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第3話 狡猾の獣人⑱

作戦決行まで残り3日となった日の昼、僕はノラのガラス球を経由してパティに城の中へ呼び出された。


「ついに完成しましたよ。ヴァイスアクタープロトタイプです」


オスカーが不在の研究スペースでパティは両手に1本ずつ杖を持って立っていた。

杖の長さは30センチほど。携帯するのは少し大きく見えた。


「概要はこの間聞いた通りなんだな?」

「はい。こちらが入力機」


パティは右手に持った方の杖を掲げる。


「そしてこちらが出力機です」


今度は左手に持った方の杖を掲げる。

入力機と出力機の間に目で見て分かる差異はなかった。


「この入力機をノラさんに持ってもらって魔法を使うと、魔法が出力機から飛び出すという仕組みです」

「実際に使ってテストはしたのか?」

「ノラさんの魔法ではまだですけど、魔力を流すテストはしました」


言ってパティは右手を自らの魔力で緑色に輝かせる。瞬き2つほど後、出力機の先端に緑色の光が灯った。


「なるほど。魔力はちゃんと転送されるんだな」

「はい。電波が遮断される環境では駄目ですが、あの宮殿は別段そんな環境でもなかったので、十分に使えると思います」

「その杖自体がワーウルフの嗅覚で探知されることはないのか?」

「ありません」


パティはきっぱりと言い切った。パティが言い切るという時点で心配はないと言えるが、一応その根拠が話し始められたので聞いておく。


「生徒の中に複数名ワーウルフがいます。その子たちにテストしてもらいましたが、魔力を流していない間はただの棒でしかないとのことでした」

「なるほど。よく分かった。大丈夫そうだな」


後の問題はポケットに隠すには長すぎるという点だが、よく見ると杖は先細りになっており、側面にはところどころ線が見える。


「パティ。それって隠しやすいように小さくなったりするのか?」

「はい。この通り」


パティは右手に持った杖の先端を左の手の平に当て、そのまま押し込んだ。

すると杖は金属が滑るような軽い音を上げながら長さを減じていき、3分の1ほどの長さになった。

この程度の長さなら尻ポケットに入れて先端を服の裾に入れてしまえば隠し通せそうだ。


「完璧だな。あとは量産するだけか」

「ああ…そうですね」

「どうした?」


パティが苦笑を浮かべた。その理由を尋ねるとパティは語りだす。


「実は完璧、ではないんです。…この杖、引き金がないんです」

「引き金がない?」


でも先ほど魔力は問題なく転送されていた。

いや、問題はなかったが、即座に転送されていた。


「つまり出力側では魔法を発動するタイミングを決められないということか?」

「はい。なのでこれはプロトタイプなんです。…魔法を水晶体の中に閉じ込めるところまではうまくいくんですけど、その魔法を、魔力を用いずにその魔法を取り出す方法がまだ見つかっていなくて…」


つまりノラからの魔法を受信すれば、一も二もなく魔法が発動してしまうということか。

引き金は生徒たちでなくノラが引く。これは明らかに作戦の難易度を上げる情報。伏せていた方がいい情報だ。


「もちろん作戦の日までに改良をするつもりですが…」

「大丈夫だ。改良が追い付かなかったとしてもそれに合わせて計画を変更する。お前は自分のペースで研究を続けてくれ」

「…ありがとうございます」


どうなのだろうか。この改良は追いついた方がいいのだろうか。

僕は自問自答を始めようとしたが、目の前にパティがいたため躊躇う。自問自答する時に黙りこくってしまう僕は、今それをしてしまうと機嫌が悪く見えてしまう。


「報告は以上か?」

「はい。終わりです」

「それじゃあ僕は戻るよ。パティはどうする?」

「私は残ります」


僕はガラス球をこすってノラを呼び、獣人帝国に戻してもらう。戻してもらった先はどこかの森だったが、それがどこなのかを確認する前に僕は座れそうな場所、切株が近くにあったのでそれにした、に腰を下ろして自問自答を始める。

何もかも出来損ないで臨めば失敗すると思っていたが、あまりにも出来損ないだと計画の修正を余儀なくされて、成功する計画を実行してしまいかねない。

今回の引き金のない杖はどうだろうか。事前にタイミングを決めておかないとリードが王様の部屋に入ってみんなを転送するというのが成立しない。

そうなるとわざわざリードの杖を使わなくてもノラが魔法で直接生徒を王様の部屋に転送する方がいいということになる。


「いや、それは絶対にさせちゃ駄目だ」


100パーセント成功する転送。完遂されるか否かは別として、確実にクーデターが始まる。

隠密性の無さからノラが直接宮殿に乗り込まないことは決定事項だろう。

しかし引き金がなくタイミングを合わせられないのならば


「タイミング…あ、そうか」


解決した。外と中でタイミングを合わせるには連絡を取ればいいんだ。ノラに渡されたガラス球を使えばいい。

以前王様に宮殿に呼び出された時、ガラス球をポケットに入れていたが衛兵には特に咎められなかった。表面を撫でて魔法を発動しない限りばれない。つまり持ち込みが可能ということだ。


