第3話 狡猾の獣人㉑
「あ!先生!」
そして想定外の事態は続く。
なんとリードが進路を妨げる衛兵たちをずるずると後退させながらもこちらに歩いてやってくるのだ。
一見リードの力が衛兵たちのそれを凌駕しているように見えるが、実際は王子ということもあって衛兵たちが本気を出せていないだけだろう。
いや、そんな戦況分析などしてる場合ではない。
「すみません。遅くなりまし…いい加減道を開けろ!」
何故だ?どうしてリードは僕が部屋にいるうちに王様の部屋に入ることを優先したんだ?その結果騒ぎを起こしては元も子もないというのに。
「騒々しいぞリード。急に帰って来たかと思えば何をそんなに慌ててるんだ」
「え、それは…いや、別に…」
そして何故そこで口ごもるんだ。もうやめてくれ。挙動不審を絵に描いたようじゃないか。
「よく分からんが、客人は今から帰るところだ。話があるというなら聞くぞ」
「え?アーサーさん、もう帰るんですか?」
リードは動きを止め、呆気にとられたという風な顔をする。
ここで僕の名を出してしまえば僕とのつながりを疑われてしまうが、彼を責めるのは酷というものか。元はと言えばリードが衛兵に止められた時の対処法を考えていなかった僕が悪い。
リードはまだ子供。序盤で想定外のことが起きて気が動転してしまったのだろう。
「ん?アーサー。息子と面識があったのか」
「……。はい。そうなんですよ」
ここは素直に認めてしまう。僕が送られた村とリードがいる村は同じ村。面識があっても変ではない。
「恐らく彼がここに来たのはあの問題についてでしょう」
「あの問題、とは?」
「この州が魔法を禁止していることについてです。彼とはそのことについて何度か意見交換をしたんですよ」
「意見交換、か」
王様はきっと僕が息子に変なことを吹き込んだと思っているだろう。それだと先ほど築き上げた信頼関係にひびが入る。否、もしかすると崩れ去りすらするかもしれない。
「ええ。僕の持つ魔法の知識、その概要を少しだけ。魔法を否定するにしてもまず魔法を知る必要がありますからね」
「それはその通りだ。しかし、こちらにもこちらの意図があったので、できればそういった介入は避けてほしかったものだな」
「すみません。そこまで考えが及んでいませんでした」
王様の表情からはこれと言った感情は読み取れない。即刻つまみ出せと衛兵たちに命じないあたり、そこまで怒ってはいないのだろうが。
「リード。話があるなら聞いてもいい。そろそろそういった話もするべきだと思っていたからな」
「ああ…」
リードの進路を妨げていた衛兵は素早い動作でリードに道を開けるべく、背が壁に付くまで後退した。
折角道が譲れらたというのにリードはとぼとぼという足音が聞こえてきそうなほどの速さでしか歩かず、ちらちらと僕の顔を伺う。
「あの、王様。僕も一緒に話をさせてもらっていいでしょうか?」
「何?」
王様はこれにはさすがに眉間に皺を寄せた。
「僕は彼や彼の学友に魔法の概要を教えました。ですがそれは僕の持つ知識を僕がした解釈によって生み出された情報によるもの。もしかすると僕が的外れの情報を植え付けていたかもしれないですから」
「それは確かにそうだが、何も一緒に話さなくてもいいだろう」
本当にその通りだった。返す言葉がない。万事休すか。そう思ったその時だった、リードが僕と王様の間に割って入り、口を開く。
「俺は先生と一緒に話がしたい。俺は親父に育てられた。だから親父の言ってることを無意識に正しいと思ってしまうかもしれない」
「なるほど、第三者ということか。…お前がそれでいいというなら、それでいいだろう。2人とも。入れ」
いうと王様は身を翻し、部屋に入っていった。その後を追ってリードも部屋に入り、最後に僕が入ると背後でドアが衛兵によって閉められた。
紆余曲折を経はしたが、一応作戦通りの状況に身を置くことに成功する。もう奇跡としか言えない。
「さて、話があるのはリード、お前だったな」
「ああ」
リードはそこで一呼吸入れるように動きを止め、僕を見た。
「君の考えを話せばいいさ。専門用語とか聞きたいことがある時は僕に聞けばいい」
しかし事前に決めていた合図を、僕はまだ出さない。近くには衛兵がいて、魔力の匂いを嗅がれるとすぐにでも突入される恐れがあったからだ。
それに、王様がどういった根拠で魔法を禁止しているのか、僕自身気になるところだった。
「親父は王様として、この国で魔法の使用を禁止してるよな」
「禁止はしてない。人命にかかわる時や公共の利益のためであれば違反とはしていない」
「でも少なくともカロル村に魔法を使える者はいない。親父が今言った状況で魔法を使うことが許されるなら、その状況で魔法を使えないのは許されないことなんじゃないのか」
この時点では2人ともまだ十分に落ち着いていた。ことリードに関しては、言いたかったこと、疑問に思っていたことを吐き出せて満足げにさえ見えた。
「確かに魔法を使えながら、使うべき状況で使わないのは罪と言えるだろう。しかし、国民が魔法を使えないのはそれとは状況が違う」
「何が違うって言うんだ」
