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第3話 狡猾の獣人⑲

作戦決行当日。


「申し訳ありません」


僕は朝一番にパティとオスカーから謝罪を受けていた。

2人によると杖の改良版は完成しなかったとのことだ。


「時間をいただいたにも関わらずこのような結果に…」

「妹は全力を尽くしました。俺のサポートが足りていなかったことが原因かと」

「いや、お前たちを責めるつもりはないよ。難しい注文をしていたということは分かってる」


それに、対応策は昨日思いついたから問題ない。


「パティ。作戦は今ある杖を使って行う。ちゃんと人数分揃ってるか?」

「それは抜かりなく。ちゃんと予備も準備してます」

「それなら大丈夫だ。計画に支障はない。よくやってくれたな」

「…いえ!」


パティは少し顔を綻ばせ、オスカーの表情にも安堵が宿る。今回の件で一番の被害者はこの2人かもしれない。かけた心労に対して僕から返せるのがお礼の言葉くらいだなんて、どう考えても割に合わない。

この作戦が終わったら、この2人からならば少しくらい無茶なお願いでも聞いてやろう。そう胸に刻み僕はポケットからガラス球を取り出してノラを呼び出す。


「あれ?出ないな…」

「まだ彼女は精神世界で己との対話をしてるのではないかと」


オスカーの言葉を要約すると、ノラはまだ寝てるらしい。


「今何時だ」

「9時です」

「昨日はあいつ何時ごろに帰って来たんだ?」

「それは…」


パティは答えなかった。どうやらその時間は寝ていたらしい。

寝ているあいつを起こすのは忍びないが、しかし僕は今日王様に呼び出されることになっている。もう作戦会議をしてもいい頃だ。


「今日もノラは学校で授業をするんだよな?」

「はい。9時50分から始まります」

「ということはまだ時間があるということか」


ならもう少しだけ寝かせておいてやるとして、他に何かできることはないだろうか。

数秒の思考の後、僕はないと悟る。せめてできることと言えば


「パティ。もう杖を僕に全部渡しておいてくれないか?作戦にお前たちは加わらない予定だからな」

「え?それはどういう…」

「逃走経路の確保だ。もし失敗すれば僕たちは逃げないといけないだろ?」


ここでいう失敗とはクーデターのことでなく、クーデターを防いだという恩を王様に売るという、僕の計画のことだ。


「それと、僕たちが作戦を遂行してる間もお前たちは杖の改良を進めておいてくれ。成功すれば今後何かと使えそうだからな」

「分かりました!」

「御意」


2人の瞳に新たな炎が宿ったように見えた。


「ではヴァイスアクタープロトタイプはノイズホークver3-Mark1,Mark2に運んで来させますので少々お待ちを」


言ってパティは白衣から端末を取り出し、表面を数回撫でた。


「それではここに箱が飛んで来ると思いますので。その中にヴァイスアクタープロトタイプは入ってます」

「分かった」

「オートマトンは放っておいてください。勝手に城に戻りますから」

「分かった」

「それでは私たちは城の研究スペースに戻ります」

「分かった」


2人を見送って数分待つと、東の空から近づいてくる物体を確認した。


「お、来たな」


こちらが何もしなくてもそれは僕の目の前に1つの横長の箱を置いた。箱を運んできてくれた2体の鳥型のオートマトンはパティの言葉通り、箱を置くと来た方角を帰っていった。

僕は箱の側面に2つついている留め金を外して蓋を開く。中には「入力機」と書かれたシールの貼り付けられた杖が2本と、一目見ただけでは正確に本数を数えられないが、複数の何も書かれていない杖があった。


「何本あるかは分からないけど、これだけあれば十分全員分だな」


蓋を閉めて両端に取り付けられた取っ手を掴む。意外と重かったが取っ手が親切な位置に付いてるお陰で持ちやすく、教室まで持ち運ぶことは可能と言えた。

一応大きな物音を立てないように校舎に侵入し、いつもノラが授業に使っている教室に入る。中には誰もいなかった。壁に掛かっている時計が示す時間は9時半。50分から授業を始めるノラはもうこちらに来ているかと思ったが、どうやら彼女はぎりぎりまで惰眠をむさぼる気らしい。


