発動するのとは別に無駄に放出される魔力があるのよ。それをあなた達は嗅ぎ取ってるわけ。その発散する魔力を無理矢理内側に収束させると今みたいに気付かれずに魔法を使えるのよ」
そして求められてもいない説明を始める。リードはやはり理解できなかったようで、頷くこともせず硬直していた。
「それと、生徒たちならみんな学校に戻したわ。ここに送り直そうかとも思ったのだけれど、今回の作戦は私が思ってたのと違ったみたいだから」
「ああ、それは…」
「あんたからの話はあとで聞くわ」
僕の言葉を遮ってノラは言い、王様に向き直った。
「もういいかしら?この男と話がしたいから外に連れて行きたいんだけど」
「…話したいことはまだあるが、そちらに譲ろう。俺が今最も話したいのはアーサーではなく息子の方だ」
直後、僕の視界は歪み、目に移る景色が城の中、城の中、ノラの部屋に変わった。
「そこに座りなさい」
ノラは椅子を一つ転送して腰かける。繰り返すが、転送されてきた椅子は一つだけだ。
「そこって…」
「そこよ」
ノラは床を指差す。
僕は黙って正座した。
「まず、今回の作戦を教えてもらいましょうか。言わなくてもわかると思うけど、本当の作戦の方よ」
本当の計画はノラにばらすつもりはなかった。ノラを怒らせることになると思ったからだ。
その結果がこれなわけだが。
「リード達にわざと失敗させて、他の生徒たちも全員逮捕させるつもりだった」
「それはどうして?あの子たちはみんな正しい魔法を学びたいと思ってた。あんたにはあの子たちの目指してたものよりも大事なものが見えてたって言うの?」
質問への答えはイエスだ。リード達が何を目指していようが、僕の中での最優先事項は変わらない。
「お前も言ってただろ。生徒たちが魔法を使いこなせるようになるには時間がかかる。彼らはどんな手を使ってもクーデターには失敗してた」
「だからってわざと失敗させる必要はないでしょう?」
「いや。この国の政府を守る必要があったんだ。僕が新たに加わることとなった同盟のために…」
「同盟?」
僕は同盟の存在を一からノラに説明した。説明を聞いている間のノラは非常に大人しいものだったが、それが僕には嵐の前の静けさにしか思えなかった。
「…というわけだ。それに僕は参加することになった」
「そう。…別に、その同盟に参加するかどうかの判断を下すのにいちいち私に相談しろとは言わないわ」
でも、とノラは続ける。
「その同盟のための作戦に私が必要なら、それは私に相談しなさいよ。何で黙って利用するようなことをするの?」
「正直に作戦の相談をしたとして、それでお前は許してくれたか?」
「許すわけないでしょ」
ノラはぴしゃりと言い放ったが、それ以上は何も言わなかった。
「僕にとっては今の王様、ケイレヴを守る必要があった。そのためにはクーデターを延期させるんじゃ駄目なんだ。失敗させる必要があったんだ」
「なるほど。それで私を直接宮殿に送り込むのを阻止したかったのね。あんたにしては珍しくきれいごとを並べると思ったら」
ふっとノラは冷たい笑みを浮かべた。
「でも、あんたの思い通りにはいかなかったわね」
「そうだな。僕が浅はかだったよ」
ここらで僕も折れて見せる。もう事件は起こってしまった。ここでそのことについて言い争っても仕方ない。
幸い生徒たちもリードも無事。その上リードがうまくいけば、本格的に魔法の勉強をすることも王様から許可される。状況だけを見ればハッピーエンド。あとは僕の言葉で場をうまく収めれば今回の件は解決だ。
「だからノラ、今回は…」
「思ってもないことを言って場を収めようとするのは止めて」
「え?」
しようとしていたことを言い当てられて、僕は動揺が素直に表に出てしまった。
「私はあんたとそこそこの付き合いになるのよ。どうやって切り抜けようとしてるかくらい、分かるわよ」
「いや、そんなことはないぞ」
僕が今のところ口にした、計画が浅はかだったという反省は僕の本心によるものだ。
「自分の考えてることがいつだって正しいと思わないで。あんたは知ってるだけ。何も見えてない」
「そんなことはずっと前から知ってる」
「だから言ってるでしょ。知ってるだけなのよ。あんたは少しでも見えるようになろうと、自分を変えようと努力したの?」
努力は、していない。
僕には知識しかないのだから、魔法も剣も使えない、そんななのだから、努力するよりも持っているものを使うしかないじゃないか。
「じゃあ、僕は何て言えばよかったんだ?何て言えばお前は快く生徒たちを売ってくれたんだ?」
がたん、という音が耳に届いた。椅子が倒れたのだと分かった。
気付けばノラは椅子から立ち上がっていて、僕は右を向いていた。
左頬が熱を帯びていいる。
「やっぱり何も、見えてないじゃない」
ノラは僕に背を向け、倒れた椅子と共にその姿を消した。




