第3話 狡猾の獣人⑳
視界が元に戻ると前に転送された時と同じ、外階段を下りた場所に転送されていた。
そしてやはり前回と同様、僕を迎えに来てくれたフェンリルは首と一緒に両耳をキョロキョロさせていた。
「また。魔法か。やはり変な感じだな」
どうやら彼は前に僕を迎えに来てくれたのと同じフェンリルだったようだ。
「すみません。何度も」
「おれは。構わない。それよりも王様がお待ちだ。分かってると思うが…」
「ええ。中で魔法は使いませんよ」
そう言って僕は階段を上り始めた。上ってから起こったことは前回と同じだった。入り口にて衛兵たちから検査を受け、重厚な扉を開いてもらい、1人の衛兵に先導されて王様の部屋に入る。
「お前と交わした約束通り、この国の全ての記録に目を通した」
ねぎらいの言葉と感謝の言葉、どちらを先に述べるべきかと迷ったのは一瞬だったが、その一瞬さえ待たずに王様は続きを口にした。
「しかし予想していた通りと言おうか、危惧していた通りと言おうか、前に話した以上の成果は得られなかった」
今度は王様は僕が言葉を挟むに十分な間を置いてくれた。しかし僕はその与えられた時間内に不遜とも皮肉ともとられることのない言葉を見つけ出すことはできず、王様の声が沈黙を破る。
「さて、本題は終わりだ。ここからは少し、込み入った話をさせてもらおう」
王様は言うと椅子から立ち上がり、僕との距離を詰めた。
「お前は何でも知っているそうだな」
「まあ、その割には何も見えてはいないんですけどね」
「知識は時として目を濁らせることもある」
そんな風に考えたことはなかったが、確かにその知識というのが中途半端なものならば事実だ。
「お前はどこまで知っている?」
「何について、でしょうか?」
王様の視線は至近距離から、腹の内を探るように僕に注がれていた。
「水魔城と妖精の園、そして獣人帝国の3州は交流がある」
同盟のことを、随分回りくどい言い方をするなと僕は思ったが、恐らく王様は僕が同盟について知っているということを知らないのだろう。
「それなら知ってます。同盟ですよね。ニルプさんから聞きましたよ」
「そうか」
王様の表情は動かなかった。落ち着いており、気のせいでなければ満足げである風にも見えた。
「ならば話は早い。アーサー・マクダナム。我々の仲間にならないか?」
「手下ではなく仲間ですか」
「ああ。確かに俺とニルプとティターニアと比べてしまえば、その地位に大きな隔たりを感じるのも無理はない」
しかし、と王様は僕の目をまっすぐ見据えて続けた。
「お前の持っている知識。それには十分な価値がある。この世界をひっくり返せると言っても過言ではないほどの価値がな」
王様はお世辞や冗談を言う人とだはあまり思えなかったが、今の発言で評価を変えるべきなのだろうか。それとも王様の言葉に対する評価の方こそ改めるべきなのだろうか。
「僕を高く評価してくれているみたいですね。ありがとうございます」
王様の腹積もりは分からない。しかし少なくともこの同盟に参加することはリード達に与えた偽の作戦の目的だった。なればこそ、自ら目的から遠ざかるようなことはしない。
「同盟には喜んで参加させてもらいます」
「そうか。それではこれからは同胞だ。よろしく頼む」
こうして僕は先に本命の用事を済ませてしまうこととなった。
「既に同盟の代表者と僕は面識があります。連絡を取ろうと思えばいつでも取れますから、紹介は不要ですよ」
ここで僕は王様に一歩先んじようと試みる。恐らく王様はニルプやティターニア、実際はマザーだが、と好きな時に連絡を取る手段を持っていない。
根拠はある。マザーが僕に王様あての手紙を持たせたという事実とニルプの言葉だ。ニルプは自ら僕の同盟への参加を許可することを渋り、王様に許可を得てくれと言っていた。もし同盟の州同士で好きに連絡が取れるならマザーとニルプの取った行動は変わっていたはずだ。
個人的にはかなり筋が通っていると思っている推理だが、もちろん王様に得意顔で披露したりはしない。外れていたら恥ずかしいからだ。
「そうか。それは助かる。何分、俺はあの2人と連絡を取るには手紙くらいしか手段がないからな」
推理は当たっていたようだが、それで王様に一歩先んじることができたかどうかは怪しかった。
「それで、僕は一体何をすればいいんでしょう。やはり目当てはうちの戦力ですか?」
「いや。うちとお前たちとでは規模が違う。たとえ戦争になってもお前たちが打って出るようなことは絶対にない。それは先に約束しよう」
「じゃあどうして僕を?やはり知識ですか?」
僕からの問い掛けに、しかし王様はかぶりを振って応える。
「お前は俺達にはないもの、自由を持っている」
首都にばれないようにひそかに同盟を結成している獣人帝国だってかなり自由だと思うんだが、しかし王様の言う自由とはそういう意味を意図していたのではなかったようだ。
「お前は首都に侵入することが可能だ。人間だからな。もちろん簡単ではないだろうが、『絶対に』無理な俺達に比べればその可能性は雲泥の差だ」
「つまり、首都を潰すための情報収集をやれというわけですか?」
敵地への斥候だなんて、下手をすれば戦争の時に戦力にされるより危ないじゃないか。
などと思っていると、ここでもまた王様はかぶりを振る。
「違う。…この州にベヒーモスがいることは知っているだろう。そして水魔城に行ったお前ならレヴィアタンのことも知っているはずだ」
「ええ。実際に会いました」
「実際に?…そうか」
王様の眉がピクリと動いた。王様は実際に顔を合わせたことはないのだろうか。
