表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/142

第3話 狡猾の獣人⑭

僕は通信が終わってから、一つ深呼吸をして瞑目する。

一度に大量の情報を詰め込まれすぎた。頭を整理しないと。

まずニルプだ。彼女は今まで僕に嘘をついていた。しかし今回のことでその嘘をつく理由がなくなり、僕に情報源として頼られる道を選んだ。以降は信用できると考えていいだろう。

そして次に同盟。これは少々悩むところだ。うまくいけば首都にある情報を全て僕のものにできるかもしれない。そうすれば本の捜索も一気に進む。


「いや待てよ、成功する可能性なんてほとんどないんじゃないのか…?」


同盟が発足したのは大戦終結直後という。寿命が人間と変わらないワーウルフの王様は、今に至るまで何度も世代交代をしてきたはず。初期のモチベーションが残ってるとも思えないし、何より魔法を禁止している時点で獣人帝国にやる気があるとは思えない。

しかしそれは裏を返せば同盟は行動を起こさない、いつまでも安全だということになる。

僕が必要と思った時に作戦を提案して戦力を要請すれば、この上なく力強い味方になってくれる。


「そっちの方はうまくいきそうだな。今でも十分協力的だし」


純粋に、首都の戦力に僕たちと3州の戦力で敵うか、という疑問はあるが。それは首都の現状を調査してから決めることだ。


「あ、アーサーいた」


廊下の角から現れ、こちらに向かって歩いてくる者がいる。


「キレネ。起きたのか」

「うん。そろそろ晩御飯の時間だからね」

「まだ4時だろ…?」


こんなハイペースでお腹を空かせていては身が持たないのではないだろうか。


「さっきまで何してたの?」

「ああ、ちょっとな」


反射的に言葉を濁してしまったが、よく考えればキレネは味方。伏せる必要もないし、案外キレネは鋭いところがある。試しに情報を与えてみるのもありかもしれない。


「実は…」


僕はニルプから聞いた情報を一からキレネに話す。不思議なもので、声に出すとより理解が深まり、自身の考えの整理も加速した。


「ああ、そういうことなんだ」


話し終えて最初にキレネが見せた反応はその言葉と、得心したと言わんばかりの晴れやかな表情だった。


「だから水の中でも火が起こせたんだね」

「どういうことだ?」

「どういうことって…あんな火が消えやすいそうな場所で火を起こすって、どう考えても外の人に教えられたからだって思ったんだけど…間違ってた?」

「ああ、そういうことか」


そういうところに目を付けていたのか、と僕は感心する。やはりキレネは鋭い。知ってるだけで何も見えてない僕とは大違いだ。


「待てよ…ということは…」


生の肉を食べない、火を通してからでないと食べない。というのは水魔城に集った魔物達から自然発生的に生じた文化ではないということになる。


「そうか…その通りだ!キレネ。ありがとう!」

「え…?ああ、うん。…どういたしまして」


よく思い出してみると水魔城には酒があった。酒を造るアルコール発酵には糖分が必要だ。しかしあの海の底では果樹や穀物などの糖分の豊富な植物は栽培されていなかった。否、できない環境なのだ。

だというのに酒が客に振舞えるほど大量にあったということは、外部から酒の材料か、酒をそのものを仕入れていたということになる。

料理の味付けに使われてた胡椒だってそうだ。海の底のような涼しいところでは胡椒は育たない。

水魔城はもしかしたら、存在が始まったその時からずっと陸地と繋がっていたのかもしれない。


「ということは、同盟はもう形骸化している可能性が高いな」


僕はキレネに心から感謝する。彼女のお陰で同盟に対する僕の見解が定まった。


「何かよく分からないけど、アーサーの力になれたみたいでよかった」


褒められて照れているのか、キレネは鼻から下を袖で隠してしまったが、赤らんだ頬が覗いていた。


「あ、私からもいい?」

「何だ?」

「さっき教室で話せなかったでしょ?今いいかな?」


そういえばキレネから聞きそびれた話があったんだと僕は思い出す。


「そうだったな。聞かせてくれ」


さっきお腹が空いたと言っていたキレネだったが、空腹は忘れてしまったのだろうか。彼女の口は今、食べるためではなく、言葉を紡ぐために使われようとしている。


「ノラが最近学校の子たちに魔法教えてるっていうのは知ってる?」

「ああ。聞いたよ。昼間に授業。夜に実戦練習だろ」


それで昼夜逆転のような生活になっているという。


「大丈夫なのかなって心配になって」

「確かに不健康だけど、いつものあいつと言えばあいつだろ」

「そうかな?…たまに来る手紙、あれってノラにとって大事な人たちから来てるんだよね?」

「ああ」


ノラだけでなく僕にとっても大事だし、「人たち」ではなく「物の怪たち」というのが正解だが、あえて訂正はしない。


「それなのにノラ、手紙は目を通すだけで、ずっと魔法のことばっかり考えてるみたいなの。最近の手紙の返事は私が書いてるくらいだし」

「え?それ、本当か?」


最近手紙の話を聞かないと思ったら、来ていなんじゃなくてノラが報告を怠っていたのか。


「それは問題だな…。いや、問題だけどそれ以上に心配だな。あいつが潮離と慎瑞からの手紙をほったらかしにするなんて…」


そんなに忙しいのだろうか。いや、あいつのことならきっと、忙しいことを言い訳にはしないだろう。


「うん。普通に見えるのが余計心配。眠そうにしてるけどちゃんとご飯は食べてるし、具合も悪そうじゃない。授業をするときはやる気に満ちてるし、いつもと違うのは眠そうっていうところくらい」

