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第3話 狡猾の獣人⑮

「やっと帰って来たのか」「遅かったじゃねえか」


僕がラクティヴ宅の前で立ち尽くしていると、何を感じ取ってか双子がドアを開け、中から飛び出してきた。


「ああ。ごめん。遅くなった」

「早く入れよ」「晩飯の時間だぞ」


2人に背中を押されて僕は家の中へ入り、今まで何をしてたのかとかいった追究をされることもなく、ラクティヴのこしらえた食事を摂った。

そして夜。


「シニステル、デキステル。話がある」

「「何だ?」」


寝室にて双子を呼び留める。


「僕は今夜、夜中に家を抜け出す」

「どこに行くんだよ」「俺達も連れてけよ」


予想していた反応だった。だから僕はあらかじめ用意しておいた言葉を言う。


「遊びに行くんじゃないぞ。ノラが魔法の授業をするからそれを聞きに行くんだ」

「姉ちゃんの魔法の話か…」「じゃあいいや。ここで待ってる」


そしてまたしても予想通りの反応。これであとは2人に釘を刺すだけで僕は安全に抜け出せる。


「いいか。くれぐれも僕が夜中に外に出てるってことはラクティヴさんに知られないようにしてくれよ」

「駄目なのか?」「何でだよ?」

「夜中に外に出てるって知ったら心配するかもしれないだろ?」


本音としては心配されることよりも、怪しまれたりすることをきらってるが故なのだが。


「とは言っても、お前たちはいつも通り寝ていればいいだけだ。僕が夜中に外に出ているということをうっかりこぼしさえしなければそれでいい」


今ここで2人に話してしまったことが大きな不安材料だが、夜中に偶然目覚めて僕がいないと大騒ぎされるのと比べればリスクは小さい。


「ふーん。まあ、分かったよ」「俺らはなんにもしなくていいんだな?」

「そういうことだ」


僕たちは奥の部屋で寝ているので、ラクティヴは用事がない限り僕たちの寝室に近づいたりしない。外に出るときに物音を立てさえしなければ問題なく外出はできる。

消灯後、肉体労働をしなかった僕は余裕で睡魔に打ち勝ち、時計の針がてっぺんを超えた頃に家を抜け出すことに無事成功した。

余談だが、その頃双子は熟睡していた。


「さて、学校か。自分の足で行くのは初めてだな」


しかし位置は分かっている。僕の知識にあるこの州の地形と照らし合わせ、15分ほど歩いて学校に辿り着く。

どうやら実戦授業は校舎の外でやっているらしく、到着と同時にノラ達の姿を捉えることができた。


「ノラ」

「アーサー。本当に来たのね」


ノラは無感動に僕を見てそう言った。


「ああ。ちょっと興味があってな。国をひっくり返すなら僕がかなり力になれると思わないか?」


最初からノラを説得しにかかったりはしない。この場にいる生徒たちは全員同じ目的で集まっている。違う思想を持っているのは僕だけだ。下手をすれば物理的に袋叩きにされかねない。


