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第3話 狡猾の獣人⑰

最初に来たのは2人の女子生徒だった。

形態が人間と変わらないところからワーウルフであると思われた。


「あ、ノラさんの仲間の人だ。こんにちは」


どうやら僕のことを知っていたようで、怪しむことなく声を掛けてきてくれた。


「こんにちは。実は今日はいつもの授業はなくて、別の教室で僕がみんなに作戦を説明しようと思うんだ」

「作戦ですか」

「別の教室っていうのはどこなんですか?」

「それなんだけど、使えそうな教室ってないかな?」


僕はこの問いに対する答えが「ある」であると高をくくって聞いている。校舎に対して生徒の人数が少ないこの学校にはいくらでも空き教室なんてあるに違いない、と。


「ありますよ。この隣の教室もそうですし、この隣の隣の教室も」

「上の階にもいくつかあります」

「そ、そうか」


予想してたよりも多くて戸惑ってしまった。


「それじゃあ、上の階の教室を使おうかな」


同じ階で作戦会議をすると物音でノラが起きてしまうかもしれない。そのリスクを回避したければ上の階を選択するべきだろう。


「それならこの教室の真上の教室が使えます」

「みんなに知らせてきますね」

「ありがとう。そうしてもらえると助かるよ」


2人の女子生徒は駆け足で来た道を引き返していった。

僕は独り歩き出し、上の階へと続く階段を探す。学校の造りは知らなかったが、歩いているとすぐに階段は見つかった。

女子生徒に教えられた教室を探し、入り口の引き戸に手をかけるとそれは抵抗なく開いた。中に人はいない。ここで間違いないようだ。

ノラと違って授業をするわけではない僕は、作戦の説明にチョークを必要とするわけではない。

窓際の席に座って生徒が集まるのを待つことにする。

窓からは午後の光が差し込んでくるが、窓を閉め切っているためか風通しが悪く、やや不快な暑さを感じた。

僕は椅子から立ち上がって窓を開ける。その瞬間に風が僕の頬を撫でて通り過ぎて行った。それが心地よかったので僕は残りの窓も次々と開けていく。

最後の窓を開け終わり、新鮮な空気を大きく吸い込んだところで部屋の出入り口から複数の足音と話声が聞こえてきた。


「来たみたいだな」


見るとそれはやはり生徒たちだった。さっきの女子生徒たちもいる。


「ありがとう。みんなに伝えてくれて」

「いえいえ」

「みんなすぐこっちに来ると思います」


そのワーウルフの少女の言葉通り、残りの生徒たちも続々と教室にやって来た。

その中の1人、知った顔、リードは僕の顔を見つけるなり小走りで駆け寄り、抑えた声で僕に囁きかけた。


「例の、作戦ですか?」


反射的に僕も囁き声で答える。


「ああ。そうだ」


リードはそれ以上は喋らず、神妙に頷いて最前列の席に座った。

ほどなくして全員が集まったということがリードの口から僕に伝えられ、僕は作戦の説明に先立って挨拶のようなものを口走り始める。


「みんな。今日は突然場所の変更をしてしまったことを許して欲しい。作戦会議にはここが最適と判断しての行動だ。君たちはこの州、いや、国をより良いものにするために戦う決意をした勇敢な戦士だ」


まずはおだててみようとも思ったが、思春期の子供はそんなおだてには乗らないものなのか、誰も顔を綻ばせることはなかった。僕の話に熱心に聞き入ってるあまり、表情を動かすことを忘れてしまっているかのようだ。


「早速本題に入ろう」


これ以上美辞麗句を並べても意味はないと悟った僕はそそくさと本題に移る。


「今回の作戦に登場する役者は2種類だ。宮殿に侵入し、王様の元まで行く役が1人。そしてそれ以外の全員は戦闘準備をして待機する役だ」


生徒たちの間をどよめきが風のように起こり、またすぐに静寂が訪れた。生徒の視線の温度が上がった気がする。続きを求められているようだ。


「今、オスカーとパティには誰でも使える魔術用の杖を作ってもらっている。それを使ってリードには王様の目の前でみんなを転送してもらう」

「口を挟むようで申し訳ないですけど…」


リードが挙手をした。僕はリードに続きを促す。


「宮殿の衛兵はワーウルフ。魔力をかぎ分けられます。魔法の杖を持ったまま隠れて行動するのは無理だと思います」

「それは大丈夫だ。パティの作る杖の動力は電気だからな」

「電気?それで一体どうやって魔力を?」


仕組みとしては、亡国の翼改めピジョンボックスと同じで魔力を電波に変換して杖の中でまた魔力に戻すという仕組みなのだろう。

しかし実は僕自身、どうしてそんなことができるのかという込み入った話はよく分かっていない。


「それはできればじっくり説明して理解してほしいところだけど、今は作戦会議だ。とにかく論理的には魔力探知に引っかからずに杖を持ち込めるから安心してくれ」

「なるほど、分かりました」


だから華麗に回避する。

とりあえず「論理的には」と言って、僕は分かっているという印象を生徒たちに与えておけば不信感は抱かれないはずだ。


「もう薄々察しているかもしれないが、宮殿に潜入するのはリード。君だ」

「え!?俺ですか!?」


察していなかった。リードは驚きの勢い余って椅子を後方へ飛ばしながら立ち上がる。


「君は帰ろうと思えば宮殿に変えることができるんだろ?この中で一番侵入の難易度が低いのは君だ」

「しかし、俺が帰ってくれば親父は部屋から出てきて応接室に来ます。そこには少なくとも2人の衛兵はいますよ」


さすがにその辺りは僕よりもリードの方が詳しい。


「大丈夫だ。6日後に僕は王様に呼ばれて話をすることになってる。そこへ君が乱入する形で王様の部屋に入ればいい」


宮殿に入ってからは、トイレに行く。など言い訳をして一人になり、こっそり王様の部屋までくればいい。


「そこにアーサーさんがいる必要はあるんでしょうか」


予想していた質問が来た。僕は用意していた答えを返す。


「君たちはまだ子供だ。経験に乏しい。経験に乏しいと不測の事態に対応できなくなる。だから僕のように経験を積んだ大人が手綱を握っておく意味合いで、いる必要があるんだ」