「眠そう、か…」


魔法を使えばそれくらい何とかなるんだろうが、ノラは自分の頭に魔法を使わない主義だ。

今回はそれが裏目に出ている。


「こうなったら僕が直接話してこよう…とはいってもあいつ今寝てるよな」


眠い時に説教したって、ノラなら何の躊躇もなく睡眠を選びそうだし。


「今夜、僕も練習に加わろうかな」

「え?アーサーが?」


魔法使えないよね。とか考えていそうな目でキレネが僕を見る。


「加わるって言っても、その場にいるっていうだけだ。何をしているのかこの目で見て、そして隙をついてノラに説教する」

「なるほど」

「ノラ達は毎晩どこで練習してるか知ってるか?」

「……知らない」


キレネはバツが悪そうに視線を泳がせて答える。知らないのはキレネが寝ていた、つまり健康的な生活を送っていたからなのだから、そんな風に後ろめたく思うことはないのだが。


「気にするな。よく考えれば本人に直接聞けばいいだけだからな」


窓の外を見れば空は朱色から藍色に変わって星も見え始めていた。

僕とキレネが教室に戻ると中ではオスカーとパティが黒板を使って何やら小難しそうな話をしていた。ノラはまだ寝ているのだろう。机に突っ伏したままだった。


「マスター、キレネ。戻ったか」

「ああ。ノラは…まだ寝てるんだな」

「仕方ありません。大いなる偉業は大いなる休息から生まれるので…のだから」


でもそろそろお世話になってるペナテロの家に帰さないといけない。

僕はノラに歩み寄ってその肩を揺する。


「ノラ。起きろ。そろそろ帰らないとまずいぞ」


しばらく揺すっているとノラも気づき、むくりと体を起こし、そのままの勢いでのけ反る。やがて手を腰に当てながら立ち上がり、もう一度上体逸らしを行う。


「…今何時?」


少し上を向けば壁にかかった時計が見えるというのに、ノラはなぜか僕を見上げ、僕にそう尋ねた。


「6時12分だ」

「そう。じゃあ戻り…」


教室のドアに向かって歩き出したノラの足がぴたりと止まり、黒板に向けて歩みが再開された。


「オスカー。パティ。これって…」

「さすがはノラさん。そう。これが以前言っていた非魔力適性者用補助魔具で…なのだ、いや、です」


パティが以前のキャラと今のキャラの混同をしながらもそう宣言した。

そう言われて初めて僕は黒板を凝視してそこに書かれている内容を読み取り始める。

はじめは設計図かと思ったが、厳密なそれではなく、案の走り書きのような、設計図の設計図だった。


「ありがとう。これで魔法を教えやすくなるわ」

「魔を跪かせ、その意のままに操る装置。名を、ヴァイスアクター」

「現在そのプロトタイプを設計中。実用まで今しばらく、待たれよ」


兄妹は並び立ちいつものポーズを決める。ノラに褒められたからか、心なしか2人の口の端から笑みがこぼれそうになっていた。


「パティ。さっき非魔力適性者用って言ってたけど、まさか誰でも魔法を使える装置を作ろうとしてるのか?」


そんなことができれば大発明だ。それゆえに実現できるのかどうか疑いたくなる。


「誰でもと言うと語弊が生じま…生じると言わざるを得ない。魔力に適性の無い人たちに魔力を提供するだけの装置であり、魔術的知識は不可欠」

「つまり、神の領域に踏み入るための足を与えるということだ」


パティの説明で分かりかけていたのにオスカーの一言でゴールを一瞬見失う。


「生徒の中には魔力に触れたこともない子がいるから。そんな子は魔力を操ることから教えないといけないのよ。でも、それじゃ時間がかかりすぎちゃうでしょ?」

「まあ、そうだな」


本来魔法とはそうやって身に着けていくものだと、僕の知識にある一般常識は告げているが。


「そんな子のために私から魔力を分け与える装置を作って、魔法の発動の仕方を知るだけで魔法を使えるようにするってこと」

「要はノラの分身を作るってことか」


精度も威力もノラには劣るだろうが。


「でもそれだとお前がいないと魔法が使えないし、何より根本的には何も解決しないだろ。魔法が『使えた』は必ずしも『使える』ってわけじゃないんだから」


そんなんでいいのか?

その僕からの問いかけにはまたノラが答えた。


「今やろうとしているのは根本的な解決じゃないわ。この王国では魔法を使うことが間違ったことだって教えられてる、その方針を変えさせるための戦いよ」

「戦いって、この国とか?」


つまり抗議運動の手伝いをしているということだろうか。


「ええ。近いうちに戦力を整えて、今の王様を討ち取る。そして新しく魔法を取り入れた政府を開くのよ」


抗議運動じゃなかった。クーデターだった。


「おい待てノラ。何でお前がこの国の政治のそんな深いところまで踏み込んでるんだ。僕たちの目的は情報収集だ。目立つような行動は許さないぞ」

「あんたの許しなんて必要ないわよ。誰もあんたに協力してなんて言ってないわ」


ノラの目には確固たる決意の炎がともっていた。揺らぎそうには到底思えない。


「少し落ち着て冷静に考えてくれ」

「その必要はないわ。気が変わって私を手伝う気になったら夜中の12時以降にここに来なさい。私がいるから」


そこで話は終わった。僕にその気はなかったが、視界が歪み、ラクティヴの家の前に強制的に転送されていたのだ。


「ノラ…あいつ…」


面倒なことになった。僕が参加しようとしている同盟は今の王様、ケイレヴによるもの。だからここでクーデターなんて起こさせるわけにはいかないんだ。


「何とかしないとな…」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