「言われてみればそうね。あんたの意見は参考になるかも」


ノラはくるりと踵を返し、魔法の練習をしていると思しき生徒たち、見たところ誰も魔法を使えていないようだが、に各自練習に励むようにとの指示を出した。


「アーサー。ちょっと来て。リーダーのところへ行くわよ」

「お前がリーダーなんじゃないのか?」

「そんなわけないじゃない」


ノラは呆れたように言う。久しぶりにノラの表情を見た気がした。

そして考えてみればノラの言う通りだった。ノラはこの州とは本来何の関係もない存在。その彼女がクーデターを主導するのはおかしな話だ。

ノラに導かれて生徒たちの間を縫うように歩き、やがて一人の青年の前でノラは止まった。

地面に胡坐をかき、両方の掌を天に向けた状態で膝の上にのせている。瞑想の最中のようだった。


「リード。少しいいかしら?」


ノラに声を掛けられてリードは目を開き、ゆっくりと顔を上げた。その顔に人間と違う特徴は見受けられない。つまりはワーウルフだ。

それにしても彼がリーダーか。リーダーの名前がリードだなんて、何かの冗談かと思ってしまうが、口には出さない。


「彼がこの子たちのリーダーだそうよ」


紹介にあずかったリードは立ち上がり、やや深めの会釈をする。

彼の方から口を開きそうにはなかったので、僕の方から質問をする。


「君は、どうしてこんなことを?」

「親父のやってるような誰も救えない国を、変えてやりたいと思ったんです」

「親父?」

「彼の父親は王様よ。あんたは既に会ったでしょ?」

「え?王様の、息子?」


リードは僕の言葉にうなずいてみせる。

つまり、彼はこの国の王子ということになる。


「親父はこの国を平和にしたいと言ってましたが、実際は民から戦う力を奪っているだけ。そんなクソみたいな国なんです。今のこの国は」


彼は若く、我が強いが、同時にもっとも上に立ってはいけない部類の人物のようだ。


「それでクーデターを企てたってことか」

「はい。不幸な目に合う人が現れる前に」

「でも彼らは魔法を教えてもらえなかったから、暴力しか打てる手がなかったのよ」

「でもそれでは衛兵にすら勝てない。そう考えた俺達は毒殺など暗殺することを考えました。でも…」


言い淀むリード。彼の表情と、今彼が自由の身であるということからおのずと結果は分かる。


「実行には移さなかったんだな」

「…はい。証拠を残さずにやるのはどうやったって不可能ですからね」


リードは馬鹿ではなかったようだ。しかし知能の使い方を完全に誤っている。時期王様ならばその立場を利用して言論で勝負すればいいものを。


「魔法を使って、宮殿を乗っ取るつもりなのか?」

「そのつもりです」

「それは少し無謀じゃないか?乗っ取った後はどうするんだ?君たちだけで政治を執り行えるのか?他の州との貿易の段取りなんて知らないだろ」

「ちょっとアーサー。あんた仲間になりにきたんじゃないの?」


ノラに言われて僕は言いすぎたことを悟る。リードはまさか僕が矢継ぎ早に計画にダメ出しをすると思っていなかったのか、呆気に取られている。


「ああ、ごめん。つまり僕が言いたいのは、魔法であろうと暴力であろうと、子供が起こしたクーデターじゃ国は変わらないということだ」

「身長だけ見ればあんたが一番子供でしょ」

「身長『だけ』を見るならお前が一番子供だ」


ノラの軽口で逸れそうになった話を「とにかく」と僕は軌道修正する。


「魔法を戦闘に使うのは中止しろ。一朝一夕で身に着けた魔法なんて、訓練を積んだ兵士の動きには遠く及ばない」


リードは返す言葉が見つからないようで、押し黙ったままでいる。


「アーサー。あんたは邪魔をしに来たの?もしそうなら帰ってもらうわよ」

「ああ、ごめん。僕が言いたかったのは…」

「何の話してるんですかー?」


突如、頭上からどこかで聞いたような間延びのした声が響いてきた。

バサリという翼の音をさせながら、ノラ達に宿を提供してくれている一家の一人娘、セミラが僕たちの目の前に降り立った。


「アーサーさん。ですよねー?お久しぶりですー」

「あ、どうも…」

「セミラ。アーサーさんとも知り合いなのか」


リードの口調には驚きが混じっていた。


「まあねー。それよりもアーサーさん。さっき話してたのがちらっと聞こえたんだけど、私たちに作戦を持ってきてくれたのー?だったら大歓迎だよー」