「まあ転送魔法が使えるなら移動時間は0だし、気持ちは分からないでもないな」


僕はノラが来るのを待っている間、杖の確認をすることにした。手近な机に箱を載せ、冷たい金属の留め金に指をかけて外し、相対的に温かいと言える木の蓋を開く。

まず手に取ったのは「入力機」のシールが貼ってある2本の杖。それをまず右隣の机に置く。次に残りの杖を全て左隣に置く。

積み重なった杖はバラバラと音を上げながら転がり落ち、机の上をしばらく転がる。先細りになっているせいでまっすぐではなく斜めに転がっていくのが微妙に腹立たしい。

落ちないように机の両端に手を添えながら杖の動きが止まるのを待つ。


「これを持つだけで、努力しなくても魔法が使えるんだな…」


厳密には魔法が発射される棒を持っているに過ぎず、実際に魔法を使うのと感覚は違うのだろうが、しかし僕のうちには鎌首をもたげつつある好奇心があった。


「でもあいつにそれを頼むのはちょっとな…」


出自不明のプライドがその好奇心の首根っこを掴んだお陰で僕は踏みとどまる。

とはいえ気になるものは気になる。もし僕が魔法に興味関心を持ったら、ノラはどうするのだろうか。歓迎してくれるだろうか。


「あいつが僕を、か…。多分向こうも同じようなプライドを持ってて、素直に喜びはしないだろうな」


これを結論として僕はこの思考を打ち切り、目の前の杖に手を伸ばして一本一本縮めては箱に戻していった。

出力機を箱に戻し終えると残った2本の杖、入力機も縮める。そして見栄えが悪いのでシールも外し、混ざらないように箱の外に並べておく。


「それが今回の作戦で使う杖なの?」


不意に響いた声に僕は身をこわばらせるが、跳ね上がった肩をすぐには下ろさず、あくまで平静を装って振り返る。


「ノラ。やっと起きたのか」

「まだ寝てるわよ」

「そうか。じゃあさっきのは壮大な寝言だったということか」

「ええ。この世界も、まどろみの中で見る夢のほんの一部に過ぎないかもしれない。そういうことね」


目をこすりながらノラがオスカーみたいなことを言っている。


「こういうやり取りも久しぶりね。相手が生徒じゃ中々できないやり取りだわ」

「だろうな」


あの生徒たちの中で僕ほどキレのあるツッコミができる者はいないだろう。


「もしかして今日が作戦の日?」

「ああ」


僕が答えたのと教室のドアが開かれたのはほぼ同時だった。僕とノラの会話はそこで終わり、僕たちの目は闖入者へと向けられる。

見覚えのないガンダルヴァの生徒だった。彼は教室内の光景を見て何を思ったか、すみませんと謝罪の言葉を口にしながらドアを閉めようとした。


「待て待て。帰らなくていい。入ってきてくれ」


僕は彼を連れ戻すために駆けだし、ノラは閉じられた扉を魔法で再び開いた。

生徒たちはその後続々と現れ、開け放されたドアをくぐって席に着いていく。

皆僕の姿を見て何かを察したらしく、ほとんどの生徒はドアをくぐる前と後で顔つきが違っていた。


「アーサー。全員揃ったわよ」


ノラに合図されて僕は口を開く。


「みんな。よく集まってくれた。今日は作戦決行の日だ。前にも説明したが、念のためにもう一度作戦を説明する」


優しいリーダーならここで覚悟のないものは帰っていい。と言うだろう。しかし僕はそんなことはせずに淡々と作戦のおさらいをする。誰も逃がすわけにはいかない。


「そしてこれが…」


僕は箱の外に置いてあった入力機を掲げて言う。


「パティが開発してくれた杖だ。ちなみにこれは入力機。ノラはこれに魔法をかけてくれ」

「分かったわ」