「なるほど…」


生徒たちの視線が「お前も子供だろ」と言ってるように感じたのは被害妄想だろうか。


「それに、僕が部屋の中にいる間は王様の部屋の付近、中での会話が聞こえる距離には誰もいない。それはすでに僕が確認済みだ」


もちろん嘘だ。そんな確認はしていない。ただ常識的に考えて王様が個室で話をしているその内容を聞こえる範囲に、衛兵がいるとは考えづらい。


「つまり王様はその間無防備。侵入の難易度はさらに下がる」

「なるほど。確かにそう言われると俺がやるしかないようですね…」


リードは自分が適任だということを再認識したようで、自らが跳ね飛ばした椅子に再び腰を下ろす。


「あの、すみません。質問いいですか?」


生徒たちの中でおずおずと手を上げる鳥のガンダルヴァ、線の細い体に腕から生える白い羽毛。さらに頭頂部からは赤い毛が生えている。察するに彼はツルのガンダルヴァ。


「何だい?」

「僕たちはまだ魔法が使えるようになったとは言えませんし、先生が言ったように経験も浅いです」


彼が僕のことを「先生」と呼んだのに、僕はふと故郷を思い出して懐かしくなってしまうが表には出さない。

彼は続ける。


「でもそれなら訓練を続ければいいじゃないですか。わざわざ今やらなくたって、準備ができてからでもいいですよね?」


こんなところに冷静な生徒がいたとは。こう言われて延期されるのがもっとも厄介だった。だから当然この意見に対する反論というか論点のすり替えというかも準備済みだ。


「確かにそうだ。君たちが十分な魔法の知識を身に付け、訓練を積んだ状態というのが万全だろう。でも、それが実現するのにどれくらい時間がかかる?君たちには時間がないんだろう?」


少なくとも彼らは、リードが王様に即位してから改革を行うのでは遅いと考えている。ならばこの揺さぶりは有効なはず。


「急いてはことを仕損じる。失敗して僕たち全員が捕まったら意味がないですよね?」

「いや、それはだな…」

「はーいはーい。ちょっと落ち着いてー」


バサリと羽音を響かせてセミラが自分の席から飛び上がり、降下して床に立った。


「アーサーさんはノラさんの仲間だよー。わざと失敗するような作戦をー、教えてもいいことなんてないはずでしょー?」

「それはそうかもしれない…。けど!失敗しても彼は何の害もないじゃないか」


言う通りだが、しかしそんなことはないと言おうとしたその時、セミラに先を越される。


「確かにそうだよー。でもー、成功してもアーサーさんに得はないよねー」


実際は彼らに成功されると損があって、失敗してくれた時こそ僕の思うつぼなのだが、頭から同盟のことを消して物を考えてみると、確かに得はなかった。

しかしそれに対して異議があったのか、男子生徒は反論をしようとしたが、セミラの間延びした独特の話し方のせいでうまく言葉の切れ目を見つけられず、割り込みに失敗する。


「それにー。既に苦しい生活を強いられてる村もあるんだよー。次は私たちの番かもしれないよー」

「そうだ時間はないんだぞ!」

「魔法があれば勝てるに決まってる!」

「怖いならお前はやらなくてもいいんだぞ!」


セミラ以外の生徒も口々に自らの考えを述べる、否、それは吠えるのに近い野次だった。

過熱して声が下の階まで響くんじゃないかと思われたその時、リードが生徒たちをなだめ、静寂を取り戻した。

訪れた束の間の静寂の中で、またセミラが声を上げた。


「それにー私たちは独りじゃないよー。みんなでやるんだからー、失敗しても負けじゃない。誰かが残っていればー、そこからまた戦いが始められるんだからー」

「……」


男子生徒は戦意を削がれたようで黙ってしまった。

まあ、この集団に属しているなら今のセミラの言葉に対する反論は得策ではないだろう。団体の結束を否定してしまうことになるのだから。


「他に反対意見のある奴はいるか?いたら遠慮なく発言してくれよ」


リードは振り返り、仲間たる生徒たちを見回すようにしながら言う。

気付いたんだが、こいつさっきから場を仕切るような発言をしていながら話し合いには一切参加してない。本当にリーダーなのか?


「反対意見がないようならアーサーさんの作戦を実行することにする。反対意見は?」


静寂。

5秒後。


「それじゃあアーサーさんの作戦で決定だ」


僕の作戦が採用された。


「6日後でしたよね?」

「そう。6日後だ。道具は全てこちらで用意する。君たちは決行の日まで魔法の練習をしていてくれ」

『はい!』


生徒たち全員からいい返事が返ってくる。

1つ用事が片付いた。あとは使えない杖をパティからもらうか、本当に使える杖を貰ったとしても直前で水に浸すなどして壊してしまえばいい。作者であるパティには申し訳ないが、必要な犠牲だ。

教室を後にしながら僕は思った。こいつらならきっと、成功する作戦を授けても失敗すると。

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