「そうだな。例えばお前の目の前に血を流している怪我人がいる。お前に医師としての技術があればその怪我人は救えたが、お前にそのような技術はなく死なせてしまった。この場合お前は責められるべきか?」
答えは簡単だ。責められるべきではない。しかしリードの表情に苦いものが混じる。どうにかして今の質問をうまく切り返せる言葉を探しているのだろう。
それは悪手。そうしているうちにどんどん沈黙は深まり、王様の言葉を肯定しているともとれるほどになってしまう。
だからここで助け舟を出してやる。
「王様。それは論点のすり替えではないですか?リード君が問題としているのは魔法を習得できないこの国のルール。今王様が出したのは魔法を使うことのできない個人です」
「…何故お前が口を出す」
睨んだのかただ僕に目をやったのか、微妙な鋭さの視線を王様は僕に向けて言った。
「リード君の補助のためですよ。子供が正面から疑問をぶつけてるんです。受け止めてあげてはいかがですか?」
「そうか。…そうだな。いいだろう」
王様は数秒瞑目し、何かを吹っ切るように再び目を開く。
「リード。お前は俺の後を継いで王様となる。そんなことは言わずもがなだが、そのためにはこの国の現実を知らねばならない。…うわべだけでは、渡っていけない」
王様の口角が上がった。それが何を意味するか察せぬまま、彼は話し始める。
「まず、魔法を使えること自体は程度の違いこそあれ、その者に力を与える。そうだな?」
「ああ。その通りだ。だからこそ俺は…」
「待て。だからこそお前は民の幸福のために魔法を使えるようにするべきだと思っているのだろう」
リードは頷いて応える。
「確かに魔法を使うことができれば多少腕力が劣るものでもそれを補えるだろうな。民は楽に暮らせるだろう。しかし、それは平等と言えるか?」
僕はここで違和感を覚えた。幸福と平等を天秤にかけ、結果平等を重んじたように思えたからだ。
しかしこの疑問を口にすることはリードの補助のためではなく、僕の疑問を解消するためにしかならないため、黙って王様の言葉に耳を傾け続けた。
「幸か不幸かというのは自らが決めるものではない。周りとの比較で決まる。見上げた時にそこに誰かがいればそれを羨み、妬むことにつながる」
「でもそれが進歩のきっかけになることだってあるはずだ」
リードが指摘したが、王様は首を振った。
「それでは駄目だ。国民は互いに敵じゃない。仲間だ。この大きな群れの中で、誰かが誰かを憎んでいるという事態は、決して理想とは言えない」
この言葉は僕の目も見ながら発せられていた。
王様の言っていることは間違っていない。自分よりも幸せそうな人を見つければ妬んでしまうのは紛れもない事実だし、感じる幸福度の要素の一つとして他者との比較があることも事実だ。
「一人当たりの幸せの量を増やすことよりも、みんなが同じくらい幸せであることが大切なんだ。この国では、な」
農作業は村民で助け合って行うとラクティヴの母は言っていた。魔法を禁止していることとの因果関係は別として、州民の間の仲間意識が強固に形成されていることは事実と言える。
「待てよ親父。何が平等だ。親父はちゃんと民のことを見てるのか?魔法を使えないせいで不幸な目に合ってる人たちがいるんだ」
リードの言葉に王様の眉がピクリと動いた。
「それは何という村のことだ」
「ニバメ村だ」
「ニバメ村…それはこの州の西端にある村のことだな」
王様は眉をひそめ、右手を顎にやり、しばし瞑目した。
僕の知識ではその村の位置情報しか分からない。どんな村で、どんな風に村民が暮らしているのか僕は知らない。しかし確かに実在する村だ。
「先に断言しよう。そのような事実はない。…リード。お前のその情報は一体どこからのものだ?」
「どこ、かは分からないけど、でも、みんな言ってることだ」
「カロル村のみんながということか?」
リードはかぶりを振って言った。
「いや、仲間のみんなだ」
「仲間?」
「あ、えっと…友達って意味の…」
気が緩んでしまったのだろうか。ついうっかり口走ってしまった言葉にリードはすっかり動揺しきってしまった。
仲間という言葉自体はさほど怪しくないし会話は続行可能と思えたが、リードが無理そうだった。彼はもうポケットに右手を突っ込んでいる。恐らく中では教室で彼に渡した杖を握っているのだろう。
チラチラと僕の方を何度も窺い見るその様はまさに挙動不審。王様は特に怪しんでるわけでもなく気になったから「仲間」という彼の言葉を復唱したのだろうが、ここまで動揺していると疑われる方が普通だ。
「王様。そういえばそろそろ夏ですね」
僕はやや雑に合言葉を口にし、ポケットの中のガラス球を3回こすった。
同時にリードは俊敏な動作でポケットから杖を引き抜き、その先端を掴んで元の長さに戻す。
そして訪れる静寂。5秒、10秒とその場に積み重なっていく。
その間王様の部屋の中では何も、本当に何も起こらなかった。
反応に困ってただ立ち尽くす王様。そして顔面蒼白なリード。
「悪いなリード。そういうことだ」
まともに話せたのは僕一人だった。