ノラはそれだけ言うと何も言わずにさっき僕が縮めた杖を伸ばし、手の内で弄び始めた。使い方は既にパティから聞いていて僕からの説明は不要ということだろう。


「残りのみんなにはこの出力機を使ってもらうんだが…」


僕はもう1本杖を取り出し、みんなによく見えるように頭上に掲げて見せる。


「実は問題がある。この杖には引き金がない」

「それがどうしたのよ?…あ、いえ、いいわ。分かった」


ノラは僕の説明を待たずして状況を理解し、それは面倒ね。と呟く。


「これが問題になるのはリード。君だ」


僕は手に持った杖をリードに渡す。

僕の目を見つめ返しながらリードはそれを受け取る。


「最初の転送魔法は僕が合図する。僕が『そろそろ夏ですね』と言ったらリードは杖を取り出して構えろ。そしてノラ。お前にはこれで合図を送る」


僕はポケットからガラス球を取り出してノラに見せる。


「僕がこの魔法を発動させたらそれが合図だ」


最初は衛兵の検査に引っかからないために魔法は発動させずに宮殿に入る。だから魔法の発動自体を合図にする。


「そして攻撃魔法が必要そうならその都度僕が同じ形式で合図する。相手は王様一人だから、必要なのは威嚇する時と王様を気絶させる時くらいだろう」

「ちょっと待ちなさいよ」


生徒たちは黙って僕の話に聞き入っていたが、ここでノラが口を挟む。


「そんな面倒くさい手順を踏む必要なんてあるの?私が中を監視して、遠隔で魔法を飛ばせばいいんじゃないの?」

「確かにその方が作戦の成功率は上がる、いや、お前がやるなら絶対に成功するだろうな」

「まあ、私は万能だものね」


ノラは当然の事実を口にするかのようにさらりと言ってのけた。

生徒たちの間でおお、とどよめきが起こる。それがノラに対する畏怖によるものか、あるいはノラの提案した目からうろこな作戦によるものかは分からないが。


「でもそれを言うなら、最初から双子を僕に同伴させて王様に近づいて、王様を拉致するというのでも結果は変わらないだろ」


結果は変わらないし、魔力を一切使わないという点で成功率はこっちの方が高い。


「そこまですると趣旨が変わるでしょ。そんなのこの子たちじゃなくてあんたのクーデターじゃない」

「そうだ。それはお前が魔法を遠隔で飛ばすという作戦にも同じことが言えるだろ?これは彼らのクーデターなんだ」


ノラはすぐには反論しなかったが、ため息を一つつくと口を開いた。


「じゃあ聞くけど、うまくいくの?あんたの作戦で」

「もちろんだ。そうなるように作戦を練った」

「あんたの作戦っていつもどこか抜けてる気がするんだけど」


たとえそんな気がしたとしても言わないでおくのが気遣いというものだと思うんだが。


「僕が今回同伴するのはそういう時ちゃんと対応するためだ」

「それは根本的には…。時間切れみたいね。来たわよ」


僕は初めノラの言ってることが分からなかったが、やがて悟る。


「宮殿から迎えが来たのか?」

「ええ。今ペナテロさんの家に来てるわ。匂いを追って学校に来るかもしれない。その前に飛ばした方がいいわよね」

「そうだけど、作戦については納得してくれたのか?」

「してないわ」


ノラは言い放った。


「でも、危ない目にあうのは私じゃないでしょ。だからこれ以上、何かを言う権利はないと思ってる」


そう言ってノラは口をつぐみ、それ以上語ろうとはしなかった。


「ありがとう。…それじゃあリード。今すぐ宮殿に向かって移動を始めてくれ。むこうで会おう」

「はい!」


リードからの返事が耳に届いた直後、僕の視界は歪んだ。

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