「俺達はジズを探している」
「大戦で死んだと言われているジズですか?」
陸を守るベヒーモス、海を守るレヴィアタン、そして空を守るジズだ。
「そうだ。ティターニアとニルプ、そして歴史が語るには、大戦の敗因は、ジズとベヒーモスとレヴィアタン、この3体の魔物がそれぞれ孤立させられたことらしい」
ベヒーモスは死んだことにされていたが実は生きていた。ならばジズも生きていると考えるのが普通か。
「それは完全な状態ならばの話しではないですか?現在体は失われ、魂だけの状態です」
そしてオスカーやパティでさえ十全に準備をすれば勝てるかもしれないほど、彼らは弱体化している。
「いや。体はある。少なくともベヒーモスのものはな」
王様の発言に僕は驚きの声すら出せなかった。
「今現在水魔城に保管されている」
「なっ…すっ!?」
やっと絞り出せたのはこんな言葉とも言えない声だった。そこで僕は言い直す。
「水魔城、ですか」
ニルプはそんなこと一言も言っていなかった。否、僕が聞かなかったのは事実だ。隠していたとは言えない。
しかし同時にはっきりした。ニルプは使えるが味方ではない。あまり頼みにしすぎていると良いことはない。
「そしてレヴィアタンの体はどこかの地中にあると考えられているが、どこかは分かっていない。…まあ、俺ならば首都の地下に埋めるがな」
「どうして地中だと断定できるんですか?」
「そういう性質だ。ベヒーモスとレヴィアタンは、それぞれが司るものがそれぞれの弱点になっている。ベヒーモスは水中では弱体化し、レヴィアタンも水のない場所では弱体化する」
「そう、なんですか」
だからベヒーモスの体は奪い返されるリスクを冒してでも海に置いているということか。
それはいいとして、今のは初めて聞く情報だった。
どうしてだ?普遍的な知識じゃないからか?
彼らは強大で存在は各地に知れ渡っている。だが他の魔物は1種族につき複数体いるのに対し、彼らはそれぞれ1体しか存在しない。それゆえに情報量が少ない。そういうことなのだろうか。
「ここで判明している情報は2つ。ベヒーモスとレヴィアタンはそれぞれ魂と体は無事。そして魂と体は分割できる」
「そうですね。それでジズも残りの2体と現在同じ状況に置かれてるのではないかと考えているんですか?」
「そうだ。そう考えるのが自然ではないか?」
確かにその通りだ。むしろあの3体は肉体と魂を分離することが最大の無力化であり、肉体と魂はそれぞれ不滅と考えてしまっても無理はないと言える。
「なるほど。つまり僕たちはこれから向かう先でジズの情報収集もすればいいということですね」
「ああ。ひとまずはそういうことになる」
元々僕の目的は本に関する情報を収集すること。そのついでにジズの情報も収集するというのは大した手間ではない。
「分かりました。引き受けます」
「助かる。それでは、よろしく頼む」
王様が差し出した手を僕は握る。この同盟は首都に知られてはいけないため証拠が残る形での約束はできない。だから今交わした握手が署名のようなものだ。
「これで同盟内の空気も変わってくれるといいんだがな」
手を放しながら王様は呟いた。
「空気?」
「同盟はこれまでほとんど具体的な行動を起こしてこなかった。最大の行動と言えば秘密裏に3州で貿易を始めたことくらいだ」
だからこそ今まで続けてこれた、と言えると思うのだが。
「ニルプとティターニアは俺達とは違い寿命が無限だから、無理もないことなのかもしれないが…」
王様はそう言うが、厳密には無限ではない。現にティターニアは死んでいる。
とはいえ人間やワーウルフのそれと比べて途方もない長さであることから同盟の意思が慎重派に傾くことは想像に難くない。
「俺とお前という寿命のあるものが前に出て行動すれば、自然と同盟も前を向き始めると、俺はそう予想している」
「その望みは十分あると思いますよ。ニルプやティターニアが前向きでないのは成功がまだ遠いところにあると思っているからでしょうし」
「お前を仲間にしたことで成功が近づく。そう期待してもいいということか?」
もちろん。と僕は断言しておく。大言壮語も甚だしいが、しかし同盟と首都をぶつけるというのは切り札となる状況だ。うまく実現させたいという思いは僕にもある。
「さて、今日話すことはこのくらいだ。他に何も話すことが無ければ終わりにしよう」
「え、ああ、はい…」
話すことがなくなればこういわれるのは当然のことなのだが、まずい。
リードが来ない。学校から宮殿までノラに転送してもらわずに歩いて来たとしても、もうとっくに到着してるくらいの時間は経過したというのに。
「何か、まだ話すことがあったか?」
出て行こうとしない僕にいぶかし気な表情を浮かべて王様は僕に言った。
「いえ。それでは失礼します」
怪しまれてはいけないし、何か問題が起きたというなら宮殿の外に出てノラと念話をしたい。
意を決してドアを開くと、それを見た衛兵が1人、部屋の入口まで駆け寄って言った。
「リード様がお見えです」
「何、リードが」
「非常に興奮した様子で、王様との面会を求ていらっしゃいます。客人との重要な会談とのことでしたので、何とか下の階でお待ちいただいているのですが…」
「何か問題でもあるのか?」
「何と言いますかその、非常に興奮しておりまして、我々を押しのけてでもこちらに来ようと、今何とか抑えられているという状況でして…」
なるほど。リードはとっくに宮殿に到着していたということか。
そしてさりげなくこの部屋に入ってくるというはずだったのに、まさかこんな序盤で躓くとは。
「想定外だ」