「なんだ。意外とあっさり解決したな」


もし引き金付きの杖の製造が間に合わなかった場合、それでいこう。

そう思って切株から立ち上がった時だった。頭上から降り注ぐように羽ばたく音が聞こえた。


「そんなところで何してるんですかー?」

「君か。…いや、別に何も」

「独り言が聞こえてきましたけどー、誰かいたんですか?」

「いや、いないよ」


誰かいたと思ったのならばなぜ彼女は先に「独り言」という言葉を口にしたのだろうか。


「君こそどうしてこんな場所に?」

「家から帰って来たんですー。お昼休みだったのでー」


知識と照らし合わせてみると、どうやら僕がいるのは学校の裏庭に当たる場所なようだった。


「昼休みにノラの授業はないんだな」

「はいー。私たちもさすがにずっと勉強はできませんからねー。ご飯くらいは食べないとー」


そりゃそうか。睡眠は動きながら取れる彼らでも、食事は普通にするのだから。


「まだ授業までは時間があるのでー、少し聞きたいことがあるんですけどーいいですか?」


セミラは僕の目の前に立ってそう尋ねた。


「ああ。いいよ」


時間があるのは僕も同じだったので快く引き受ける。


「アーサーさんはー、どうして私たちの力になってくれるんですか?」

「どうして、か…。特に理由はないよ。元はと言えば君たちにノラが協力したから、その尻拭いをしてるに過ぎない」


下手にきれいごとを並べるよりもこの質問に限ってはありのまま答えた方がいいだろう。そう判断した僕はありのままを答える。


「ノラさんを説得すればこんな面倒くさいことにはならなかったんじゃないですかー?」

「はは。どうだろうね」


ノラを説得するのと、今こうして色々頭を悩ませているのと、どちらの方が面倒臭いのだろうか。


「何にせよ、成功しようが失敗しようが彼は王子。将来的にはこの州の上に立つ存在となるんだ。今から恩を売っておくのは間違いじゃないはずだ」

「え?失敗したら逮捕されますよー?」


とりあえず付け足した理由に、ツッコミが入る。


「その場合アーサーさんたちもみんな捕まっちゃうでしょうしー」


そして突然物騒なことを言う。口調のせいですぐにはその危険度が認識できず、後からじわじわ来る。


「王子が捕まったらこの国大変なことになりますよねー」


確かにその通りだ。いや、だからこそ成功する作戦を提案したんだと言っておくこともできるが。


「まあでもーその場合は私たちの残ったメンバーでー、アーサーさんたちだけでも逃げられるように頑張りますよー」

「え?」

「安心してくださーい。アーサーさんに迷惑はかけませんからねー」


そう言われると助かるが、同時にそれでいいのかとも思ってしまう。彼女にではなく僕自身に。

自分よりも年下の子供に身を挺して守られて、それでいて自分は上から指図するだけで手は一切汚さない。それどころか彼らを一人残らず王様に突き出して不安の芽を刈り取ろうとしている。彼らと対話して改心させようと試みることもなく。


「ありがとう。情けないな。本当は僕たちの方が君たちを守ってあげないといけないのに」

「いえいえー。魔法を教えてもらえただけでも、私たちは十分救われましたよー」


そんな風に思っている子供を、駒にしてしまうのか。僕は。


「作戦を与えるだけじゃなくてもっと君たちのために何かしてあげたいけど…」


そう言った僕に対してセミラは首を横に振る。


「これはー私たちの戦いですから。アーサーさんたちにこれ以上何かやってもらうわけにはいきませんよー」

「そうか…」

「じゃあー。お互いに約束しましょー。お互い絶対に見捨てない。成功させるって」


セミラは右手を僕に差し出した。僕はそれを握り返す。その手は彼女の胸に宿る思いの強さを示すかのように熱かった。その熱が僕にも流れ込んでくる。


「それじゃあー、そろそろ時間なので行きますねー」

「ああ。それじゃあ」


僕は手を放してセミラを見送る。彼女が一度大きく羽ばたき、木々の間から空へと抜けて行った。彼女の主な移動法は徒歩よりも飛行らしい。


「ふー…」


彼女が去ってから僕は大きく息を吐き出す。

危うく情に流されて考えを変えてしまうところだった。

彼女の手の温もりを彼女の思いの強さだとか思ってしまったことを今更恥ずかしく思う。

あれはどう考えても鳥という平熱が40度近い生物の特徴を持つガンダルヴァだからに決まっている。


「まあでも、話す前よりは胸は痛むな。間違いなく」


若者の未来を潰してしまう結果になるということが、より具体的なイメージを伴って感じられた。

でも大丈夫だ。

僕の覚悟は決まっている。やるべきことも、はじめから決まっている。

何を犠牲にしてでも目的は果たす。僕はあの子たちを犠牲にして、志を踏みにじって、前に進む。

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