これは彼女なりの警告なのだろうか。作戦を持ってきたのでないならばすぐに消えろという。

何にせよきっかけができた。批判ばかりでなく具体的な作戦を提供しよう。


「作戦の前に聞かせて欲しい。リード君は今どこに住んでるんだ?」

「この村です。部屋を借りて独り暮らししてます」

「宮殿には帰ろうとすれば帰られるのか?」


リードは少し考えてから口を開く。


「もちろん帰ることはできます。でも、自分から帰るのはちょっと…」


リードは表情を硬くした。


「何か問題があるのか?」

「…親父には、困ったことがあったら来てもいいって言われました。だから…俺から宮殿に行くのは、負けを認めるようで、ちょっと…」


問題はリードの気持ちの上での問題らしかった。


「そうか…それは…」


僕の思い描いてる作戦、もちろんリードらにとっては妨害工作だが、を実現させるにはメンバーの誰かに宮殿に入って貰わないといけない。メンバーの中で最も宮殿に出入りしやすいと思われるのはリードなので、彼には何とか恥を忍んでもらわねばならないのだが、さてどう説得しようか。などと考えていると、僕ではなくセミラが口を開いた。


「アーサーさんの作戦ではー、リードが宮殿に帰ることが必要なんですかー?」

「うん。派手な戦闘を避けていくのが理想だから、警戒されずに王様に近づきたいからね」

「とりあえず、その作戦を聞かせてもらってもいいでしょうか?」


話しはそれからだとばかりにリードは言う。


「私は外させてもらっていいかしら?聞いていてもあまり意味のない話でしょ?」

「はいー。ノラさんは魔法を教えていただくだけの約束でしたからねー」


僕ではなくセミラが許可を出す。まあ、僕の目的はノラをこちら側、つまり正常な考えに引き戻すことでもあるので、深入りしないというのであればそれで構わない。

ノラが去って3人になった僕は作戦を披露する。


「まず、今回の作戦で魔法を使うのはノラ1人だ。それはさっきも言った通り、まだ君たちは宮殿を武力で制圧できるほどの魔法を習得できていないからだ」

「そのあたりに関しては異論はありません」


リードは素直にうなずいた。それを受けて僕は更に説明を続ける。


「だから、実行するのは君だ。君が王様と入れ替わるんだ。ノラの魔法を使えば姿を変えることができる。王様を薬か何かで眠らせてどこかに閉じ込めて、魔法の使用に積極的な政治を始める」

「なるほどー。頭だけを取り換えるってことですねー」

「…俺が、親父と入れ替わって、ですか」


感心した様子のセミラと対照的に、リードは躊躇しているようだった。


「親子なんだ。父親の口調をまねたりはできるだろ」

「それは…多分…」


ここに来て怖気づいたのか、リードは渋る。

少し突飛な作戦すぎただろうか。ここで慎重になられるのはまずい。冷静になって本当に成功するような作戦を考えられては元も子もないのだ。


「いいか?誰も傷つかずに成功させるためにはこの方法しかないんだ」

「そうだよー。リードにしかできないし、今やらなきゃ。計画は早いに越したことはないよー」


ありがたいことにセミラも援護射撃に回ってくれた。それが後押しになったか、リードは最終的には首を縦に振ってくれた。


「それじゃあ作戦の詳細と日取りはまた後日でいいか?みんなの人数と特徴を考慮したうえで最高のものを提供したいからな」


もちろん嘘だ。最大限に成功しそうな感じを醸し出しつつ、実行すれば必ず失敗する。そんな作戦を考えるのに時間が欲しいだけだ。


「分かりました。ありがとうございます」

「ありがとうございますー。楽しみにしてますねー」


子供を騙すのは忍びないが、僕がしなければいけないことは2つ。1つはノラの奪還。もう1つはこのクーデターに関わっている生徒の一網打尽。

やっぱり今回の作戦は諦めて十分に準備を整えてからに何年後かに実行します。とかになると、ノラの奪還は成功するだろうが、州の政府が墜ち、獣人帝国主宰の同盟が消滅する可能性は消えない。

だから確実に彼らを反逆者として王様の前に突き出し、不安の芽を摘む必要がある。


「期限は僕たちがここを去るまで、だな」


残りおよそ1週間。

僕は頭に宿った憂慮と共にあれこれ思考を走らせつつ、早々にラクティヴの家に忍び帰り、何事もなかったかのように床に就いた。

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